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何時の観月の御ときにか、地震津波原子力発電所の人災による悲惨な報せがメディアを走りまわる日々、 身体は丈夫ではないが、何かと物思いし、ただいたずらに心に思うことをブログやそのコメント欄に 書き散らし、ひたすら我が身の病弱を嘆き、この国のため、地球のため、何事もことを起せず、ただ日暮らし夕暮れ夜もあけぼのも、床から頭があがらずいつも病に伏せがちな、老嬢ありけり。 その老嬢H・Nを、アフリカのサバンナに暮らせる野生馬に因みて、シマウマ女のアイコンを用いる。 かの老嬢は、かつては人並みに勤勉に働き、学び、そして夜には蒲団に伏して、只の日々を暮らしていたが、生まれつきの体質か、それとも老いたる実母の老齢と癌に因る死が元となりしか、母なき後は、 気鬱の病に伏せりたり、あれこれ月日が過ぎれど、一向に薬石の効も無く、日々涙にて、叶わぬ我が身を 恨みつつ、それでも最後の望みをと、各種、按摩・指圧などの療を受け、あるときは岩蒸し風呂や噂に 名高い、気鬱や婦人の病に効用のあるという、湯場・温泉などでも療養施すも、病はなかなか身を外れず ますます我が身を案じ、また貯め置いた貯金をくずしては日用の糧や医師・薬師および按摩や湯治の費にあてがい、日々、明日こそは、月の始めやその月が十六夜にかかりても、月の末ごろまでには病去り、 気は晴れやかに、身もやがて、働くにふさわしき力を得るものと信じ、いつか世の表に出る機さへ 夢みたり。 … ☆ … その頃、東国の地には地震・津波あり。店・工場は云うにおよばず、春を待ちし嬰児の青苗る待ちしき稲田にも塩に浸り、 陸の自動車、海の船、家までも波に殺され、亡くなりたもう者は老人青年問わずその人数は今だ明らかならならざること、例を見ないこと、夥し。 更には人智の限りを尽くしたる、原子力発電所と申すモノ、 『想定外』かはたまた≪神の業≫なるものか、かの恐ろしき放射能なるものが、田畑を問わず、内外の海も問わず、土や水も犯して、人々はもちろん牛馬犬猫、海の魚、空の鳥、森林の蟲や小鳥、鹿やかもしかも、その放射能により、ある者は不安に陥り、また別の者は生活の糧なる牛馬を手離し、顔の表にこそ 目立って出さぬものの、その心の苦しさや寒さや長雨、更に余震に耐える身体の苦しみは言葉にならず、 時としてきまぐれに慰問に訪れる人々に、「大丈夫です」としめやかに微笑みたり。 その微笑みのさみしさは、異なる地に暮らす者共の胸に響けり。 … ☆ … さて、先の老嬢、医薬や看護の知識あり、農のことへも覚えあり、その災害の頃から、しきりに、 「我、皐月には、援農と、病めるもののための世話にいきたし」と、シマウマ女なるH・Nにて、 しきりにそのことを書きたり。 病を治すべく、按摩・指圧、更には香道や体操も試みれど、一向に身は良くならず、せめて、東国で 玩具にも不便する幼な児のため、糸針とりて、あるいは紙・ハサミ、組紐など用いて物つくること夢みれど、針を手に持ちながら、そのままうたた寝すること多かりし、あきらめらずを得ず。 なおその老嬢、体力・気力を一刻でも取り戻さんと、サウナ風呂にて蒸し部屋と冷泉を往復し、 精のつく食べ物を求め、天ざる蕎麦、牛モツの辛目のカレー(生卵入り)、さては、けんたっきー・ ふらいどちきんまで食し、油当たりにて、今、腹痛に悩む。 聞けば、以前は夜間も不安なあまり、カップ入りの即席そば・うどんを、真夜中にて家人に気付かれぬ やう、コンビニなる場所に立ち寄り、大量に買い、且つ一夜でたべっちゃったコトがあるんだって!!! … ☆ … 医師の診断受けるも、診断は数日後の言葉に沈み、 気鬱の病で弱りたる心は、「我、ついぞ、手術か? もしや悪性の腫瘍かと激しく落ち込み、 災害復興&平和行進用の折り鶴も折れず、今迄以上に、床に伏したること多し。 ― 終わり? それとも続きあり? ―
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