(朝鮮日報日本語版) 五輪招致目指す石原都知事、差別発言のオンパレード朝鮮日報日本語版 8月22日(水)9時6分配信
「モンゴロイド(黄色人種)はダウン症患者」(サッカー・スイス代表のミッチェル・モルガネラ)
「ギリシャにはアフリカ人が多いから、西ナイルの蚊(感染症の西ナイル熱を媒介する蚊)は故郷の味が楽しめる」(ギリシャの陸上女子三段跳び選手ボウラ・ パパクリストウ) これらは、ロンドン五輪の期間中に人種差別的な発言をし、追放された選手たちの言葉だ。ところが、これらと比較にならないほど露骨に、特定の人種や障害者を差別する発言を繰り返してきた石原慎太郎・東京都知事(79)=写真=が、2020年夏季五輪の東京招致に向け奔走している。石原知事は五輪招致のため、今月20日に東京・銀座で行われたロンドン五輪メダリストたちによるパレードを主導したという。 石原知事は、ロンドン五輪で男子柔道の日本選手たちが金メダルを獲得できなかったことをめぐり「西洋人の柔道は、獣のけんかみたいだ」「柔道特有の面白さがなくなってしまった」と発言した。これに対し、日本国内でも「こんな人種差別的な発言をして、五輪招致ができるのか」と批判する声が出た。 また、石原知事はさらに露骨な発言もためらわずに行ってきた。「最近の東京を見ると、不法入国した多くの三国人が犯罪を起こしている」「中国人の犯罪が日本にまん延している。これは民族的なDNAのためだ」「知的障害者に人格があるのか。西洋なら恐らく見捨てられるだろう」。このほか、石原知事は同性愛者や高齢者、女性に対しても差別的な発言を繰り返した。従来から核武装を主張してきた極右的な人物として知られる石原知事は「南京大虐殺はなかった」「日韓併合は韓国人が望んで選択したことだ」といった妄言も発した。小説家の石原氏は、1999年から東京都知事を務めている。 石原知事が妄言を繰り返しても、日本のメディアはあまり批判していない。むしろ、東京都知事を4期も務めることを許している。一部では「問題発言こそが人気の秘訣(ひけつ)」という見方もある。石原知事は昨年の東日本巨大地震の際「地震は天罰だ」と発言しながらも、直後の都知事選挙で圧勝した。衆議院議員総選挙に出馬し、首相の座を狙っているともいわれる石原知事は、政治的な評価を高めるため、五輪招致に力を入れている。
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***** 「特攻隊」「学徒兵」にヒーローの座を奪われた? 源義経 ****************************** 「日本人の、いわゆる‘判官贔屓’の精神はどこへ行ったのだろう?」 『第二次世界大戦で亡くなられた、特攻隊員や学徒兵、少年航空隊の少年兵など・・・』 「♪嗚呼 紅顔の若者の夢は〜 ♪嗚呼 おおらかに想いは続く ♪帰り来よ 愛し合う乙女の胸に〜」 『♪海神(わだつみ)は語らない 沈黙の時を守り・・・ 時々、特攻隊の青年が、家族やとりあえず≪家≫を存続させるために急遽婚約した婚約者や妻に残した遺書が公開されるが、数は少ない。また、検閲などがあって、遺書と言えど本心は遠まわしにしか書かれていない。 それでも、特攻隊の遺書の手紙の前では、義経の≪腰越状≫なんて、涙を誘わない。 しかも、多くの日本人が、知人の知人、あるいは親戚の親戚あたりに、特攻隊兵や学徒兵、少年飛行隊院がいたりする。遺族の感情など考慮して、大衆向けのドラマなどにはならないが、口から口へと、身近が英雄・・・それが祖国を救った英雄であれ、悲劇の英雄であれ、わたしたちの身近に、≪美しく≫ ≪強く≫≪健気な≫そして≪悲劇的な≫、日本の英雄の原型そのままに、特攻隊員や学徒兵の物語がある。 