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熱血なファンの皆様のおかげでなんとかここまでブログを続けてまいりました。
いつか捕まるんじゃないかと思いつつ、確定的でないもの、自信がない部分は基本妄想という形で書いてまいりました。 その全てが私の妄想では無いと確信は持っています。
それでも間違っている部分は多々あるのだと本日認識に至りましたので。
今後は謝罪に追われる日々が続いてしまいそうな当ブログですが。
真実の一端でも担えればと思い開設していますので、今後もよろしくお願いします。
さて真実について述べたいと思います。
私も裁判で認定される物が真実なんだと漠然と思いこの活動を続けてきました。
誰のどの嘘も裁判官の前では無意味だという認識の下です。
それは裁判という物が真実を深く追求する場だとご認識してこの活動を始めたからでしょうか?
もし今回のような裁判を知っていて、嘘もまかりとおした方の勝ち。
裁判官の心象をいかに良くして自分に都合のいい判決を出して頂くか!
というのが大前提の裁判が日本で繰り広げられているとはいざ知らずの頃の私の誤認識ですね。
知りませんでした。
裁判官が物理に反していようがいまいが、判決で被告人の罪を疑う余地がないと判断する事。
裁判官が証言にいかに矛盾が生じていようが、彼の社会的立場上嘘をつくはずがないと心象を持って裁判に臨む事。
やってみなければ知る由もないのでしょうか?
いえヒントはそこら中に落ちていたんです
いざこの事件に関わってネットで検索すればザクザク出てくる冤罪という文字。
そしてそれらはネットという媒介を通じて大きく報道された刑事事件の物から、個人の民事に関わる情報
なんかも含めればおびただしい数がHITします。
例に漏れず私達の知っている事故も仲間入りを果たしました。
昨今、全国的な位置付けからすればTOP10、、、いやTOP5には入っているのではないかと
私は思っています。
この事件はこの国の司法が自ら抱え込んだ一つの事案ではないかと思っています。
事をでかくし、世にしってもらおうと手を差し出して救いを求めたのは司法ではないかと。
そういう思いが頭をよぎる瞬間も今でもあります。
今日また一つこの事故の謎を解くヒントを頂きました。
解決するには私は避けて通れないと思っていた地雷を自分の足で踏んできました。
いつの日か分かり合えるその日への第一歩になればと思い、勇気を持ってその場に行っみた私の気持ちはその人の目にどう映るのか?
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