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ぶらぶら病

 
「原爆被爆者の中で、最もつらい思いをされたのは全身ケロイドにされた人ではなく、一見すると健康な人と見分
 
けがつかない原爆ぶらぶら病の人である」
 
 
原爆投下から間もない広島で、自らも入市被曝し、内部被曝について詳しい報告をされている肥田俊太郎医師
 
がそんなことをおっしゃっいた。
 
その理由は、全身ケロイドの人の苦痛と言うのは、周りの人間の想像力を十分に喚起するが、ぶらぶら病の人
 
の苦しみは本人にしかわからない上、医者からも理解されず、周りからは怠け者扱いされてしまうからであると。
 
 
 
人間には不思議なところがいっぱいあるけど、その一つに回りからの理解が想像以上に大きな力を生むという事
 
があると思う。周りからの理解さえあれば、たいていの精神的苦痛は緩和され、肉体的な苦痛も乗り越えてしま
 
う。逆に、周りの理解が取り付けない苦しみが人間を蝕む威力と言うのもまた、すさまじいものがある。
 
当然、自分の苦しみが神経の繋がっていない他人に分かるはずもなく、寸分たがわぬ理解などあろうはずもな
 
い、そんなことは誰でもわかっている。
 
それでも、誰かに訴えかけずにいられないのは、人間はどんな時も常に周りからいいように思われていたい生き
 
もんだからである。
 
 
 
 
広島でさく裂したウランから放出された死の灰は、およそ700グラムと言われている。
 
対してフクイチで生成された死の灰は、およそ30トン。
 
原爆の死の灰が爆風によって成層圏まで巻き上げられ、広範囲に拡散していったのに対し、フクイチでは高濃
 
度のプルームが地を這うように人々の生活空間にまとわりついた。
 
およそ2万平方キロメートル(四国より広い面積)が法律の定めるところの放射線管理区域となってしまった。
 
これは単に大地が汚染されたことだけを意味するのではなく、生物循環の中に放射性物質が取り込まれてしま
 
ったという事、生物濃縮によってもう取り返しのつかない不可逆的変化が始まったという事である。
 
ぶらぶら病は昔のことでも、他人事でもなく、これからのこと、自分自身のこととなってしまった。
 
 
 
ケロイドの人を見て、その苦痛を思いやることはできても、ぶらぶら病の人が単に怠けてるようにしか見えなかっ
 
たのはなぜだろか?
 
 
これは、いつぶらぶら病になってもおかしくない、日本中の働き者は真剣に考えないとまずいと思う。
 
せめて、地獄に落ちた時のショックで死なんでも済むように。
 
 
 
 
 
 
 
 

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