戦犯級の行ないをした、義経は、かえって忌まわしい第二次世界大戦の悲劇を思い起こされるだけなんだ』 「言ってみれば、≪英雄・義経≫も、第二次世界大戦の被害者であったのか!」 『・・・・・』 ***** 平清盛を「父親と思い込む」設定の牛若丸は、戦後世代の我々の似姿だ! ******************* 「ところで冒頭の、‘平清盛を「父親と思い込む」設定の牛若丸゜なんだけど・・・」 『それは、我々自身が、≪牛若丸≫なんだ!』 「また珍説を・・・」 『例えば、ある一定以上の世代は、外国といえば≪アメリカ≫が、憧れの的だった。最初に覚えた外国の名前はアメリカ。外国人を見ればアメリカ人。アメリカは豊かで自由な国。・・・だけどある年齢になって突然、第二次世界大戦中の敵国はアメリカだと知り、複雑な気持ちになる。しかも、我々には≪復讐≫は禁じられている。復讐どころか、オスプレイにも普天間基地移転にも、我々は無力だ。 原子爆弾をアメリカによって落とされながら、我々は、≪敗戦国≫ゆえ、アメリカの行為を≪人道に対する犯罪≫だと訴えることすらできない。 この≪アメリカ≫と≪アメリカに憧れ続けた幼年時代≫とが、‘平清盛を父親と思い込む、牛若丸’に重なってしまう』 「そうかなぁ・・・じゃ、あまりアメリカに思い入れのない、もっと若い世代は?」 『そういう世代の場合、‘我々の、これまでの歴史教育は間違っていました。日本は中国や朝鮮半島の人々にこれだけの酷いことをしました’と教わる。だけど、現実の中国や韓国、あるいは北朝鮮は、覇権主義国家として、若い世代には脅威に映る。結局、‘正しい歴史観’なんてものはよく分からない、歴史観は、その時々のお偉方によって‘創られた'‘まやかしの’ことを教えられていると感じている。 ・・・まぁ、わたしは、中国にも韓国にも、北朝鮮にも、それほどの脅威は感じていないけどね。 中国や韓国は、日本以上にこれから急激な≪少子化&高齢化社会≫が到来し、国力が落ちるのは目に見えているし、北朝鮮に至っては、軍事的脅威を心配するヒマがあるのなら、北朝鮮体制の瓦解により、難民が大量にでることの方への対策を今から考えたほうがいい』 「つまり、誰が仇でどれが正しい史実なのか、教育しだいでどうにでもなる・・・という例が、‘平清盛を父親だと思ってしまう牛若丸'なんだね」 『そしてその後、牛若丸は、実は平清盛こそ父の仇だったと教えられて、それが牛若丸=源義経の、悲劇的な人生の一歩となってしまう』 ***** オマケ! その1 *********************************************************************** 『池宮彰一郎氏が文章の面では司馬遼太郎氏のマネをした気持ち、分かるなぁ・・・ 時代小説の読み手は時代小説の登場人物は、こういうモノ・こういうあらすじという、先入観を持って読む。そんなところへ池宮流の斬新な解釈が加わる場合、文章までオリジナルだと、読み手は、その世界観に入って来れない』 「はあ? 池宮氏の小説、買って読んだことあるけど、最初の20ページ読んでもほとんど司馬遼太郎氏とまったく同じ文章で会話までまったく同じ。‘金返せ〜゜な気分になったよ。結末まで読む気がしない」 『池宮氏自身、故人となられたのだから許してあげれば? たぶんん、引っ越しだとか家人の病気に加え≪盗作騒動≫で心労がたまって亡くなられたんだろう』 ***** オマケ! その2 ******************************************************************* 「パクリ・盗作・オリジナリティの欠如で思い出したんだが、ずっと前、タイトルは忘れたけど、アニメ観てたら、冒頭が、≪無限に広がる大宇宙。