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岸信介も温泉で“ただの人”に、安倍首相は“赤ちゃんの頃から” 宰相たちが愛した「名湯」「隠れ宿」

1/12(金) 8:00配信

デイリー新潮
宰相たちが愛した「名湯」「隠れ宿」――山崎まゆみ(1)

 厳寒の冬こそ温泉! でも、どこへ行こう。そう決めかねている貴方は、あの宰相たちが愛した「名湯」「隠れ宿」をご存じだろうか。世界31カ国、1000カ所以上の温泉を訪れた温泉エッセイスト・山崎まゆみさんの案内で、いつもと違う旅へ出かけてみては――。

 ***

 すっきりとした美しい筆致の「仁寿(にんじゅ)の湯」は岸信介、一筆書きのような勢いと力強さがある「弥生の湯」は安倍晋太郎。それぞれの揮毫の扁額が浴場入口に掲げられている。山口県湯田温泉山水園は、岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三が、三代に渡って訪れた温泉旅館だ。

 4000平方メートルの敷地に、客室はわずか14室だけ。国の登録記念物である日本庭園には剪定された松、皐月(さつき)、躑躅(つつじ)、紅葉(もみじ)が見事に整い、丸々と太った錦鯉が泳ぐ池には滝が落ちる。

 岸信介は、この庭を望むに最もよい特別室「桐の間」を好み、いつも座敷から静かに庭を眺めていた。部屋は100平方メートルもの広さがあり、今も大正初期に作られたそのままの状態で泊まることができる。

「昭和の妖怪」と呼ばれた岸も、ひとたび裸で温泉に浸かれば“ただの人”に還ったという。それは、1年の疲れを癒しに、温泉宿へと向かう我々と何ら変わらない。ここに紹介するのは、日本の宰相たちが愛した各地の名湯、隠れ宿。その当時の面影を今に伝え、宰相たちの素顔に触れることができる場所ばかりだ。権謀術数が渦巻く永田町から逃れ、密かに足を運んだ彼らの秘話をご紹介しよう。

「岸さんは『前に来た時と滝の水の流れが変わっているね』と、ちょっとした庭の変化にもお気づきでした。ご自宅がある田布施ではなく、ここにお泊まりになることもありましたから」

 と語るのは山水園の中野愛子社長(77)である。

「父が岸さんの支援者で、兄弟のような関係でしたから。うちの祝い事の時には、岸さん、よう来ていました。昭和36年の父の還暦の祝いにもいらしてくれて。3泊する時もありましたね。食事は通常の料理に、芋の煮っころがしや、ここらの郷土料理で小豆と白玉を炊くいとこ煮など素朴な一品を加えてお出ししました。朝食には鰊(ニシン)を出すことも多かったです。岸さんは田舎風の料理が好きやったわ〜」

 現役総理の時は目をぎらつかせていた岸も、晩年になると穏やかで、怒っている姿を見たことがなかったと、中野さんは振り返る。

「文字は人を表すというけれど、岸さんはやわらかで優しい字です。岸さんが来るといつも、急にお付きの仲居が墨をすり始める。色紙にどんどん書いて頂きましたので、うちにはたくさんあるんです。般若心経の写経もたくさん残っていますよ。昭和55年に新しく温泉が出たもんで、岸さんや晋太郎さんに、源泉の名付け親になって頂きました」

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