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読んだ本について、きらくに感想などを書いていきます。(前は、日本語の文法研究のための作業日誌でした。本の話はつい最近からです。)
養老孟司と長谷川眞理子の共著のエッセイ集です。1998年のPHP文庫で、原本は1995年、読売新聞社から刊行された『男学女学』という本だそうです。
養老も長谷川も、ほかにたくさん本を書いていて、面白いものがありますが、それらは有名なので、地味なこの本を。

養老は、いつもの調子で、科学的なことをわかりやすく、なるほど、と思わせる書き方で、あっさりと説明してくれます。そこのうまさには感心します。一方で、社会的なこと、人間のことになると、突然、とんでもない非論理的なことを何食わぬ顔で書きます。その落差が面白く、また、あきれてしまいます。

  男女はなぜあるのだろうか。こういう漠然とした疑問には、なかな
  か答えにくい。
  子孫を残すため。これがいちばん常識的な答え。でも、男女のない  
  細菌も、子孫は残す。分裂して増えるからである。雌だけしかない  
  昆虫もある。
  男女があるのは遺伝子を混ぜ合わせるため。これがやや専門的な答
  え。では、遺伝子を混ぜ合わせると、どういういいことがあるか。
  この辺になると、常識では返答が難しくなる。(p.48)

こういう、短い、ぷつぷつと切れたような文をうまくつなげて、重要なことをさらっと書くうまさには感心します。この後、環境の変化とそこで生き残る可能性を増すために、遺伝子を毎世代新しく組み替える、という話が続きます。
で、有性生殖が有利である、ということになるのですが、その後の一文が養老らしくていいです。

  そんなことをいうが、生物はそんなことを考えて、有性生殖をはじ
  めたわけではあるまい。人間だって、そんなことを考えて子供を
  作っているわけではない。(p.49)

そして、この(短い)文章は次のように終わります。

  分裂する生物だって、すっかり滅びたわけではない。いまでもちゃ
  んと生きている。有性生殖は、生物の多様性を増したのである。

有性生殖をする生物が「優れている」わけではありません。いろいろいたほうが、「生物全体として」生き延びる可能性が増したのです。

と、なんとなくわかったような気になっていると、次のページではこう書いています。

  男と女がなぜあるか、すなわち有性生殖の意味は、そう簡単にはわ
  からない。私がわかっていないということもあるが、学会でもよく
  わからないらしい。有性生殖は多様性を増す。すでにそう述べた
  が、これはじつは正確な論理ではない。なぜなら多様性を具体的に
  どう測ったらいいか、それがよくわからないからである。(p.50)

こういうところが私は好きです。わからないことは「わからない」とはっきり書く。わかったような顔をしてごまかさない。
この本を書いたころ(1995年)、養老はまだ五十代です。

私の考えでは、養老のいい本は80年代の「ヒトの見方」「形を読む」「からだの見方」などだと思います。例の「バカの壁」が2003年ですが、その頃の、あるいはそれ以後の本は読む気になれません。

もう少し、引用を続けましょう。

  男女は、ほんとうは生殖細胞の奴隷である。脳はそれが気に入らな
  い。だから、いろいろ反抗するが、要するにつぎの世代を作って終
  わりである。つくらなくたって、いずれ終わり。生き永らえるのは
  受精した生殖細胞だけで、あとの細胞はいずれ寿命が来てかならず
  死んでしまう。あなたも私も、子どもが育てあがれば、あとは不用
  である。(p.52)

生物学的には、この通りでしょうが、人間は幸か不幸か「精神」というものを持ってしまった。

  人間はとくに脳が大きい。だから、脳が余分な能力を持っていて、
  余計なことを考える。

ここが問題です。人間は、以上書いてきたことには収まらないような、「男と女」の問題を抱えています。

この本の第1章の40ページは、生物としての性、つまりセックスについて、第2章の40ページは社会的な性、つまりジェンダーについて、養老が書いています。
1章のほうは、上でも見たように、養老らしく、割り切った書き方で読みやすく書かれています。しかし、2章のほうは、少々問題があります。同じように、「養老らしく」「割り切った書き方で」書いてあるのですが、うまくいっていません。
生物は、非常に複雑なものですが、養老は、科学者として、専門家として、十分に問題を理解した上で、わかったことはわかったこととして、わからないことはわからないこととして、きちんと書いています。
ところが、社会的なことになると、養老には整理しきれないようです。社会的な男と女の問題は、生物以上に複雑なものなのです。まあ、それはしかたのないことでしょう。養老の書いたことを読みながら、読者が考えるべきことです。
社会的なことになると、もう一人の著者、長谷川の書いた部分のほうが面白いのですが、それについてはまた次の機会に。

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高坂知英の旅のエッセイです。もうかなり前の本で、1976年の中公新書です。著者は「自然科学系の図書編集に従事」している(いた)人です。
高坂はほかにも同じような題名の旅の本を書いています。読む人の好みによるでしょうが、私は最初のこの本がいちばん面白いと思いました。

