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同僚の営業職が、転職をすると言う。なので、次の会社、仕事を聞いてみるとまだ決まっていないということらしい。えっ、という感じ。どういった背景なのか、よく分からないが突然のことだった。聞いたのが木曜で金曜は、もう最後らしい。かといってそういったことの発表は、社内ではなし。
何も手伝いができるとは、思えないけども、夏頃から盛んにメールを送ってきていた外資系のエージェントに何か手持ちの案件がないか、確認。私ではなく、同僚なのだがというと経歴その他を見てみないことには話にならないとか。まあ、そりゃ当然。
さらに、前の米国系会社を退職している方にも、何か案件がないかと聞いてみた。そしてその人を彼に紹介。
時期が、もう年末に向かって行く時だけに、そう簡単に次の職が、さらに40代後半のリーマンにはないと思うので、できる限りのことはしてあげる予定。部下でもないけども、何度も一緒にお昼を食べたりした友なので。人生、いろんなことがあるけども、今の日本で会社を移る、転職するのはやはり米国に比べるとはるかに大変。それだけに頑張って欲しいと思う。
3年以上前に、私が辞めた時は、会社都合だったのでSeverance Pckgがあり、1年収入がなくとも問題ないというものだった。でも楽をしたワケもなく、自分を売っていくことの難しさを感じた。あの時に比べるとこの同僚は、私の時よりもちょっと若いといえるが、もう40代の後半、かなり売り込みは大変なのではないか?と思う。ましてや、営業職だけという経験だと。私に出来ることは、あまりないけども、応援だけはやっていこうと今日、紹介のE メールを知り合いに出しておいた。
景気がよくなる方向なら、うまく転職できるだろうが、さて、どうなるか、彼の踏ん張りを期待したい。
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再就職
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ドイツで3週間が、終わった。生活には、慣れて来たものの、今週は上司を含めて打ち合わせがあり、仕事内容の確認となった。やはり、予想はしていたが、結構キツイ感じの仕事内容である。わざわざ、米国に居た人間を呼ぶのだし、何かあるだろうとは、思っていたが。
あまり、書いて愚痴を言ってもしょうがない。依然として、不況は世界で続いており、仕事があるだけでもありがたいという状況であるのは間違いない。日本でも、1年以上に及ぶ失業者の方は、100万人を超えていると発表があったが、それとよく似た状況が米国そしてここドイツでもあるようだ。
これまで、日本人がこちらのドイツ法人で1ヶ月以上滞在してということもなく、その記録も今年の2−3月の私の滞在で打ち破った。さらに、今回はそれよりも長い滞在そしてプロジェクトの統括なのでキツイことになるのは当然であろう。ドイツ語が、話せないやつが統括して会議をして議事をすすめるというのは、タフである。まあ、しょうがない、やりはじめたのでやらざるを得ないだろう。あまり活発に話もしないで、意見を求められたときだけ、ちょっと話す、そして時々は居眠りしているというのが典型的な日本人サラリーマンなのだが、ここではまったく違ったキャラクターが求められているのである。
今回、良かったのは、この2時間以上に渡る打ち合わせをして、上司達が求めているものがはっきりしてきたことだろう。世界にいる人材を利用しようとしても、なかなか簡単にはいかない。実際、これまでの会社の文化、さらに組織の硬直性などいろいろなしがらみがあるので。そんな中、私にあるプロジェクトを統括させようとするのだから、これは面白い。やりがいはあるし、任せてもらえるというのはかなりいい。
週末観光をしてお気楽なサラリーマンのようだが、仕事が結構なストレスなので、もっと週末はリラックスしよう、と自分勝手なリラックスプランを考えてしまう 私である。もっと ビールをそして ワインを私に。そしえおいし料理も。 でも、
Ich tue mein Bestes.
