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これからの時代に求められる「生きる力」とは?…おおたとしまさ

10/7(土) 12:30配信
読売新聞(ヨミウリオンライン)
【中学受験必“笑”法】中学受験に「必勝法」はないが「必笑法」ならある。結果を勝ち負けと捉えるのではなく、自分たちが「やって良かった」と思える中学受験にすることが大事。人と比べない中学受験、頑張りすぎない中学受験、子供を潰さない中学受験のすすめ。
◆「学歴」というパッケージ商品の限界
 文部科学省は1996年から、「生きる力」を育むことを教育の理念として掲げている。


 これからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と称することとし、これらをバランスよくはぐくんでいくことが重要であると考えた。[生きる力]は、全人的な力であり、幅広く様々な観点から敷衍(ふえん)することができる。(1996年文部省中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」)


 そもそもは、これがいわゆる「ゆとり教育」の基本理念だった。「ゆとり教育」はその後迷走し、2008年に「脱ゆとり路線」が打ち出されたが、実は文部科学省は「ゆとり教育」路線を諦めてはいない。大学入試を改革し、アクティブ・ラーニングを推奨するという流れは、手法を変えた「ゆとり教育改革」への再チャレンジなのである。

 文部科学省は「生きる力」を「確かな学力」「健康・体力」「豊かな人間性」から構成されるものと定義した。これらをバランス良く育てることが、「変化の激しいこれからの社会を生きるため」に必要なことだと訴えた。

 現実社会に生きる大人であれば、このことに大筋で異論はないはずだ。学力だけでは生きていけない。どんな仕事に就くにしても体力は必要だし、社会の中で生きていくにはコミュニケーション能力は欠かせない。

 90年前後のバブル景気のころまでは、「学歴」という「パッケージ」が「日本社会を生きる通行手形」となっていた。「確かな学力」を鍛え、より良い「パッケージ」さえ手にすれば、「いい会社」に就職できて、一生安泰だった。

 しかし私たちは、1997年の北海道拓殖銀行や山一証券の破綻という、信じられない事件を目の当たりにすることになる。そしてついには、東芝の経営不振。つい10年前には考えられなかった状況が現実のものとなる恐ろしさを知った。絶対安泰と思われた大企業でも破綻する。エリートでも突然、職を失う。そんなことが現実に起こる世の中になったと、認めざるを得なくなった。

 企業の内部も変化している。成果実力主義の導入が進み、年功序列や終身雇用制が揺らいだ。それにともない「学歴」の効力も相対的に薄れてきている。

 学校や塾で身につける「確かな学力」だけでは不十分。もっと幅広い学びが必要だという意識が広まった。
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