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日本の製造業の進む道 その1
私は、エンジニアです。今でこそ、株やFXで経済に強い興味を持っていますが、自分の基盤はソフト開発を基にした技術屋だと思っています。
長い期間、グローバル企業での物づくりを司る生産管理システムの開発に携わってきました。そこで、物づくりや、ソフト開発、システム構築、プロジェクト運営について学び実践してきました。対象にしてきたのは、半導体、モジュール、カード、システム製品などの電子部品でした。その延長で、半導体工場の自動化システムの開発と導入にも携わってきました。
生産管理システムも、工場の自動化システムも共に巨大なシステムで、銀行のオンラインシステムにも匹敵する期間と金と要員が必要です。
半導体工場を一から立ち上げるには、少なくとも2年から3年の期間が必要ですが、システムの構築、導入も最初の基本計画から完成までにはそれくらいの期間が必要です。それは巨大なソフト開発の現場ですが、同時に工場の自動化ですから、数百台の製造装置や搬送機器をコントロールする訳で、まさに物づくりの全体を統合するハードとソフトのハーモニーを統御する第一線の開発現場です。
私はその巨大システム開発のプロジェクトマネージャーを長くやってきました。
日本国内の半導体工場だけでなく海外の企業も相手にしてきました。
そこでは、多くの外国人たちとも一緒に働きました。
同僚として、あるいは部下としてチームを組んで来ました。
韓国も中国も仕事の現場で何度も行きました。
無論、韓国人や中国人とも多くの仕事をしてきました。
インド人やアメリカ人、中国人などの混成チームを率いて、プロジェクトキャリーした経験も何度か有ります。
だから、彼らの仕事や発想や、まじめさ、ずるさなどの性格的な面も心得ているつもりです。
これは、自慢をするためではなく、今日はマジで、正面からあるレポートの反論をしたいと思い、その前提として、少し自分の事を紹介しておきたいだけです。
少し長くなるので、興味の無い人はスルーしていただいても構いません。
それでは、対象の記事ですが、今週の週間エコノミスト(毎日新聞社発行)の
「産業大革命」という特集の巻頭に掲載されている記事です。
著者は木村英紀と言う理化学研究所/東大名誉教授の先生です。
タイトルは「潮流は「ハード」から「ソフト」技術立国日本がやるべきこと」と題されたレポートです。
それでは始めましょう。
『議論の立脚点』
この記事の出だしは、日本と欧米の技術の特徴として、以下のように述べています。
「日本は労働集約型の技術開発を行ってきたのに対して、欧米は資本集約型の技術開発を行ってきた」
そして、
「労働集約型とは、人が快適、かつ効率的に働くための技術であり、人間が中心にある。それに対して、資本集約型は、人間を労働から排除(開放)するための技術であり、中心は機械にある」
これが議論を進める大きな立脚点になります。
『労働集約型で発展した日本の技術』
次に、著者は日本の労働集約型の技術について説明を行います。
「日本の技術の特徴は、経験を分かち合うことを通して、メンバーが以心伝心で意思を通じ合えるチーム作りに長けている。会社のトップが作業服を着て工員と共に汗と油にまみれるのをよしとする風潮、ひたすら作りこむことを通して完成度を上げる技術者の執念・・・」
と語ります。そして、なぜか次のように続くのです。
「日本のものづくりの強さが語られるが、そのほとんどはハードウエアであり、素材、材料、自動車、工作機械、家電製品、光学機器、半導体、環境関連などの量産品である」
後に述べますが、こうした日本の製品はハードを売ってはいますが、実は売っているのは中身のソフトなのです。しかし良くご存知の筆者は決してそう言いません。不思議です。
それとも筆者は、アメリカのシリコンバレーに見られるような、WEB技術や、コンピュータソフトそのものではないのがダメだと言っているのでしょうか?