(髪が、伸びてきたのでしょうがなく散髪屋へ。英語と手まねで説明、電動バリカンで刈り始めたときにはとき既におそし。かなり、刈られてもうめちゃくちゃ少ない髪となりました。週末にかけて温度が上がってきて残暑となってくれたので良かった。このまま秋だと風邪 ひくところだった。いや、やはり大変、違う世界での生活は)
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タイトルは、日本、アメリカ そしてドイツとしたのだが、これは、ワールドサッカーではない。これからの私の生活の大転回をここに日記風にまとめておく。人生というのは、これ程、大転換していくものなのかと実際びっくりしているが、もう乗りかかった船なのでやっていくしかないだろう。
技術関連の大学を卒業し、日本の会社に5−6年勤めた後、世界に出ていかないとこれからはこの業界では厳しいだろうなと考え、米国法人の日本本社に転職した。それから、12年で米国に行かないかという話を上司から貰い米国へ。この米国での勤務の際にグローバルマーケティングに関わる仕事をした。(これが今の自分を助けているのだが)あっという間の米国生活10年。ところが、あの金融危機さらには大きな合併により我々が居たグループにも危機が訪れ、上司そしてシニアの同僚と共に昨年、放り出されてしまったのである。まさか、22年近くいた会社から放り出されるとは考えもしなかったが。51歳となっていたため、日米での再就職は当然苦戦したが、世界を飛び回ってやっと現在の職を手にした。最初にあった(実際応募した)のは、日本の職。だから、東京・日本から面接がスタート。その後、全世界での採用凍結により進捗が完全にストップ。数ヵ月後、今度は突然、米国本社よりの面接連絡。そして、採用凍結状態にも関わらず、ドイツ本社でも面接。これらが延々と数ヶ月に渡り展開。採用が決定されたという連絡を貰ったのでうれしかったが、なんとそれからさらに2ヶ月がかかった。なぜならその間に、私の経験・スキルを考えてどう使うかという国際電話会議がなされた後、最初の東京ではなく、なんと米国での就職となったのであった。
普通、外資系の場合は、雇用条件などを書いた書類にサインしてからの就職となるので、この就職にあたり私がいただいた書類は2種類。つまり、米国での職、そして日本・アジアでの職である。今年の夏には日本に移動ということで、何年ぶりかで冷奴、枝豆などと生ビールで夏を送れると思っていたのだが。なんと、この日本行きを”若干”変えたいとグローバル本社にいる大親分よりの提案。なんと、ドイツ短期赴任である。このヤッフーのブログは、5月中旬、つまり私がドイツ1.5ヶ月の滞在から戻ってきてちょっとしてからグーグルから動かしたので大半の方は私がドイツにいたことは知らないかも。長々と書いたが、日本行きがなんとドイツに変わり、夏以降はドイツでの滞在となる。これからどうなるのか?ドイツ語も出来ない(確か大学で第二外国語だったなあ、もっと勉強しとけばよかった)ので短期とはいえ、数ヶ月の滞在に耐えられるかどうか。とんだ、RestartAsiaLifeの寄り道となりそうだ。嫁さん、曰く、どこに行こうとちゃんとこちら米国の銀行口座にお金入れといてくれればなんとかやっていけると思うけど、”あなたはお気楽でいいわねー、世界観光旅行が出来て”だって。日本で発表された1億円以上の会社役員は、200−300人。”あの人たちみたいに、もっと稼いでよ”と言われてまあ、努力してみますとしか言えない普通のサラリーマンである。(私の年収は、こんな方よりも1−2桁少ないですので誤解のなきように)
また、こんなパンが食べれるのかな?日本のチーズパンに近いのとか、ちょっと硬いけど穀物が一杯で噛むと味があるドイツのパン。この夏の、人生の大転換は、もう始まった。労働ビザ、そしてアパートの場所もドイツのエッセンに決定(デュッセルドルフだと、やはりちょっと高いとか、遠くなるのと渋滞のため通勤に余分に時間がかかるので結局ここになった)となった。そして、今週なんと日本、アメリカに続く、短期ではあるが第3の雇用契約書を貰ってサインをした(サインをする前にもうアパートが決まったのもすごい)。
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雑誌プレジデントの最新号の特集記事は、”お金に困らない生き方”。これは、面白そう。職を失ってから最初に考えたのはやはり何ヶ月持つかな。どうやってやりくりして行こうかなということ。再び働き始めても、同じこと。給与は貰っているので大変有難い。考えていることは、やはり、同様でどうやってやりくりして行こうかなとまた考えている自分がいる。今年は、長男が大学を卒業したのでもう大きな出費は、ないのだが、その一方で長男にはやはり、ファイナンスをもっと勉強させなければとも思う。5万ドル=500万円、10万ドル=1000万円といった借金或いはローンを抱えて生活をしていくとどういった大変さがあるのかまだまだ判っていないからである。すでに貯蓄がゼロという家は、20%を超えているといった話も聞く。こんな経済状況の中では、それも当然だろう。
