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気の置けない友人、
その繋がりを大切にしたい人。
その方たちは、
あなたに何かを与えてくれているのでしょうか。
あなたの何かを受け入れてくれているのでしょうか。
両方でしょうか。
若しくは、
何か、大切なものを、あなたと一緒に共有してくれているのでしょうか。
為政第二
九
子曰、吾與囘言終日、不違如愚、
退而省其私、亦足以發、囘也不愚、
回 … 孔子のお弟子さんの一人で、孔子最愛の門人と言われております。
子曰く、吾れ回と言うこと終日、違わざること愚なるが如し。退きて其の私を省(み)れば、亦た以て発するに足れり。回や愚ならず。
先生(孔子)が言われました。
「回に一日中話をしても、従順に聞いているだけでまるで愚か者のようだ。
その後の私生活での在りようを観察すれば、
それは十分に道を体現している。
回は愚か者などではない」
(俺なりの解釈での)解説
姓は顔、名は回、あざ名は子淵。
孔子が最も愛したと言われる顔回の登場で御座います。
顔淵とも呼ばれます。
孔子のお弟子さんの中で最も有名と思しき方が三人居られます。
一人は子路。
よく三国志の張飛に例えられます。
質実剛健、真っ直ぐであるがちょっと軽率、
喧嘩っ早いのがタマにキズの、
基本、戦人(いくさびと)で御座います。
元々は思想家の類がキライで、
言論で人心を惑わすだけと蔑んでいた人で御座います。
孔子のもとを訪れたのも、一言物申すためで御座いました。
あんたが最近噂の孔丘さんかい。
俺ぁ口先だけの思想家ってやつが嫌いでね。
敵が攻めてきた時に言論や思想が何の役に立つか、
敵がこっちの話しなんざイチイチ聞くワケ無えじゃねえかコノヤローと、
文句を言いに来たので御座いました。
そこで実際に孔子とお会いして、
その品格、そのお言葉、その在りように打ちのめされた子路は、
次の日もやって来て、
「弟子にしてください」
と頭を下げたので御座いました。
もうこれだけでも愛すべき人で御座いますね。
中島敦の小説『弟子』の主人公としても知られております。
直情型で、尊敬する先生(孔子)から認められたい、誉められたいという気持ちが言動に滲み出る人で御座います。
一人は子貢。
言葉の表現がとても巧みな方で、
この人が何かを説明する時に引き合いとして持ち出す例え話は、
もはや芸術的で御座います。
イチイチ綺麗だったり、荘厳であったりといった、
才能溢れる表現を用います。
その弁舌の才が認められ、
衛や魯にて、今で言う外交官として辣腕を振るい、
国際関係を動かすのに大きな活躍を見せます。
商いの才にも非常に秀でた人で御座いまして、
経営した問屋業で千金を成したと言われております。
こちらの方を重視する方も居られます。
孔子を中心とした学団、所謂、孔門の財政を担ったのが子貢ではないかと言われております。
この人は理屈屋さんの面も見られまして、
物事の仕組みやその在りように、冷静で正確な判断・評価を下す方で御座います。
人物の評価にも興味津々であったご様子で御座います。
孔子は子貢を
往を告げて来を知る者
と、大変好意的な評価をしております。
一人は顔回。
論語の中には、
「顔回がこんなことを言いました」
というお話は、あまり載っておりません。
この事から、「寡黙な人物」のイメージが強いので御座いますが、
実際は分からないもので御座いますし、
俺はどうしても、口数の少ない人というイメージが湧きません。
子路のように自分が!自分が!と前に出て来る人では無いですし、
子貢のように「あんなのはどうでしょう?」「こんなのはどうでしょう?」と、次々と問題を提起して来る人でも無いのは、間違い無いようで御座います。
だからと言って、「あまり喋らない人」だったと帰結されるのも、
ねえ。
「仁」にしろ「信」にしろ「忠」にしろ、
それらの発露である「礼」や「悌」にしろ、
言動に於いて現れるもので御座います。
きっと、日常会話はいっぱいなさっていたと思われます。
それらに尽(ことごと)く彼の「徳」が見られたからこそ、
論語に於いてこれだけ重要な位置に置かれているのだと思います。
寡黙なのであれば閔子騫と同じ様に
「彼は口数が少なかった」
という回想があってもよいように思います。
吾れ回と言うこと終日、違わざること愚なるが如し
これは学問に従事している時の顔回の姿であり、
つまり、授業中の彼の姿だと俺は思います。
授業中は異論・反論・質問の類は一切無いけれども、
休み時間や放課後にはいっぱい喋ったのではないかな思われます。
顔回にとって、孔子のお話(授業)は、その一言一句全てが己を啓発してくれる大切な言葉で、
全てが眩しくて、
まるで愚か者のように、ただ頷いて聞いている事しか出来なかったのではないかなあと思います。
多くのお弟子さんは、孔子のお話、孔子との問答で、
「こういう場面に遭遇したら、こうしたらいい」
という局所的な回答を持って帰ります。
HOW to の遣り取りで御座います。
対して顔回は、その本質に在る「何故?」の部分を持って帰っていたようです。
子貢は顔回を評して、
一を聞いて以て十を知る
と仰っております。
孔子はそれに、
その通りだ
と答えました。
権威や贅沢に無関心で、
常に貧乏な暮らしをしていたそうに御座います。
然し不平を言う事は一切無く、
学ぶ喜び、
道を追う楽しさ、
それに没頭していたそうに御座います。
富むために何かを犠牲にするよりも、
もっと大切にしたいものが有ったので御座いましょうね。
こういう生き方を、素晴らしいと思える人で在りたいです。
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