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人の上に立つ方にもいろいろな方が居られると思いますが、
その方を人の上に置いた方もまた居られるので御座いますよね。
人材を登用する方、配置する方。
その方が何を基準にしているのか、何を重視しているのかで、
全体の雰囲気や在りようも決定付けられるようで御座います。
為政第二
十九
哀公問曰、何爲則民服、孔子對曰、擧直錯諸枉、則民服、
擧枉錯諸直、則民不服、
哀公問うて曰く、何を為さば則民服せん。孔子対えて曰く。直きを挙げて諸れを枉(まが)れるに錯(お)けば、則ち民服す。枉れるを挙げて諸れを直きに錯けば、則ち民服せず。
哀公(魯の君主)が尋ねられました。
「どうすれば人民が服すであろうか」
孔子は答えて言われました。
「正しい人間を用いて邪悪(よこしま)な人間の上に置けば、民は敬服致します。
邪悪な人間を用いて正しい人間の上に置けば、民は服従致しません」
(俺なりの解釈での)解説
毎年サラリーマンやOLさんを対象に「理想の上司は?」のアンケートを行っているそうで御座いますね。
あれは自分と上司の一対一の関係だけを見てのものなのか、
職場全体の事を考えての答えを求めているのか、
どっちなんでしょう?
勿論どっちでもいいです。
哀公は定公の後を継いだ魯国の君主で御座います。
錯諸枉、
(諸れを枉(まが)れるに錯(お)けば)
これは、
「諸々の枉(まが)れるを錯(お)けば」
と読んで、多くの邪悪な人間を捨て置けば、と解する方が通常だそうで御座います。
でも上の訳の方が、
「悪い人間も善い人間に感化されて善くなる」
というニュアンスを含むように感じますし、
孔子だったらきっとそれを望むだろうなあと思いますので、
俺はこっちの方が好きです。
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