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2006年12月20日よりYahooブログにて開設していました、ブログタイトル:≪縞馬田ベティの☆世の中観察手帳☆≫は、2010年2月10日をもちまして、閉鎖いたしました。
しかし、このだび、何だかんだと言い訳を考えながら、ブログを再開することにしてみました。
最近はブログから撤退される方が多くて寂しい限りです。
ですけどわたしは、日記代わりにブログをチョコチョコ書き続けようと思います。
Yahooハンドル名:シマウマ女(縞馬田ベティ)
職業:医療・福祉関係の仕事
住所:前世の故郷は西アフリカのサバンナ地帯でした。気候は厳しいけれど、人々は勤勉で、充分手入れ
された畑や林は、それは大変うつくしいものでした。
…そう、いつか気持ちや体力に余裕が蘇ってきたら、アフリカの話をいたしましょう!
思想:エコ・コミュニズム(地球共産主義)…つまり『地球』全体を共有財産として捉え、議会政治運動と住民主体の相互扶助や要求実現のための闘争を、国際的な視野と連帯の元で行ない、最終的には、貧困と搾取・あらゆる暴力から世界中の人々が解放された社会を目指しています。
ちなみに所属政党は、『新社会党』。この党の名前、覚えて下さいね。
目指す人物象:『淑女』『レディ』にふさわしい幅広い教養と優れた趣味、そしてそれらに基づいて、
いつでもどこでも心配りのある、さりげない優しさをもった女性を目指しています。
☆☆☆ 皆さまからのメッセージを、お待ちしています。 ☆☆☆
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これら乾し柿・乾しナツメ・乾しアンズなどは、まさに「唐果物」=中国風菓子の餡の材料として、現在でも広く利用されている。大量に果物を乾燥させるため、硫黄を利用した。
一方、日本では、中華菓子で使われる肉類に替わって小豆(あずき・和語/やまと言葉であり、漢語ではない)が、奈良時代から利用されていた。味付けは、旧くは甘蔓(ブドウの仲間のオトコブドウやウリ科のアマチャヅル、あるいはアジサイの仲間のアマチャなど)で行なった。戦国時代以降、サトウキビと砂糖の普及により、現在の餡となる。
黒色火薬が発明される以前から、中国大陸の人々にとって、硫黄は重要な生活資源であった。
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今回、平重盛を演ずるのは窪田正孝さん。NHKドラマで林真理子原作の『下流の宴』で親の期待を裏切って、フリーター生活を続ける、やや無気力な福原翔青年を演じていた。
父親役の平清盛とは4歳ほどの年下。
シナリオがよくても、結局は最後は役者さん次第です。
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元祖「平家物語」によれば、頼朝30余歳ごろのとき、文覚という怪しげな僧が、
文覚「人格者・平重盛が死去されました。あなたしかいない、平家を討ちなさい」
頼朝「そう言われても・・・」
文覚「これは刑場から持って来た、あなたの御父上の髑髏です」
頼朝「ちょっと小さすぎるような・・・」
文覚「父上が子どもの頃の骸骨です」
頼朝「宣旨がないと・・・」
文覚「では、福原の後白河法皇さまから貰って来ます」
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いわゆる殿下乗合事件 。
]嘉応2年(1170年)7月3日、法勝寺八講の初日、摂政・松殿基房の従者が参詣途中で出会った平資盛(平重盛の長男)の車の無礼をとがめて恥辱を与えた。
その後、平家のものと知って基房は震え上がり、ただちに下手人を重盛のもとに引き渡して謝罪するが、重盛は申し出を拒絶した。基房は報復を恐れてしばらく外出を止める。ほとぼりが冷めたと思われた10月21日、高倉天皇の元服定のため基房が参内する途中、重盛の武者が基房の従者を襲い乱暴を働いた。
この事件のため、天皇の元服定は延引となってしまう。重盛は天皇の乳父の立場にあり、その行為は許されるものではなかった。 この事件の影響からか、12月に重盛は再び権大納言を辞任する。翌年正月3日の天皇元服の儀式に、重盛は欠席した。
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