死にゆく星もあれば生まれゆく星もある≫ではじまる」 『いいじゃん、ある世代以下にとっては、この冒頭の名文は、‘何時の帝の御ときにか・・・'とか、 ’祇園精舎の鐘の声・・・'と同じぐらい、覚えておくべき文章だ』 「そして、何時の時代にも悪はある・・・名前は忘れたけど◎◎という特殊部隊を作って・・・と、 ≪鬼平犯科帳≫みたいなナレーションが入る。」 『うっひょ〜! 子どもや若者しか観ないようなアニメで、≪鬼平犯科帳≫のパロディやっても、元ネタを知らない人がほとんどだと思うよ。あまり笑いは取れないな。』 「その特殊部隊は、ほとんどが女・子どもで、一人だけじいさんがいる。だけど正義の特殊部隊が崩壊した理由というのが、メンバーの一人が、おやつの盗み食いをして、そのおやつというのが大福餅なんだ」 『おやつの大福餅の盗み食いで仲間割れ? いったい、いつの時代のアニメなんだ? まさかNHK・BSのアニメ≪ななみちゃん≫のパクリ・・・じゃなかった、影響を受けたのかい?』 「たぶん、アニメの製作スタッフが、引っ越しだとか家人の病気だとかで、自分の創ろうとするアニメと、自分が観たアニメとが頭の中で混乱して、そうなったんだろう」 『この冗談、上手い!』
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「大河ドラマ・平清盛・第33話 ≪清盛、五十の宴≫で牛若丸が登場、なんと、また、幼い牛若丸は父の仇である筈の、平清盛を自分の父親だと思い込んでいる設定なのだそうです」 『当然、そうなるとは予想していた(笑)』 ***** 元祖『牛若丸が平清盛を自分の父親と思い込む』設定は、池宮彰一郎氏 *********************** 『元祖‘牛若丸が平清盛を父親と思い込む’設定は、池宮章一郎氏の小説≪平家≫だ。 変わった小説で、平清盛は、宋の国から工人を招いて≪技術移転≫を行ない、日本のの農業や手工業などのレベルアップを図るという、壮大な構想を持つ。清盛亡き後、その後継者として後白河法皇が、源義経にしようとする・・・そういう内容で、実はNHK大河ドラマスタッフは、この池宮版≪平家≫を原作に、大河ドラマ化を考えていたそうだ。 だけど、池宮彰一郎氏原作の小説‘島津迸る’が、盗作疑いで回収騒動が起きて、結局、宮尾登美子原作の『宮尾版・平家物語』を使うことになった。そして宮尾登美子氏が執筆中の’義経’にも、無理やり ’牛若丸が父の仇・平清盛を自分の父親と思い込む’設定が詰め込まれた』 「それって、めちゃくちゃカッコ悪い話じゃないの?」 ***** なぜか戦後世代に人気のない、九郎判官義経さま? ***************************************** 『ところで、源九郎判官義経と言えば、何を連想する?』 「やっぱ、2005年の大河ドラマ‘義経’かなぁ・・・。ラストで弁慶が立ち往生。そして、お堂にいた義経も自害。自害したときの精神的エネルギーでお堂が爆発、白煙があがり、それが白馬の姿となって、‘こうして義経さまの魂は、鞍馬の山へ還りました’という、失笑のラストシーン」 『いわゆる‘五条大橋’とか‘八艘飛び’、あるいは‘勧進帳’のシーンは?』 「予備知識として知ってはいても、いざ映像化されるとウソっぽい。なんで義経がヒーローなのか、わからない。 あれを観て、本気で大河ドラマを観るのを辞めようかと思ったぐらい。 こんなコト言えば軽蔑されるのを覚悟で言うが、'弁慶の立ち往生'ですら、≪さらば宇宙戦艦ヤマトの、‘斎藤始の立ち往生'ほど、感動できないんだ。