次に欧米を中心とした、技術進化の流れを以下のように説明しています。
「道具から機械へ、さらに機械からシステムへ進んできた」それは「順方向の技術の流れ」だと言います。そして、「順方向の技術の進化を駆動してきたのは「普遍化」である」と言っています。
これは判り易いので、素直に頷ける部分です。ここで著者の言う、「普遍化」とは言い換えれば「標準化、汎用化」の意味のようです。更に、付け加えれば、「システム」とは、複雑化した機械の組み合わせを統べる、管理統制手段というような位置づけのようです。
ここで、著者はこう付け加えます。
「日本の技術は労働集約型の特徴を生かして、「逆方向」つまり、機械から道具へ、システムから機械へ戻る道を開拓し、それを通して順方向の流れを補完した」と説明し、そこで自著『ものづくり敗戦』を紹介しています。
この本については改めてどこかで書きたいと思いますが、内容はこの記事に集約されていますので、この記事を通して大体理解できます。
この、「補完する仕組み」は、多分、日本のものつくりが他国より優れていて、優秀な製品を生み出せる原因の説明だと思いますが、この記事では、そうではなく、ネガティブなものとして取り上げています。
ここから、欧米の技術進歩の流れである「普遍化」の説明が始まります。
「「普遍化」とは「技術の科学化」と言っても良い・・・中略・・・社会や人間と技術の接点を主な対象としており、そこから生まれる技術の広範な課題を、科学として体系化したものである。」
そして、これを推し進めてきたのは欧米であり、コンピュータがその推進役になり、80年代にはその流れはメガトレンドとして顕在化していた、と言っています。
私はこのコンピュータによる「技術の科学化」を具現化した最先端企業におり、まさに、それを日々、驚嘆しながら間近に見て参加してきました。
何しろ、今から30年近い昔に、電子メールで毎日世界中の工場と情報を交換し、世界中の工場で分散してコンピューターを作っていました。会社所有の衛星を介して独自の回線があり、日々の生産情報がやり取りされ、生産が世界同時に進行管理されていました。
なるほど、当時は日本企業から見れば、異世界のようなものづくりの現場でした。
それは多分、世界中で最も進んだ生産の現場だったと思います。
それを同僚と本にして出版した事も有ります。
更に著者は普遍化の説明を続けます。
「科学が理論として記述されたとき、その普遍性は保障される。技術でも理論の役割が急速に増大しつつある。解析や設計、予測や決定。計画や評価などあらゆる場面で理論的な検討が要求される度合いが急速に高まっている。」
要は、普遍性とは、理論化され記述されることだと言う訳です。
これはその通りでしょう。個別技術が理論として体系化され記述されれば、移転可能になり、再利用可能になります。つまりは、「標準化」であり「汎用化」ですね。
『主戦場は理論、システム、ソフトウエア』
次に、著者は、前述した欧米型の技術進歩の次の段階である、「システム化」「ソフトウエア化」について説明を行います。
「機械が複雑になるとともに、要素を結びつけるシステムという目に見えない存在が、技術の主要な対象として重視されるようになる。システムを扱うには、機械と機械、機械と人間の間の通信が不可決であ。そのためには、機能や構造が誰にでもわかるように、合理的に表現されていなければならない。以心伝心ではだめなのである。」
と書かれています。
これはその通りで、要するに、複雑系を統べるには、全体を通じた制御の仕組みが必要であり、そのためのプロトコール、通信手段、要素間の標準化が必須なのは当然ですね。大規模ソフトの開発を行ってきた経験から、全くその通りだと思います。
文書化と標準化、どれだけこの言葉を聞かされて来たか・・・・・
ソフト開発の現場はまさにこれの戦いで、特に、近年、インドや中国の要員と一緒に仕事をする場合の肝は、この二点だと言っても良いでしょうね。
私の働いていた、グローバル企業では、だから、昔から、これが散々強調されて仕組みとして根付いていました。
そして、ソフトウエアの説明がされています。
「複雑なシステムの設計を担うのがソフトウエアである。・・・中略・・・いいソフトウエアを作るには、システムへの深い理解と、目に見えないものを見通すことの出来る想像力が必要である。」と言っています。これもその通りです。
欧米の技術進歩は、道具から機械に進化し、その次に、複数の機械で構成される、複雑な全体機能を統べる仕組みとして、システムと言う概念を生み出した。そのシステムを実装する手段としてソフトウエア(プログラム)が生まれたと言う訳です。
これも、まあ当たり前のことで反論は有りません。
だから、現在のように高度に複雑な機能を実現する必要がある物づくりの現場で、システムの構築、つまりソフトウエアの開発と導入が肝であることは言うまでも無く、著者の言うように、そこが生産においても主戦場になっているのはその通りです。
今や、ハードよりソフトなのです。
これはもう、世の中でほとんど常識の話ですね。
しかし、著者はここで、いきなり日本を叱り付けます。
「ハードからソフトへの主役は交代している。しかし、残念ながら日本の技術がもっとも弱いのが、この理論、システム、ソフトウエアなのである」
と断罪するのです。
根拠は全く判りませんが、日本はここが弱いのだと断定しています。
ここまで来て、著者の論点は、だんだん見えてきました。
つまりは、日本はそこで遅れていると叱るのですね。
何しろ、東大の名誉教授ですから、叱り付けるのが仕事なんでしょうね。
おい、お前ら、駄目じゃないか、そんな事でどうする!!
これでは日本は負けるぞ!!
欧米は進んでいるのだからな、お前ら反省しろ!!
しかしまあ、何と陳腐な的外れか・・・・・・・・・・・・・・
その2へ続く
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