善いね

好きなオノマトペは、のたりのたりです

巻第一

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どこでも通用する人

何かしらの縁で新たに知り合う機会を得たお相手と申しますのは、

大切にしたいもので御座います。

また、無理なく自然に大切に出来たら素晴らしいなと存じます。

相手の嫌な所に目を瞑るという我慢が大事とは思いません。

我慢は鬱積されるもので御座いますから、

何処かで臨界を迎えるもので御座います。

吐き出す、ぶつける等のリセットが必ず必要になってくるもので御座います。

相手を知る、認めるということは、

そういう事ではないと思います。

何かしらの縁を大切に出来るか否か。

それは相手がどんな人なのかよりも、

自分がどんな人なのかに因る所の方が大きいようで御座います。




為政第二

十四
子曰、君子周而不比、小人比而不周、


子曰く、君子は周して比せず、小人は比して周せず。



先生(孔子)が言われました。

「君子は広く親しんで一部に収まることは無い。

小人は一部に収まり広く親しむことをしない」




(俺なりの解釈での)解説

これまで明らかに「狭く深く」の付き合いを大事にしてきましたもので御座いますから、

これまた耳の痛いお言葉で御座います。

友人は選ぶことが非常に大事だと思います。

それが、縁を疎かにする結果に繋がるのは善くないで御座いますね。

和を大事にするのではなく、一人の人間を個として大切にする。

その結果の集合が和であれば善いなあと思います。

その、一人の人間を個として大切に出来るか否かは、

観方の問題であるようで御座います。

技術とも呼べるもののようで御座います。

先行するもの

映画『コラテラル』を観て胸が苦しくなりました。

夢を語るが、それを具体化しようとしない青年。

これは、

俺じゃないか。

と、責められた気が致しました。



為政第二

十三
子貢問君子、子曰、先行其言、而後從之、


子貢、君子を問う。子曰く。先ず其の言を行い、而して後に之に従う。


子貢(孔子のお弟子さん)が君子について尋ねました。

先生(孔子)は言われました。

「まずその言おうとすることを実行してから、後でものを言うことです」




(俺なりの解釈での)解説

これは解説要らないんじゃないかとも思われます。

そのままで御座いますね。

高度に政治的な場にも、我々一人ひとりにも通用する教えで御座います。

孔子は、美辞麗句を並べるだけで実行が伴わないのを非常に快くないと思ってらっしゃったみたいでして、論語の中にはこれと非常によく似た言葉が他にも収められております。

思いますに、理想または取り組むべき姿勢を言語化するのは、とても大切だと思います。

それを聞かれてもないのに周りの誰かにアピールするのがいけないのだと思います。

自分の評価を上げるのに利用しようとするのが小賢しいので御座いますね。

ぐむむ、

耳が痛い。

因みに寺山修司は

「言行不一致でもいい」

と、半ば開き直ったようなことを仰っておりまして、

成程ね!と、それで俺も開き直ったような気になっておりましたが、

やっぱ、

先ず其の言を行い、而して後に之に従う

の方が、

どう考えても君子で御座います。

険しいなあ。

でも寺山修司も捨て難いなあ。

と、

一人悩むので御座いました。

自分らしさやこだわりといったものは、生涯大切にしたいもので御座います。

誰かに無理強いされることなく、在りのままの自分で居たいもので御座いますね。

では、在りのままの自分ってどんなもの?