弁慶がなぜ、そこまで主君に尽くすのか、別段、寡婦年金が遺族に貰えることもないし、守るべきイデオロギーとか正義とかがない。その上、主君はその後にすぐ死ぬんじゃ、犬死にみたいな感じ」
『確かに戦後世代には、‘義経゜の魅力は分かりにくい。ここでは、‘なぜ昔の日本人は、義経を理想のヒーローとして捉えたか、考えてみよう』***** ヤマトタケルノミコトを越えた、新ヒーローの義経 *************************************** 『司馬遼太郎氏は、義経の魅力を、‘無位無官の普通の人’だからこそ、大衆に受け入れられたヒーローだと、分析をされている』 「義経が普通の人? 今やっている舞台版≪MOON SAGA 義経≫(原作・演出・主演:GACT)では、義経は 見えないものが見える≪異能者≫という設定だけど?」 『それは原作者が戦後世代だからだ。第二次世界大戦前に教育を受けた世代は、そうは考えない。 前回、紹介した、板坂耀子女史も、義経の魅力を、‘何だかの理由で、集団の保護を受けなければならな い、だけど健気に自分の役割を果たす≪女・子ども≫系のキャラクターだと分析をしている。』 「う〜ん・・・納得がいかない」 『もう一つは、義経は、≪全国行脚をしたキャラクター≫だ。なんならウチの近所にも、義経ゆかりの地がある。関西や西日本のみならず、北陸・関東、そして東北地方までと活躍の場が広い。』 「そういえば、義経の魅力は、ヤマトタケルノミコトと通じるものがあるよな。女のような美貌の持ち主で、戦に強くて、謀略を好み、日本のあちこちへ行き、最期は悲劇的なところろか。」 『おそらく、ある時代まで、ヤマトタケルノミコトこそ、日本のヒーローの原型だった。ところが、時代が進み、おそらく鎌倉時代あたりから、ヤマトタケルノミコトの服装とか戦法が、時代に合わない古臭いものとして、その時代の大衆に受け入れられなくなった。 そんな時代の新しいヒーローが、源義経だったんだ』 ***** 徳川時代は、戦国ヒーローはご法度だった? 歌舞伎に義経が人気があった理由 ************** 「だけど、地域のヒーローとして、全国行脚を行なった義経を持ち上げなくても、地元にもヒーローがいたんじゃないの?」 『例えば義経の家来の佐藤忠信・継信は、福島県・福島市では、‘忠信最中’‘バームクーヘン継信'が今でもあるほど、地域起こしヒーローとして親しまれている。もちろん、奥州ではヒーローの中のヒーロー』 「戦国武将は? そういえば2007年大河ドラマ≪功名が辻≫で、清水宗治の切腹シーンが、CGの水面&役者のセリフなしだったとき、岡山県の視聴者は、‘岡山県人をバカにして! 脚本家と演出家が許せない!’って、ネット上で凄い騒ぎに・・・」 『戦国武将が国民的ヒーローになったのは、明治維新以降。それ以前は、例えば高知県―土佐―では、 長宗我部元親はご法度。長宗我部氏滅亡後、山内家が藩主となったからね。 逆に言えば、鎌倉幕府の命によって悲運の生涯をなった義経は、江戸・徳川幕府に不満を持つ人々が、 辛うじて反体制のヒーローとして、崇めることが許された存在だったんだ』 ****** 十五年戦争&太平洋戦争での日本の『敗戦』で、ヒーロー・義経の評価が変化???*********** 「戦国モノと比べると、源平合戦は、火器・銃撃戦がなくて面白うない」 『それに義経の戦法は、奇襲攻撃が多い。 戦前、すなわち現・憲法制定前の体制下において、源義経の戦法は、まるで教科書扱い。 あの司馬遼太郎ですら、それを誉め讃えておられる。 