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今日の一句 「 如何にもと いう店に来て ところてん 」 (いかにもと いうみせにきて ところてん) 夕涼みしながら、ところてんを食べている、何処にでも見れた光景でした。 豆腐やさんに心太(ところてん)の突いたやつをよく買いに行きました。 かき氷を食べる時のガラス器でところてんを食べる、とても美味しいと 思いました。 ところてんを食べるには、矢張りそれなりの風情というものが必要と 思うのです。 確かにスーパに行けば簡単に買えるのです。 しかしビニール袋に入ったやつを買ってきても旨いとは思えないのです。 大体が買う気にもならないのです。 ある種の雰囲気が大事なのです。 縄のれんの如何にもと云う店がありました。 ここなら喉元涼しい心太が食べられそうに思いました。 今では如何にもと云う店でしか心太(ところてん)は食べられない のです。 「 蓑虫や 浮世のことは 如是我聞 」 (みのむしや うきよのことは にょぜがもん) 話は愕然として変りますが、蓑虫を見ました。 関西の漫才師みたいにこのブログは話が転換するのです。 もう冬篭りということですか。 蓑虫を見ると昔は握りつぶしたくなったものです。 サドの気があるのです。 蓑虫の様に我感ぜずと籠る身分を羨ましく思ったのです。 如是我聞ー仏教的な言葉です。的でなく仏教の言葉です。 私はこのように聞きました。との意味ですが経文の最初には必ず 出てくるそうです。 殻に籠って浮世のことはただ見ているだけ。厳しい冬の間ただただ 籠って黙然と眺めている蓑虫に成りたいものです。 そして浮世ー憂世ーはこんなでしたよと話をきくのです。 |

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