|
11月10日 その13 揖斐線の起点である忠節駅は跡形もなく 記念碑も残っていない こんな駅舎が建っていた 駐車場は緩やかなカーブを描き この看板のところから 路面電車となる岐阜市内線へとつながっていた。 線路はこの辺りへ出て、岐阜駅まで3kmほどの 道のりである。もちろん痕跡は全く残っていない。 岐阜清流マラソンでも走るところである。 ここから岐阜駅まではバスは頻発しているので バスに乗ってJR岐阜駅で降りて帰宅した。 これで名鉄揖斐線の跡をめぐる企画は終了である。 営業キロは18.7kmであるが、 多少大回りをするところもあったので、実際に走った距離はこんなもので 歩いた部分も含めると、フルマラソン2週間前としてはいい感じである。 こんなバカなことをする人は他にいるのだろうか? |
2018年11月旧揖斐線探索
[ リスト | 詳細 ]
|
11月10日 その12 板屋川と伊自良川が合流するあたりに 橋梁があったはずだが痕跡は無し かなり大きな木が線路跡に生えてきている レンガ造りの橋台が残っていた この辺りに萱場駅があったはずだが不明 岐阜市中心部に近づくにつれて、線路跡が宅地に転換されてきた 踏切跡は当然なく 近ノ島駅跡は駐車場になって跡形もなく こうなってくると線路跡だという痕跡もわからなくなる 太陽電池板まで設置され ゴール地点の忠節駅跡は大型スーパーになっていた
|
|
11月10日 その11 国道157号を渡り この辺りに北方東口駅があったはずだが はっきりしない 岐阜市又丸にあった又丸駅 ここも橋台が残っている 岐阜市のマンホールは鵜飼の鵜である 尻毛駅 ここはゲートがないので遠慮なく入る。 2面2線の交換可能駅 この辺りに駅舎があったのだろう 線路上にバス停が立っていた。
|
|
11月10日 その10 しばらく行くと廃線跡は高架になり 樽見鉄道とクロス 揖斐線の開業が1926年、国鉄樽見線の開業が1956年なのに 高架で跨いでいるのが揖斐線なのはなぜだろうと思ったが 樽見鉄道をちゃんと踏切で渡り 町章とスイセン 樽見鉄道とクロスしてすぐに川を渡ることもあって 高架になっていたのだろうか、理由ははっきりしない。 ホームが見えてきた 踏切の台もしっかり残っている 本巣郡北方町にあった美濃北方駅 駐車場もある有人駅だった 無用となった地下通路 2面2線の行き違い可能な構造 地下通路は生きていて、反対側に出てみた。
|
|
11月10日 その9 この辺りに橋梁があったはずだが、痕跡は全くない。 本巣郡真正町(現本巣市)のマンホール 町の花スイセン 川を渡ると、公園の脇を走っていたよう ところどころ橋台が残っている 県道とクロスするところに駅があった 本巣市にあった政田駅 黒野・本揖斐方面と案内がはまっていたはずである 大回りして柵のないところから敷地内へ (本当はそれでも入ってはいけないのだろうが) ホーム2面2線で交換可能だったと思われる。 先に進むと 並行して走っている県道に、このような表記があった。 さらに進むとホームが 反対側にホームへの入り口があった。 本巣市にあった真桑駅 自転車置き場も残ったまま活用されている 廃線後の代行バスはしっかり残っている。 人口は割と多いところなので、鉄道を残せたような気もするのだが。 通勤通学に特化したダイヤである。
|