だけど、第二次世界大戦では、その≪奇襲攻撃万能主義≫で、我々は負けた。単に負けたのではなく、甚大な被害を蒙った。 また、義経は、それまでの≪戦さのルール≫を無視したところに勝因があったと言える。 例えば平家との海戦の際、潮の流れを漁師に尋ねる、漁師が答えると機密保持のため漁師を殺した。 今なら戦犯にあたる戦法だ。第二次世界大戦の敗北を味わった、戦後世代の日本人には、どうも源義経は、どこか魅力のないヒーローに映ってしまう』 ***** 「特攻隊」「学徒兵」にヒーローの座を奪われた? 源義経 ****************************** 「日本人の、いわゆる‘判官贔屓’の精神はどこへ行ったのだろう?」 『判官贔屓の精神は、今でも残っている。例えは、今、大河ドラマでやっている≪平清盛≫だって、 アンチヒーローをヒーローとして描き直す点では、敗者復活戦、あるいは‘滅びの美学’を結集したようなもの』 「その美学を、なぜ、義経に、少なくともボクは感じられないんだ?」 『たぶん、≪美しく≫≪若く≫≪強く≫≪健気で≫≪悲運の≫英雄を、我々自身が、身近な人間に持ってしまったからだ?』 「えっ?」 『第二次世界大戦で亡くなられた、特攻隊員や学徒兵、少年航空隊の少年兵など・・・』 「♪嗚呼 紅顔の若者の夢は〜 ♪嗚呼 おおらかに想いは続く ♪帰り来よ 愛し合う乙女の胸に〜」 『♪海神(わだつみ)は語らない 沈黙の時を守り・・・ 時々、特攻隊の青年が、家族やとりあえず≪家≫を存続させるために急遽婚約した婚約者や妻に残した遺書が公開されるが、数は少ない。また、検閲などがあって、遺書と言えど本心は遠まわしにしか書かれていない。 それでも、特攻隊の遺書の手紙の前では、義経の≪腰越状≫なんて、涙を誘わない。 しかも、多くの日本人が、知人の知人、あるいは親戚の親戚あたりに、特攻隊兵や学徒兵、少年飛行隊院がいたりする。ドラマなどにはならないが、口から口へと伝わる、それらの話の前では、義経の存在はどうでもよくなる。』 |

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「ジャーナリストの山本美香さまがシリアで銃弾に中って亡くなられたね。それについて、コメントお願いします」 『わたしの知人には危険な場所や立場で取材活動を続けている方々が2、3人いる。具体的なことはお相手の立場を考慮して、ここには書けないが。 最近、大衆迎合・ポピュリズム・売らんかな主義の記事を詠むことが多くて日本のマスメディアと記者たたちに絶望していた。 たぶん、わたしのブログは読んでおられないだろうが、危険を顧みず、私利私欲に捉われず、自分の血肉を切り売りするような、職業を越えた立場で報道活動をなさってらっしゃるジャーナリストの方々に、 心から尊敬と感謝の意を表します。(伏字)さま、(伏字)さま、如何お過ごしでしょうか』 ************************** 「ところで、シマウマ女は、反原発のデモに参加しないの?」
『わたしが参加しなくても、これだけの人々が参加し、声をあげている。 わたしは、誰も関心を持たない、あるいは危険であるような問題に、取り組めばいい。 もし万が一、今の反原発運動が、一過性のものに終わるならば、その時、わたしがやればいい』 |
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こんな歌が、大河ドラマ『平清盛』最終回・ラストに流れてほしい・・・ 作詞:阿久 悠