第一章「宿」、第二章「ドライヴ」、第三章「見物」、第四章「美術と音楽」、第五章「中世−西と東と」、第六章「旅の参考書」。
これらの章の題からもわかるように、著者はヨーロッパと日本の中世美術が非常に好きで、それを見に行くのが旅の主な目的です。

宿の予約の話から始まります。

  私は原則として宿の予約をしない。原則の例外は人さまを案内する
  とき、小さい子供をつれて行くとき、特定の宿屋に泊りたいとき、
  出張、これだけである。(p.5)

なぜ予約をしないのかというと、「その必要がまずないからである」と言います。

  予約をしないでしかもなんとかすませるためには、当然若干の心構  
  えが必要である。そのひとつは当然のことながら、混むにきまって
  いる季節に混むにきまっている場所に出かけないことである。季節
  か場所かどちらかひとつをずらせばなんでもないことが多い。

なるほど。
また、観光地に行く場合も、その場所に泊まる必要はないと言います。

  〜むちゃくちゃに混んでいるのにむりむたいに現場に拘泥するから
  泊まれないということにもなるのだ。近くの無名の町に泊まれば
  万事解決という場合が多い。しかも直前まで名も知らなかったよう
  な町を特別な用件も目的もなしにぶらぶらあるいてみるということ
  は、変な観光地よりもはるかにたのしいものだ。行人はすべて一期
  一会。その多くはその町で生まれ、愛し、死ぬのだろう。(p.9)

ここを初めて読んだとき、加藤周一の文章を思いうかべました。論理的な話の組み立てと、ちょっとした気取りのある文章。
後で知ったのですが、著者の高坂は、加藤周一の著作集の月報に中学時代の友人として一文を寄せています。高坂は1917年生まれで、加藤は1919年生まれ。2歳ほど年上ですが、子供のとき病気をし、加藤と同級だったようです。
著名な評論家である友人から影響を受けたのかどうかはわかりませんが、この時代の、本を多く読む人に通じる一つのスタイルなのでしょうか。

本文の大部分は、気楽に、自分の考えを自由につづっていくのですが、第一章「宿」の終わり近くで、ナチスにちょっと触れた後、ワルシャワでのある経験について書きます。

  私の乗った観光バスのガイドは、美しい知的な初老の婦人で、私の
  隣に座っていたが、五、六人しかいなかった乗客の理解する言葉を
  一人ずつきいてまわったあとで、ドイツ人のいないことを知ると、
  私の耳もとで、「今日はドイツ人の客がいないのでたいへんうれし
  い」とささやいた。私はそのことで何か質問する気にはとてもなれ
  なかった。私は前方をみつめたまま「わかります」と答えるのが精
  一杯で、かつての枢軸国民の一人として満身の恥辱に耐えていた。
                          (p.61)

私は、もし、加藤周一だったら、ここはどう書くのだろう、と思いました。おそらく、「満身の恥辱に耐え」とは書かないでしょう。そこに、この著者の考え方、感じ方が現れていると思います。

2章以下、私にとって面白いところはたくさんあるのですが、引用がどんどん多くなってしまうので、ここまでにします。

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久しぶりに書きます。
加藤由子という動物関係のライターの科学エッセイです。(ちくま文庫 2015年、原本は講談社ブルーバックス 1996年)
題名や副題「知れば知るほど面白い 動物のふしぎ33」そして表紙のイラストなどを見ると、やさしい感じの、どちらかといえば子供向けのような本かと思って手に取ったのですが、どうして、なかなかくっきりした個性を持った文章です。
まず、「まえがき」を立ち読みして、ちょっと驚きました。「動物のふしぎ」をやさしく解説するような本の文章ではありません。
 
  群れ生活をするものの根底には「ひとりではいたくない、誰かといたい」という衝動があるのだ。だから仲間を求めるのであり、群れを維持するために群れの一員であり続けようとするのだろう。(中略)
  「誰かといたい」と感じ続けたうちの犬は、どんな気持ちで庭にいたのだろうかと思った。冬の夜、縁側の戸は閉められて自分だけ庭に取り残されたのだ。もう少し近くに行こうとしても鎖がそれを阻んだ。「誰かといたい」生き物が誰かといることができない時、それは「寂しい」ということではないのか。ちぎれんばかりに尾を振ったときの喜びは、私が考えるほど単純なものではなかったのだ。
  群れの中の自分の位置は、おもに力関係から来る順位で決まる。いつも群れの中心部から離れた場所にいることを余儀なくされた我が家の犬は、群れの中の最下位の順位、それも他と大きく差をつけられた最低の順位に甘んじて生きたことになる。どの群れにも最下位の順位に位置するものがいることはわかるが、何も知らないままで犬にそれを押しつけていたのかと思うと心が痛い。家の中、つまり群れの中心部に入ることを許されていた猫は誰かといることを必要としたわけではなかったのに、犬は自分の価値観で判断し、自分より順位の高い存在として猫を認識していたに違いない。酷なことをしたと思う。(まえがきp.4-p.6)
 
