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本日付けの新聞にて民事裁判の結審についていろいろな報道機関が 報道をしてくれています。 高知新聞だけでもUPしたいのですが、、、いかんせん今日は別件で飲み会の為・・・ 申し訳ありません。 ひとまず高知新聞の記事は中立的に書かれた すばらしい内容だったと思っています。 高知白バイ事故の件もさることながら 明らかにリンクされているであろう23面の記事等 近いうちに(酔っていなければ本日)アップしたいと思います。 不謹慎ですが、ひとつでもこの事故の問題が解決がされるというのは 片岡さんの思いや遺族の皆様の思いとは違って 少しですが心が晴れた気がします。 当事者ではないからでしょうけど。
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事故見聞録
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つい最近まで知らなかったのですが、この方とは私は会っています。 始めてお会いしたのは第一回の走行実験の時と記憶にあります。 個人的に興味があるから来ていますという感じだったと思います。 どういう経緯で来て下さったのかは知りませんでしたが、名刺を拝見した印象は心強いの一言でした。 ここのブログは結構前から存在していましたので私もお気に入りに登録していました。 最近では、支援する会のHPにも掲載をさせて頂いています。 了解を得てないような気が・・・ まあそれはさておき。 ここでおもしろい事が始まっています。 少し前にそういう記事があったので最近は欠かさずチェックしています。 さあどんな感じで来るのかな〜と思っていましたが、どうも横滑り論ではないようですね。 大筋で違ってはいないのですが、そっちはもう終わったみたいです。 あっさりすぎて少しがっかりです。 まあ、これに対して反論はもう来ないと思います。 結論出ていますので、ね。 皆さんもお時間があればカービュー掲示板をもう一度最初から読んでみてください。 結構時間がかかりますが、おもしろいですよ。 折角見るのだから、誰が何を書いているかをよ〜く見て下さいね。 最近のまとめた結果だけを見れば、おお!と頷きそうですが・・・過程がねえ。 まあ批判するとめんどくさいので、私がここを離れた理由からいきたいと思います。 ずばり、私の見たことが無い写真があったからです。(それを見るまでは興味深々でしたし、協力したいと思っていました) 今でもネットで見かけますが出どこが不明です。 それも結構前からチラホラ見ていました。 なんでそんなの持っているの? ずっと疑問に思っていました。 私はそこそこ結論に至って今まで来ましたが、インターネットという情報が氾濫した場所では気づかない人の方が多かったはずです。 関係ない人がわざわざ裁判所に閲覧に行ったのか? まあそれしか考えられないんですが、道がもう一つ 提供者です 幅広い人を指してしまいますが、読者の想像におまかせします。 結果はリンク先の方のブログでご確認下さい。 ここまでのニュアンスで私はこの人も気づいていたなと確信しています。 どうかな? 私の推理はどこまで合っているのか? 今後の展開が一番楽しみなブログの一つです。 人のブログを自分のブログの種にして大変申し訳なく思っております。 |

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この一つ前の記事があまりにもひどい内容なので 私が、いい難いけど感じてきた事を書きます。 自分の車と衝突した方が不幸にも亡くなられて、自分にその責任が一切無いという事は無いと思います。 しかし、ひとたび外という場所に出れば誰しも絶対に遭わないとは言い切れません。例えそれが免許を持たない歩行者や、自転車、でも相手が飛び出し、それを避ける行動の過程で亡くなる場合も実際にあるのですから、生きている以上誰もが遭遇しかねない事態です。 その不幸にして起きた事故で被害者はやはり亡くなられた方となってしまいますし、加害者は生きているもう一方となってしまいます。 どの場合でも遺族から見てこの構図は変わらないと思います。 今回の場合も遺族は間違いなく交通事故の被害者です。 交通事故被害者からすれば いくら時が経ち、加害者が刑に服し、十分な保険金を貰い、その後の人生が順風満帆となろうとも、事故で受けた傷と悲しみは癒える事はないでしょう。 加害者を心の底から許し、話しが出来るようになるのはまずもって無いと思います。 交通事故加害者からすれば 本人や遺族に対しての悔やみは当然ですが、時が経ってもその瞬間の残像に悩まされ。被害者遺族からの言葉等は到底忘れる日はこないし、罪をどう償うのか?自分の一生をかけて償うしかないという言葉に代表されるように、まさにその通り一生その事は人生につきまとうはずです。 例え、刑事裁判で被害者の無謀な運転が認められ過失割合が著しく自分が低くなったとしても、その事故で亡くなったという事実は変わりませんので、忘れる日はこないでしょう。 もし刑事裁判で有罪を受けその刑に服し、また社会に戻っても忘れる日はこないでしょう。きつく言えば一生涯忘れる事もないと思います。 前に進む日等がいつ訪れるのか、そう簡単に訪れるわけもないでしょう。 もし仮に遺族と十分に分かり合い、話しが出来る日が来たとしても、遺族がもういいですよ許していますよと言ってくれても、その記憶は一生つきまとうと思います。 この事故は未だに事故形態で争っています。 いつまで続くのかは分かりませんが、恐らく私が考えている以上に 被告も被害者も傷ついていく事でしょう。 町や、警察には当事者の時間や相手への思いははっきり言って無関係です。 無限に使える時間は一般人には無いですが、公にはあるのでいつまで経っても蒸し返します。 意味のない守る物にいつまでも当事者が振り回される。 そんな風景がいつも頭に浮かびます。 私が考えてきた事故原因が真実だったなら 私が隊員ならいつかは相手を許してあげなさいと伝えたいです。 この事故にいつまでも悩まされる人を見てそう思うはずです。 私が被告ならいつまでも隊員に対する供養の念は忘れません。
