麺好きオヤジの食べ歩き と 気ままに一人喋り

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1970年代フォークと青春時代

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我が青春時代の懐かしい話です。1970年代の話を語り合おう
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高校、大学時代に自主コンサートをやったりしていました。

21歳の時にバイトでお金を貯め、ギブソンJ−45を買いました。

定価23万だったのを18万円位で買った記憶があります。

ピックガードの部分をぶつけて、割れちゃいました。あれから40年。

傷の部分以外は、綺麗なもんです。

結婚してからは、ずっとマンション住まいなので、ギターを弾く事が出来ません。

ボディの割れさえなければ、ビンテージもののギブソンです。

もっと早く修理すれば良かったんですが、リペアしてくれるところも見つけました。



そんな中、気軽に音も気にせずにギターが楽しめるサイレントギター。

僕は、スチール弦のSLG200Seriesです。(左側、色の濃い方)

イメージ 1


本体に弦、ピック、カポタスト、スタンド、専用ソフトケース、ヘッドホン、ACアダプターなどが付いて、

永年貯えたヘソクリから出費。70000円でお釣りが来ました。2日ほどで宅配されました。

ギターを弾かなくなって約30年。

気持ちは、弾いてるつもりなんですが、上手く押さえれません。

少しは慣れて来ましたが、老後の楽しみとして、ま、のんびりやって行きます。

写真はヤマハのHPから頂きました。

また、実際の写真も掲載します。


先日、ふと思い立って、CDを見に行きました。
無性に、さだまさしの楽曲が聞きたくなったんです。

そんな中、見つけたのが、さだまさし「私花集」です。
1978年3月に発売されたこのアルバムは、前作の「風見鶏」同様、売れましたね〜〜!
僕自身、このブログを始めた頃に書いた記事を再編集しました。

いろいろな別れのパターンを垣間見ることで、
いつもの「切ない、悲しい」雰囲気へといざなわれるんですね。
こんな恋愛してみたいと思う反面こんな別れがしてみたいなんて気になるから不思議です。
遠い昔の、青春時代が甦って来るアルバムですね。

1970年代のファンの方、是非お聴き下さい。
You Tubeなどで動画を再生できますよ。

イメージ 1


<檸檬>
或の日 湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて
君は陽溜りの中へ盗んだ檸檬細い手でかざす
それを暫くみつめた後できれいねと云った後でかじる
指のすきまから蒼い空にカナリア色の風が舞う
喰べかけの檸檬 聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれ違う
川面に波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
捨て去る時には    こうして出来るだけ
遠くへ投げ上げるものよ

君はスクランブル交差点斜めに渡りながら不意に涙ぐんで
まるでこの町は、青春達の姥捨山みたいだと言う
ねぇほら、そこにもここにもかつて使い捨てられた愛が落ちてる
時の流れと言う名の鳩が舞い降りてそれをついばんでいる
食べ掛けの夢を聖橋から放る
各駅停車の檸檬色がそれを噛み砕く
二人の波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
消え去る時には こうして出来るだけ
静かに堕ちてゆくものよ

檸檬は酸っぱいのです。これを2人の恋愛関係になぞらえている気がします。
檸檬をかじるとピュッと「しぶき」が飛びますよね、
これをデフォルメして「指のすきまから蒼い空にカナリア色の風が舞う」と表現しているんでしょう。
この 「かじりかけの檸檬→途中で挫折した2人の恋愛」になぞらえて、彼女は決別の決意を
檸檬を遠くへ投げ上げることで表わしていると思うのです。

<フェリー埠頭>
私フェリーにしたの  だって飛行機も汽車も
涙乾かすには  短か過ぎるでしょう
でもさよならはまだ  言わずにいいでしょう
向うのステーション・ホテルから  電話をするから
最後の助手席で 海岸通りを走る
不思議ね想い出に すれば皆優しいのに
水に揺れるイルミネーション  綴れ織りの道を
あなたの横顔が くぐり抜けて行く

ふたり過ごした日々に ありがとうを添えるほど
大人になれないけど 悔やみはしないわ
ちぎれた紙テープが 思い出の数だけ
あなたに手を振るように 水の中で揺れる
私の心配はいらない 片想いの方が
あなたの分まで ふたり分愛せるから
私フェリーにしたの だって飛行機も汽車も
涙乾かすには 短か過ぎるでしょう


彼女には未練があるのかな。きっとそうでしょう。
今は冷たくなった彼の態度に不本意ながらも仕方ないと思う彼女がいます。
だから面と向かっては別れを言いたくない。
きっと涙を流すからそんな姿を見せたくないって言う最後の意地かな。
イルミネーションが涙で揺れて、その向こうに彼の冷たい横顔が・・。
彼はもう吹っ切れているみたい。楽しいドライブじゃあないね。

<加速度>
別れの電話は雨の日の午後  受話器の向うできみは確かに
雨にうたれ声もたてずに泣いていた
「最後のコインが今落ちたから今迄のすべてがあと3分ね」って
きみはとぎれがちに小さくつぶやいた
スローモーションで時が倒れてゆく 言葉さえ塞いで
ごらん愛の素顔は2つの世界の間で揺れるシーソーゲーム
喜びと……悲しみと……

最後の電話がコトリと切れて 静かに僕の手に残ったものは
発信音と穏やかな雨のさざめき
途絶える直前の君の優しさは 最後にピリオド打たなかったこと
まるで悲鳴の様に 云いかけた「それから」って
自分の重みに耐え切れず落ちてゆく ガラス窓のしずく
あたかも二人の加速度の様に 悲しみを集めて
ほらひとつ またひとつ
ほらひとつ またひとつ
ほらひとつ またひとつ