という疑問が、当然浮かぶと思われます。

それが周囲に主張するものばかりであれば、

それは「らしさ」や「こだわり」ではなく、

我儘であります。

「らしさ」や「こだわり」を大切にしつつ、

様々な状況に応じて自分の役割を変化させることも、

礼の範疇で御座います。




為政第二

十二
子曰、君子不器、


子曰く、君子は器ならず。


先生(孔子)が言われました。

「君子は器ではない」




(俺なりの解釈での)解説

様々な儀式に於いて、用いられる器といいますのは、その用途が極めて限定的で御座います。

素材は何を用いて、

色は何色で、

中身は何を入れて、

それをどの位置に配置するか。

そういった決まりごとが非常に大切で御座います。

君子がそうであってはイカンと仰っております。

君子を「人の上に立つ人」と訳しますと、

「上に立つ者が使われてはいかん」

とか、

「肩書きに自惚れて鷹揚になってはいかん」

などと解釈されます。

そうではなく、君子をもっと大雑把に「立派な人」と訳しますと、

その解釈はもっと広がりを見せます。

俺はそっちの方が好きです。

記憶違いだったらごめんなさい、

確か唯川恵さんだっと思います。

作品を読んでくれている方から、よくご自身の恋愛体験を綴った手紙を頂くのだそうです。

唯川さんは直木賞作家でもあられますから、

その数は膨大で御座いましょうね。

そこに書かれているものを読むと、

それぞれの方が、ご自身の体験を、ご自身の思いを、綴ってらっしゃるそうに御座いますが、

「自分だけの特別な体験」なんてものは殆ど無く、

やはり皆、同じ様な経験、同じ様な思いをなさっているそうで御座います。

それについて批判的な事は何一つ仰っておりませんでした。

きっとそれはそれで素敵なことなので御座いましょうね。

然し、

自分と同じ様な経験を既になさった方がいるのだとすれば、

その方のお話は、今後の自分にとって、すごく為になるのではないでしょうか。




為政第二

十一
子曰、温故而知新、可以爲師矣、


子曰く、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。以て師と為るべし。


先生が(孔子)言われました。

「古くの事を習熟し、新しい事を知る。師となるべきです」




(俺なりの解釈での)解説

サクサクッと参りませう。

故きを温ねて新しきを知る。

温故知新で御座いますね。

温は、「たずねて」または「あたためて」と読みます。

「尋ねる」か「コトコト煮込む」かの違いで御座います。

要は歴史から学ぶ、の意で御座います。

以前も申しましたが、

ドイツの宰相であられましたビスマルクは、

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

と、仰ったそうに御座います。

これは決して、

歴史に詳しい人が賢者

という意味では御座いません。

自分が今現在抱えている悩み、

将来、直面するであろう問題、

それらと極めてよく似た経験を既になさった方が、

世に幾らでも居られるので御座います。

歴史を遡ると尚のことで御座います。

先人の残した言葉は、知識として頭の中に収めるだけでは何も与えてくれず、

今現在、自分が抱えている問題に当て嵌めてこそ、活かされるものみたいで御座いますよ。

ちゃんと伝わるもの

他人を知るというのは、とても難しいことだと思います。

例え身近な人であっても。

どうしても目立つ所ばかり見てしまい、

この人はこういう人だと、

決め付けてしまいがちで御座います。

例えば職業、

例えば服装、

例えばよく口にする話題、

例えば何か困った時の対応の仕方、

などなど。

そのどれか一つを見ただけで、

その人の正体を見た気になってしまうもので御座います。

もし、

この人はどういう人だろうという疑問に、

真摯に向き合うおつもりが御座いましたら、

参考にして頂きたいものが一つ御座います。

ここに人間性が集約されているようにも思えます。


その人が何を隠そうとしているのか。




為政第二


子曰、視其所以、観其所由、察其所安、
人焉廋哉、人焉廋哉、


子曰く、其の以(な)す所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや、人焉んぞ廋さんや。


先生(孔子)が言われました。

「その行いを見て、

その理由となる原因は何かを観て、

どういう状態の時が安心していられるかを観察すれば、

人はどうして隠すことが出来よう。

人はどうして隠すことが出来よう」




(俺なりの解釈での)解説

人間観察を仰っているので御座いますが、

これもいろんな方が、いろんな解釈をなさっておられます。

視其所以(その以す所を視)は、

振る舞いを視る、行動を視る

で統一されているようで御座います。

問題は以下の文で御座います。

観其所由(その由る所を観)

「由」は「由来」の由で御座いますが、この解釈が分かれます。

ポピュラーなものは、これを「経歴」と解釈するもので御座います。

もう一つは「原因」「動機」と解釈するもので御座います。

俺は後者を支持致します。

前の文と合わせて、

何故そのような行動を取るかの動機を観る

と解釈するのが、流れとして自然に思えるので御座います。

察其所安(その安んずる所を察すれば)

先の「由」を、「経歴」と解釈した場合は、

安んずる所 = 落ち着き所、今現在の立場や在り様

で御座います。

どういう変遷を辿って、今に落ち着いたか。

他には、

安んずる所 = 目的

安んずる所 = 安らぎを求める対象

俺は、

安んずる所 = 自分が安らげる所(状況)

と、解しております。

人焉廋哉(人いずくんぞ隠さんや)

直訳すると、

「人はどうして隠す事ができるだろうか」

で御座います。

人は、その人格、人柄、人となりを隠せない。

という意味で御座いますね。

学会などでは「どれが正しいか」、「どれが有力か」の定義は勿論在るので御座いましょうけれども、

それでもこれだけ様々な解釈がなされておりますので、

それらを鑑みた上で、一番自然と俺が感じた、

俺なりの解釈も、きっと許されるね、という、

だいぶ無責任なもので御座います。

でも自分勝手な妄想では御座いませんよ。

ちゃんとした根拠を得るために、

最低四通りの解釈には目を通しております。

実際、いろいろな方が、それぞれの根拠を持って、

いろいろな解釈をなされてらっしゃいますので、

あくまでも参考で御座います。

いづれにせよ、

人は自分をよく見せようとするやましい所も御座いましょうが、

その人柄は隠せない

というお話で御座いました。

また、逆を言えば、

例えば、優しい人。

例えば、思いやりの深い人。

例えば、他人に知られること無く、善い行いを続けている人。

こういった、心ある人たち。

その人たちがどんなに謙虚であっても、どんなに隠したがったとしても、

その人柄は、ちゃんと伝わるもので御座います。

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