事故形態でどの様な無罪を勝ち取ったとしても、隊員や遺族の事を忘れる事はありませんし、自分に出来る事があり遺族に許されるのであればどんな罪滅ぼしでもしていく、そんな気持ちになるはずです。 |
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さて民事が大変な事になってるみたいなので、民事裁判に超素人な私が総評してみます。 まず、問題なのが町と晴さんが訴えられたという事です。 町を訴えたという事は、町の事件ですから、当然町民には知る権利もあるし その裁判過程で町の対応がおかしいと考えたら、直接でもいいと思いますが、まあ代表となっている議会議員さん等を通しておかしくないか? と聞いてもらったり質疑応答してもらうのが、当たり前だと思うのですが、 違っていますかね? 私はそう思っています。 なのでまあ知っている事を隠す必要なんてないでしょう。 ぶちまけたらいいと思います。 被告仁淀川町と片岡晴彦さんを訴えたのは亡くなられた白バイ隊員のご遺族様です。 損害賠償金を求めてですが、ようは保険会社の提示した額が気に入らないからなのだと思っていました。 その元の金額は億に届いていません。 私もそれを聞いた時は少なくない?もっといくんじゃないの? と普通に思いました。年齢や年収、家族構成や将来性なども考慮されるはずなのですが・・・ 保険会社の算出方法は知りませんのでわかりませんが、自分の旦那に先立たれて、あの金額では訴えて当然かな〜 と当時は思ったものです。 勿論これは自動車保険から支払われる金額です(あってるかな?)。 ようはこのお金がいくらになろうと町も痛まないし、晴さんも痛まないと私は思っています。保険の階級が下がるだけでしょ? なので当初から、町は事実関係は争わないという姿勢だったと思いますし。 晴彦さんも出来るのであれば可能な限りの金額をとお願いしていたはずです。 事実の認定無しにこの金額が決まるのか? というのも私にはあまり分かりません(これでも柳原さんの本を何冊も読んだのですが・・・お恥ずかしい限りです) 事実無しでもこのお金は支払える、民事裁判の事実認定が刑事裁判の事実認定にもなんら影響しない!なおかつ他の民事ではまた事故形態が争える!というのであれば、何をためらうのでしょう・・・払えばいいじゃないですか!と私は思います。実際、遺族の方にお金が必要なのは誰でもわかるでしょう。 欲しいなら、それで許して貰えるのなら、あげたらいいと思います。 しかし今後仁淀川町の公用車にぶつかって自殺する人が出ると思いますよ。 事実なくしても金を払うなんていう自治体があっていいんですかね? 嘘でもいいから金払いますなんて。 ぶつかり放題じゃないですか? 俺の車ぶつけてみようかな? そう思った方も少なくないはず。治してくれますよ。事実は無視ですからね。 亡くなったらこんなにもらえますよ。事故の過失割合なく、もらえます。 おいしいです悪く書くつもりはないのですが、私から見れば実際にはそういう事です。 けど思い出して下さい、愛媛白バイ事故 刑事で勝っている事故なのにその後どうなっていますか? やれ白バイの修理代、やれ隊員の治療費等、刑事での事実認定がありながらもこんなもんですよ!少年相手でこれですよ! 相手が無知で理解していない町となればなんとでもなるよ よく民事がドロ沼とかって聞きます そうなるといつまでたっても被告も被害者も家族も親族も前に等進めませんよ 後退できないところまで進めないほうがいいんではないでしょうか? この事故と向き合い戦ってきた人は未だに一人という気がします。
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先日、高知市内の友人と飲んでいた時の事 友人もこの事故の事を知っていたらしく、私にいろいろ質問してきた。 そして最後にさらりと一言 「まあ今回の事故で裁判所や警察が変わる事はないろうねえ、この事故が広まって変わった事があるとしたら、高知県の白バイが回転灯無しで高速運転しゆうがは高知では見れんなった事くらいやろう、それもほとぼりが冷めるまでやろうけどにゃあ」 その通りかなあと相槌を打ってしまった。 最近、赤灯無しでの高速運転の白バイを見ていないとその友人も言う。 私は市内在住ではないのでもともと見る機会もなかったが、市内で今回の事故を知っている人は皆こう言うのかもしれない。 ほとぼりはいつになれば冷めるのだろうか? このまま最高裁で棄却され、いつの間にか取り上げるメディアも無くなり。 晴さんが出所し、10年が経ち20年以上が経ち・・・ その頃には今のままならさすがに冷めているでしょう。 当時の中学生ですら親になり子供を育み、早い子ならその子供が中学生にといった頃でしょうか? 晴さんは御存命でしょうか(笑)?? この事故はさすがにいつくかの文献に残り、過去にあった不鮮明な判決と誰かが書いていてもそれを本当に知る術も無く。裁判で認められたのだからと誰も気にもしない。 そんな日もいつかは来るでしょう。 私は不慮の事態が無い限りなんとか生きていると思いますが、そんな私でも過去の出来事と思っている事でしょう。 もちろんはっきりと覚えておきたいですが、そうもできないと思います。(なのでなるべく文で残しています、このブログはその抜粋) 過ぎた事件と誰も気にしてはいない頃 どうしても知りたくなり必死で調べようとする方がこの世に二人はいると私は考えています。
その方が私を訪れて来るかどうかは分かりませんし、私の思い上がりかもしれません、しかしもし、私に話す機会を頂けたら包み隠さず覚えている範囲で伝えたいと思っています。それは私の考える真実ですし。間違った所もあると思います。 しかし その方も今の判決文を見ただけでは到底納得はできないはずです。 真実を知りたくなる方がいつか仁淀を訪れるように願っています。 |



