内視鏡屋の日記 走・空・鉄

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2018年4月桶狭間

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2018年4月第1週 3

4月7日 その3

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織田軍本陣跡から30分ほど走って

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この道は旧東海道、この辺りは
池鯉鮒宿と鳴海宿の中間にある有松といわれる街である。

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有松絞は江戸時代から有名で、現在でも
海外からも研究者が訪れるとのことだ。

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かつては知多郡だったとは知らず
(現在は名古屋市緑区)

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このような建物を眺めながらランニングを続け

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名鉄有松駅から電車に乗って帰宅した。
この日の走行距離は約10km、右腰に違和感があったので
笠寺観音まで走るつもりであったがやめた。

2018年4月第1週 2

4月7日 その2

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国道1号線から脇に入ってすぐのところに
桶狭間古戦場跡がある。
正確には今川義元本陣(といわれている場所)である。

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桶狭間の戦いは1560年6月12日に尾張国桶狭間で行われた合戦。
 2万5千といわれる大軍を率いて尾張に侵攻した
駿河の戦国大名である今川義元に対し、尾張の大名・織田信長が
少数の軍勢で本陣を強襲し、今川義元を討ち取って今川軍を退却させた。
日本三大奇襲(日本三大夜戦)に数えられる、日本の歴史的に有名な戦いである。
戦後、東海道に君臨していた今川氏が没落する一方で、
勝利した織田氏は美濃・伊勢侵攻から畿内の制圧へと急激成長し、
戦国時代の重要な転機となった。

この戦いで信長の勝利がなければ、今川軍に属していた
徳川家康(当時松平元康)が独立大名となることはなく、
江戸幕府が開かれることもなかったであろう。

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義元の墓もここにある(地元の方の話では昭和初期に作られたとのこと)

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今川軍本陣から走って30分ぐらいのところに

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織田軍の本陣跡(といわれている場所)
ここは名古屋市内になる

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確かにこの辺りは山と川に挟まれた地形で
ここで豪雨があると、敵の接近に気付かなかったのも無理はない。

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スマホでQRコードを読み取ると、当時の様子を見ることができる。

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信長って鉄砲を持っているイメージが強くて
槍を持っている像は珍しい気がする。
義元は海道一の弓取りといわれたそのまま弓をもっている。
歴史にはifはつきものであるが、ここもその1つであろう。

2018年4月第1週 1

4月7日 その1

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この日は金山橋の駅からミュースカイ
には乗らず

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東岡崎行の各駅停車に乗って

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前後駅で下車

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名古屋市から出て最初の駅である
ここから軽くランニング

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デザインは桶狭間の合戦

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名古屋本線は当然ながら運行が多い

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真ん中が市章、市の花ひまわりと市の木ケヤキ

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国道1号線に突き当たった、しばらく沿って走る

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