作曲:宮川 泰 題名:『海神(わだつみ)』 ******* 海神(わだつみ)は 語らない 沈黙の時を守り 嗚呼 流れゆく 季節をみつめ 嗚呼 迸(ほとばし)る 久遠(くおん)の夢よ 飛び立てよ 絡みつく飛沫を払い 飛び立てよ 飛び立てよ 星の彼方へ (間奏) はるかなる 時をゆき 暗黒の海を渡り 嗚呼 紅顔の 若者たちの 嗚呼 おおらかな 想いは続く 帰り来よ 愛し合う乙女の胸に 帰り来よ 帰り来よ 波のうねりへ : 二週間の時を経て、やっと観ることができました、2012年8月19日の大河ドラマ『平清盛』。 第32話『百日の太政大臣』 松田聖子さんの歌う「今様」の歌と舞いが凄かったです。 番組感想を拝読しますと「聖子登場のシーンがよかった」とあり、「えっ? 聖子? 後鳥羽帝の皇后の 聖子? 藤原聖子? そんな人登場してたっけ???」と一瞬思いましたが、 白拍子・舞姫の乙前役の松田聖子さんのことでした(笑)。 普通、アイドルとか現代ものドラマの俳優&女優が時代ものに登場すると、 これまでの≪役≫のイメージでだいなしになっちゃうことが多いです。 (それどころか時代ものさえ、松平健が演じた弁慶みたいに「この人、主役ばっかし演っていたから、 脇役に回るとなんか・・・いま一つ・・・」になることだってあります)。 だけど、松田聖子さんは違っていた! 今回のドラマでは、山本耕史さんが演じられた、藤原頼長役はよかったです。 何年か前の大河ドラマである『新選組!』では、「鬼の歳三」こと土方歳三を演じておられた方と 同じ方です。片や武州の豪農の息子で新選組副長(フランス陸軍の制服姿の写真が残っています) 今回は、日本史の教科書では太文字で載ってはいても、あまり馴染みのない、藤原頼長。 俳優さん個人の力量もあってのことでしょう、一方で現場の美粧さんや衣装さん・演出さんの もの凄い力の込めようが、観る側に伝わります。 松田聖子さんの演じられた、祇園女御/乙前は、 実在する人物ではあるけれど、資料の少ない遊女身分の女性なので、 シナリオさんや現場のプロデューサーさん、演出さんは、どうやって見せ場を創るべきか、 おおいに悩まれたでしょう。 そこでの登場の松田聖子さん。シナリオそのままの、急場をしのいで見せ場を作った舞姫役は 「はまり役」でした。 ただねぇ・・・ 劇中歌がいつもいつも ♪遊びにけりと〜 生まれけり〜 ♪戯れけりと〜 生まれけり〜 ♪遊ぶ子どもの声聞けば ♪我が身さえこそ 動(ゆう)がるれ〜 ・・・はねぇ・・・ そこで提案! 大河ドラマ『平清盛』最終回は 現代の≪今様≫で〆ましょう! ・・・ということで紹介いたしましたのが、冒頭の、その名も『海神(わだつみ)』です。 作詞は阿久悠先生。 作曲は宮川泰先生。ともに日本のポップス歌謡の御大。 このお二人そろってお仕事をされたことは、実はあまりないんです。 歌は、ささきいさおさんですが、『平清盛』で使うのなら、松田聖子さんがいいかも? 大衆ポップスは、短いながら、そこに込められた≪物語≫があり、 その≪物語≫は、悪くいえば互換性、よくいえば大衆性がある・・・ つまり、「これって、ワタシのための歌みたい!」な感じ・・・ 尚、YOUTUBEで「海神(わだつみ)」で検索するのは、おススメできません。 何故なら、韓流ドラマの映像が出て来る・・・ からでなく、『平清盛』とは、全く異なった、時代&感性&倫理観の映像が出て来ます(笑)。 大河ドラマ『平清盛』は、日本が未だ、若い国だった時代の、感性や倫理観などが、 もののみごとに表現されてます。 だけど冒頭に紹介いたしました、『海神(わだつみ)』の歌詞は、 不思議と、『平清盛』最終回の「壇ノ浦の戦い」に、似合うのですよね・・・
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