ゆっくり出来る週末、洗濯そして掃除をしながら、本を読む。さて、これから数年どうやっていくらお金がいるのか、どうやってやりくりすべきか?悩ましいところだ。日本でこちらでも同じだが、あと2年程で今度は次男の大学が待っている。また、ファイナンスに頭を悩ます4−6年が始まりそうだ。あいつが、どこに行くのか?州内か、それとも最も高くつく州外そして私立か?ひょろひょろと大きくなりいまや私と同じかもう抜いた背の高さとなった次男の学費捻出をちょっと考える週末である。人生、様々、色々な行事がありそしてお金が絡んでいる。昨日の嫁さんの連絡では、今回の長男の大学卒業に絡んだ行事での出費合計は、1500ドルくらいだと言う。まあ、2箇所から飛行機で駆けつけ、さらに大都市のダウンタウンでの滞在だったのでそんなもんだろう。稼いでも、稼いでもわが暮らし楽にならざりけりとはよく言ったものである。我々の年代では出費は、当然多いから、まだまだ綱渡りは続くのである。幸いなことに大きな病気で手術とか入院となっていないのが唯一の救い。ここ米国では、医療費の高さには驚く限りなので。
300万円の豊かな暮らし、800万円でも赤字の家計、さてどちらが幸せなのかな。男性、女性でこれは見方や意見も違うかも。
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さて、景気がよくなったのか、或いはまだ悪いままなのか よく判らないです。昨年、職を探して様々な人材会社に登録していたのだけれども再就職となりもうデータベースは消したはずなのだけれども、まだこのような問い合わせはあります。
まずは、1ヶ月程前でしたか、これは日本の人材会社から問い合わせでした。東京のマーケットマネージャー職に興味がないかという事でした。ある分野の専門知識そして英語(ある外資でしたから)が必須条件。まあ、私が働いている分野は、そんなに多くの人がいませんので景気がある程度よくなってくればこういったこともあるのかなと思いました。でも、50代になっている私でもいいのかというと、いいんだそうです。これも65歳まで退職を延長しつつある日本だからでしょうか?この会社は、よく知っている会社でしたが、丁重に断りました。
そして、今度は、今日某US人材会社から、ある事業部の技術サービスマネージャーをやらないかという問い合わせでした。これも、ある分野の専門知識そして当然こちらUSでの仕事ですので英語でのやり取りですが。景気が良くなってきたからなのか、さてどうなんでしょうか?弊社に誰か、居ないかとも聞かれましたが、だめだめうちの会社も今は、20−30人応募中ですもの。そりゃ、無理でしょう。昨年は、全世界で採用凍結でしたから、退職その他の方のポストも埋められていない場合もあるようで、今の会社(USの組織)は、募集が続いています。幸いにして、今の会社は、2008−2009年にも赤字とはなっていないのですが、かなり慎重に採用、そして事業展開をしているので採用のプロセスなどはかなり長くなります。まあ、私がその最たる例なんでしょうが。
このまま、景気がよくなってくれれば、いいんでしょうが、その一方で米国の家などの販売は激減していますのでやはり家などを考える前に仕事という状況に変わりはないようです。なんせ、まだ、失業率は9%半ばですので。今週も朝の7時からの国際電話会議をなんとかこなして、無事に1週間が終わりです。先週、金曜が給料日でしたから、今週はなし。そして、来週の金曜にはまた給与です。25年近く働いてきましたが、2週給与制というのは、全く初めてです。最初は、かなり戸惑いましたが今はなれてきました。(欧州の本社は、もちろん月給制のようですのでここ米国だけの特殊な制度のようです)ちゃんと定期的に振り込まれるというのは、やはり有難いですね。まあ、その分、しっかりやはり働かないと。(十分、やっている積りではありますが)
さて、明日 土曜は、5−6年米国で働いていた人が欧州に帰国するのでその送別会です。自宅に呼ばれていますが、やはりBBQやるようですね。暑いのでBBQ焼いているとビールがおいしいんでしょうね。たぶん。
(追記)日本の元同僚から、再就職したとの連絡あり。ちゃんと正社員の職を得たとの事。よかった、よかった。全世界で多くの同僚が元の職場から追放状態となっていたのでこういったEmailは、うれしい。ここ米国の元同僚も早く決まるといいのだが。
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