善いね

好きなオノマトペは、のたりのたりです

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君子の下地

性善説或いは性悪説という言葉はよく耳になされるかと存じます。

この善、或いは悪と呼ばれるそれらを判断するには基準となる知識と理性が必要で御座います。

知識と理性は勿論後天的に身に付けるもので御座います。

後天的に備える基準からして、先天的に人はどちらに寄っているか。

ちょっとヤヤコシク感じてしまいます。

人の本質と言いますか、人間ってこういういきものですよ、というのを知るには、

矢張り多くの人を観て、その多くの対象に共通して観られる事象を拾う、

という作業が最も正確かと存じます。

それで行けば歴史は対象の宝庫で御座います。

自分の身の回りに居る人、なんて観方では到底及ばない数の対象を得る事が出来ます。

そうやってより多くの対象から共通して得られる傾向を観ますと、

人は先天的に善なのか、或いは悪なのか、

今の時点で俺が得た答えは、

どちらとも言える。そしてどちらとも言えない。

という、まるで謎掛けみたいな陳腐なもので御座いました。

だからと言って善悪相容れる存在という帰結もなんか短絡的なもののように感じてしまいます。

取り敢えずなんか答え作っておこうぜという間に合わせのように思ってしまいます。

人は生まれながらにして善なのか、悪なのか。

それを論じるのは極めて難しい事で、

なんならもうどっちでもいいんじゃないかとすら思います。

それよりもで御座いますよ。

今の在りようが善だと思しき人。

その人の善の下地となるものが必ず在るでしょうから、

それを探る、という逆算のような帰納的な導きの方が、

先天性を計る上ではより有効ではないかと考えた次第に御座います。






公冶長第五


子謂南容、邦有道不廃、邦無道免於刑戮、以其兄之子妻之、


子、南容を謂(のたま)わく。邦に道有らば廃(す)てられず、邦に道無ければ刑戮(けいりく)に免れんと。其の兄の子を以ってこれに妻(めあ)わす。




先生(孔子)が南容(孔子のお弟子さん)を言われました。

「国に道が有れば用いられ、

 国に道が無かったとしても刑罰を受ける事は無いでしょう」

孔子の兄の娘を南容に嫁がせました。









子謂子賤、君子哉若人、魯無君子者、斯焉取斯、


子、子賤(しせん)を謂(のたま)わく。君子なるかな若(かくのごと)き人。魯に君子無かりせば、斯(こ)れ焉(いず)くにか斯(こ)れを取らん。




先生(孔子)が子賤(孔子のお弟子さん)を言われました。

「君子ですね、あのように在れる人とは。

 魯に君子が居なかったとすれば、

 彼もどこでそれを得たと言うのでしょう」

(魯に君子が居たからこそ、彼も君子と成り得た)







(俺なりの解釈での)解説



先の公冶長から「妻(めあ)わす」話が二つ続きます。

公冶長と南容の話を合わせて一つの章、との見解も在るそうに御座います。

南容は孔子のお弟子さんのお一人で御座いまして、

姓は南宮、名は括、字は子容。

南宮括(なんぐうかつ)とも呼ばれます。

言葉に慎み思慮深い方でらっしゃったようで御座いまして、

別の所では孔子は南容をはっきり「君子」と仰ってらっしゃいます。

三桓の一人、孟孫氏の甥とも令息とも言われているようで御座いますが、

身分の高い人でらっしゃた事は間違い無いようで御座います。

三桓が絡みますと善くないイメージを持ってしまいますし、

身分が高いとなると嫁ぎ先にはいいんじゃないかとのイメージを持ってしまいます。

孔子はそうではなく、

前科がどうとか、

親や親戚がどうとか、

身分がどうとか、

そんなものよりも人物をして、善い者は善い、そう判断なさってらっしゃったように御座います。

孔子のお兄さんの娘さんの結婚相手として南容に白羽の矢を立てたそうに御座います。

因みに以前少し触れたかと思いますが孔子は私生児扱いで御座います。

兄がお一人、姉が九名も居られたそうに御座いますが、腹違いのご兄弟で御座います。

孔子は父の死後、母一人子一人で大変貧しい暮らしをなさっていたそうに御座います。

この辺りはまた機会が有れば触れようかと存じます。







姓は宓(ふく)、名は不斉(ふせい)、字は子賤。

孔子のお弟子さんの中でも若い方のグループに入ります。

なんと孔子よりも30歳、或いは49歳も年下であったと言われております。

そんなにも歳の離れた青年に尊敬される孔子ってやっぱかっこいいなあと改めて思います。

孔子の故郷、魯の国は三桓の悪政も有り衰亡の気運を見せていたそうに御座います。

それで、他国から「あの国はダメだ」「ロクな奴居ねえんじゃねえか」と揶揄される事も、

在ったようで御座います。

その悪評に対する孔子の反発という解釈が御座いまして、

俺はそれに賛成で御座います。

魯にも昔から君子は居たと。

それが代々脈々と受け継がれて来たからこそ、

今でも子賤のような若い君子が現れるのだと、

そう仰りたかったのではないかと思います。

善いものは残る。

それが下地であると、

仰りたかったのではないかと思います。

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