なんとも、表現が個性的で尖っています。本文は、これほどではないのですが、それでも所々、この著者らしい文章があります。
もう一個所引用します。「あとがき」から。
 
  「動物園の動物は哀れで見るのが辛い」という人もいる。だが、それは正確な認識ではない。確かに、狭い日本では広々とした運動場は望めないこともある。本来の住みかである野生の空間で生きる動物のほうが美しいのも確かである。だが「哀れだ」という人の多くが「柵を取っ払ってあげたら喜ぶだろう」という結論に至るのは、明らかに間違いだ。”自由の喜び ” は、人間が持つ価値観でしかない。”動物が自由に野山を駆けめぐる” のは、人間の希望を投影した幻想でしかない。野生で生きる動物たちは、常に死と背中合わせで必死に生きるのみである。野山を疾走する理由の多くは、敵から逃げるためだろう。安全の保証とエサの確保が確実なとき動物は、子ども以外は走ったり飛び跳ねたりしないものなのだ。人間も同じではないか。
  エサと安全が確保できないノラ犬やノラ猫は可哀相だと言いながら、エサと安全を確保した動物園の動物たちを可哀相だというのはなぜなのだ? 飼い犬を鎖でつなぎ、飼い猫を室内飼いにしながら、動物園の柵を取っ払いたいと思うのはなぜなのだ? (あとがきp.240-241)
 
人間というのは、まったく勝手な考えを持つものです。私は、動物園にはほとんど行ったことがありませんが、ひまになったら一度行ってみるのもいいかと、この本を読んで思いました。
 

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青木晴夫の、アメリカインディアンの言語、ネズ・パース語のフィールドワークの記録です。読みやすいエッセイですが、内容は質が高く、とてもよいものです。言語学を勉強する人にとって、読むべき本の一つです。(岩波同時代ライブラリー 1998年:原本は1972年 三省堂)

その内容の紹介は、ここではしませんが、以前読んだ時はなぜかあまり心に残らなかったところを。

 (前略)一日教えたあと、家に帰っても緊張か興奮かで眠れない。
 それで、現地調査の思い出を書いた。十週間で書いたこの本は、人
 に読んでもらうための本というよりは、眠れない夜の産物である。
  そんな産物が本になるのか、初めてなので分からない。そこで
 日本に行った時、以前お目にかかったことのある金田一春彦先生
 のお宅に、原稿用紙の風呂敷包みを持って、おそるおそる伺い
 「これ何か価値があるでしょうか、なければ捨ててください」と
 お預けして帰った。このあとも、どうしていいか迷った。翌日に
 でも参上して「いかがでしたでしょうか」とお尋ねしたいところ
 だったが、なにしろお忙しい偉い先生であるから、一週間我慢を
 したあと、伺った。先生は「面白かったので、一晩で読みました。
 三省堂から出るようにし、文庫では粗末だから三省堂ブックスで
 出すように言っておきました」とおっしゃった。帰りの電車の中
 で、夢でないことを確認するため、まわりの人に気付かれないよ
 う、わが身をつねる必要があった。
                      (同書 p.263-4)

 金田一春彦は、日本語の音韻・アクセント(史)の一流の研究者で、いわゆる啓蒙書もいろいろ書いています。こういうところでも、いいことをしていたんだなあ、と思いました。 

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本の話:旅だちの記

イスラムの研究者、フィールド・ワークによって優れた研究を残した片倉もとこの最後の本です。(中央公論新社 2013年)

最後の文章にやられました。


  おげんきで、おすごしのこととおもいます。

  今後しばらくは、わたしへの郵便その他は、おおくりくださいません
  よう。

  実はわたし、人生最後のフィールド・ワークに出かけることにいたし
  ました。パソコン環境もよくないところで、ましてや、郵便もとどき
  ません。帰国いたしましたら、ご報告もうしあげます。

  どうぞ、おからだ、おこころ、おげんきで。

  2013年2月
                           片倉もとこ

著者紹介に、
   1937年奈良県生まれ。2013年2月23日逝去。
とあります。

本の前半は、雑誌などに書かれた短い文章を集めたもの。後半は、入院してからの闘病記です。
前半の文章の最後のところから。

  なにもかも大自然におまかせで眠ってしまう。あの幸せ感を生の
  最後にもてたら、と思うのは贅沢なことだろうか。わたしの小さな 
  生を、やっと全うできるときには、「みとられる」などという事態  
  にならんよう、そっとひとりで、できれば沙漠の砂にうもれて、で
  きれば秋の枯葉にうもれて、自然の静寂のなかに、ひっそり消えて
  いきたい、と切に願っている。できるだけ誰にも知られずに。
   すまないことだが、子どもたちは知ってしまうだろう。「母は、 
  また沙漠にフィールド・ワークに出かけました。今回は、すこし長
  引くと申しておりました」とでも、みなには告げておいてほしい、
  と思っている。

これは2007年の文章です。初めの「あいさつ」は前から考えていたものなのでしょう。

どちらも、いい文章です。

この記事に

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