今なら携帯
で話すんだろうけれど、昔だねぇテレホンカードも使ってないよ。
しかも10円で3分も話せる時代のお話だもんね。それはともかく
このカップルも、色々あったんだね。その別れの時間まであと3分しかないんだよ。
何を話そうか、何を聞こうかなんて考えているうちに言葉の出ないまま時が過ぎる。
最初はゆっくりと流れていた二人の時間が今は刻一刻と残り時間という時間に変わって、
それが加速されて・・・悲しいね

余談になるが山口百恵が歌っていた「秋桜」もこのアルバムに入っているのですよ。
それとさだまさしは、これだけ素晴らしい詩を書くものだから国学院大学は文学部だと
ばかり思っていたら法学部だったなんて驚きがあったし、しかも中退したんだってって
聞いてまたまたびっくり。売れたんだろうね。グレープ。本人もライブ「三年坂」の
中で、「精霊流し」は本当に売れたんですなんて言ってたからね。

とにかく前作の風見鶏とこの私花集、2枚のアルバムはホントにハマったねぇ。
「さだワールド」にさぁ ・・・・・・。
今のさだまさしの曲全部ひっくるめても、かなり上位に来ると思う、さだの絶頂期だったね。

京楽のパチンコの台も出てますから
 
急に懐かしさがこみ上げてきている、のぼです。
 
そう、その漫画は、「あしたのジョー」。
 
イメージ 2
 
1968年〜1973年にテレビ放映されていました。
 
小学校5年頃でしたね。夢中になって、漫画を読んでましたね。
 
そのテレビ版「あしたのジョー」を1話から最終79話まで、
 
「あしたのジョー2」を、1話から47話まで、たっぷり見られます。
 
もちろん無料!
 
イメージ 1
 
アドレスはこちらです。    http://ashita-no-joe.seesaa.net/
 
余談ですが、
 
あしたのジョーの主題歌は、尾藤イサオさんが歌っているんですが、
 
歌詞をご存知でしょうか?
 
サンドバックに浮かんで消える憎いあんちくしょうの顔めがけ〜
 
叩け叩け〜叩け〜〜〜。おいらにゃ〜獣の血が騒ぐ〜〜〜。
 
だけどルルルル〜〜〜ルルルルルルルルゥ〜。
 
あしたはきっと何かある〜〜〜あしたはどっちだ!!!
 
 
このルルルル〜〜の部分は、実際は歌詞が付いていたそうなんです。
 
それを尾藤イサオさんが、歌う時に歌詞を忘れて、
 
ルルルル〜〜と歌ったそうです。
 
それが、とても雰囲気が良いという事で、そのまま採用になったとか。
 
わからないものですね〜〜〜。
 
もし興味のあるかたは、
 
是非見てくださいね〜〜〜〜!!
 
 
 
 

小学校卒業式

またまた、昔の写真でございます。

時は昭和45年3月19日(ってヘタな字でかいてありますね・・)

中区にある栄小学校の卒業式の写真です。


イメージ 1

小学校4年から、兄貴の影響でギターを始めていた僕。

卒業式の時に行われる謝恩会で初めて人前でギター演奏をやりました。

歌ったのが、何と岡林信康の「チューリップのアップリケ」(何でこの歌なのか・・・・)

そして、五つの赤い風船の「遠い世界に」 (こちらは、まぁ、らしい歌でしたかね・・)

僕のギター人生は、この2曲で始まりました。


これを完璧にコピーしたいと、毎日練習していましたね〜〜。

僕の隣に立っているのは、勿論母ちゃんです。

僕は、この歳になるまで、母ちゃんが父親と離婚していた事実を知らされていませんでした。

しかもそれが、僕がわずか8ヶ月の時だった事や、

他の女性と再婚して、二人の娘が居る事。(一度も会ったことはありませんが)

さらに、この時点で交通事故でもうこの世の人ではなかった事など・・・・・。

今思えば、母ちゃんの涙顔と、嬉しそうな僕の顔がそれを物語っていますね。

こういう写真を見るたびに、母ちゃんの事を大切にせねばと思うんです。

僕の6歳の頃の写真だと思います。

確か町内に、CM制作会社みたいなのがあって、

そこの社長さんから、『森永のホットケーキのCMに出てみませんか?』 

というお誘いがあったそうです。


母ちゃん、当時41歳。美容師として、バリバリの現役でした。

僕は小学校1年生になったばかりでしたね。そんなありがたいお話、断る理由はありません。

CMに出演させてもらいましたよ〜〜〜。


この会社に行った時、

大昔の「悪魔君」のメフィスト役の吉田義夫さんが居たのにはビックリしました。

イメージ 1


勿論この写真は、記念写真です。母ちゃんはCMに出てません。

イメージ 2


別に、もっと若いお母さん役の女性が居ました。(全然記憶にないですが・・・)

で、その女性と、テーブルに向かい合って腰掛けて、ホットケーキを食べるシーンを撮影。

確か、その女性が「美味しいわね」 僕が「うん!」ぐらいのセリフだったかな???

何度も撮り直したか、これまた記憶にありませんが、そんなに長くかからなかったと思います。

この衣装は勿論借り物です。 蝶ネクタイなんて時代ですね〜〜〜(爆)

母ちゃんも若かったですね〜〜〜〜!

このあと、何ヶ月かして、今度は焼肉屋さんのCMにも出ましたね。

この時は、

美味しい「はず」の肉が硬くて、

僕が美味しそうに食べないのでNGの連発・・・・・。(大爆)


随分とお腹が膨れるまで肉を食べた記憶がありますね。(爆)

これが、きっかけで芸能界に入る事は当然ありませんでしたが、

今でも良い思い出です。





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