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黒潮

房総半島の最南端は黒潮がぶつかる。



なので、南方原産の物が潮流によってはるばると運ばれてくる。



漂着したヤシの実などはその典型だが、他にも珊瑚とか、タカラガイなどの南方原産種である生き物の



生息する北限が南房総であったりする。



黒潮は沖合の澄んだ水であるから、黒潮がぶつかる所は透明度がよく、いかにも南方種らしきカラフルな



魚もいて、シュノーケリングをすると時間がたつのを忘れてしまう。



ただ、黒潮が運んでくるのは珊瑚や魚貝類だけではなかった。



その昔、人間もこの黒潮に乗ってこの地にやってきたのであった。







房総最南端の地、館山に下立松原神社という神社があり、ここには「アメノフトダマノミコト」を祭神と



する忌部氏(いんべし)が祀られている。



忌部氏というのは朝廷に仕えていた徳島県は吉野のあたりの氏族であり、かつて政界の重鎮であった自民



党の後藤田正晴や、その甥で社会党の井上晋方、さらに大甥にあたる現衆議院議員で初代キレイなおねぇ



さん水野真紀のダンナである後藤田正純は忌部氏の末裔を自負しており、この夫婦は忌部サミットにも出



席しているくらいである。





この辺り(館山)に「タタラ」という地名がある事から、恐らく忌部氏は製鉄技術と高い航海技術持った



人たちだったようだ。地名においては、南房総一帯を安房(あわ)と言うのも、もとはと言えば忌



部氏ゆかりの地、徳島の阿波にちなむという。



忌部氏は麻の栽培を伝えたとされるが、俺が大好きなマテバシィの木も南方原産種であり、その樹林帯が



南房総一帯だけ飛び石的に分布している不自然さと、そのドングリはアク抜きを必要としない手軽な食糧



であることから、恐らくこの種子は忌部氏が持ち込んだのではなかろうかと、かなりの確信をもって睨ん



でいたら、すぐ近所の縄文前期の遺跡からもマテバシィを食料としていた証拠である歯形のついたドング



リが出土しており、俺説は完全否定されたのがつい先日。



しかし、縄文遺跡があるという事はこの地には先住民がいたという証拠でもあり、その先住民が(かどう



かわからんが)朝廷側のエミシハンター、ヤマトタケルノミコトと交戦したという史実(?)もある。



房総丘陵の真ん中にある鹿野山一帯に阿久留王なる王がいて、彼らも一説によると製鉄民であったようで



ある。鉄が採れるこの鹿野山にいた阿久留王がヤマトタケル軍に平定されたあとに後発隊として、職能集



団の忌部氏が朝廷の意向により、この地に派遣されたのであろうか。



この阿久留王と東北エミシである悪路王(アテルイ)は名前も似てるが、たどった運命もよく似ている。



どちらも討伐(侵略だが)に来る朝廷軍と戦い、後にとらえられ、処刑された。



こうした、中央権力による討伐軍と先住民が戦うという図式はその後も北上を続け、最終的に北海道のシ



ャクシャイン、コシャマイン戦争まで続いたと思う。



アイヌモシリにおいて軍事的抵抗は終わったが、日本列島に先住民がいなくなったわけではない。



例えば千葉県において「千葉県人」といって十派一絡げにするのはかなり無茶である。



房総南部に位置する上総と北部の下総では先に書いた忌部氏と阿久留王ほどの違いが今でもあると思う。



概して上総人は関西っぽい。



漁師町の浜言葉はガラが悪い方だが、そのガラの悪さも妙に関西っぽく、俺としてはどこか懐かしい。



うちのかみさんは下総出身だが、そんな懐かしさを感じないどころか、まるで外国人みたいに思えるとい



う。



はるか遠い昔、黒潮によって異文化もこの地に運ばれてきたことになる。

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