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弱者の定義

人間は総じて弱者であるという見解は間違ってないと思う。

人間には、トラのような牙もなく、鷹のような爪もなく、脱兎のごとき健脚も持ち合わせていない。

原始時代では暗い洞窟で身を寄せ合い、徘徊する猛獣の目を逃れ、息を殺して夜が明けるのを待つしかなかった

弱弱しい動物である人間が、今日地上で敵なしの隆盛を誇るようになった理由はいくつかあげられると思う。

しかし、それらの理由の大前提には人間は自然界において弱者であるという事実がある。

人間は長い年月を経て、身体的に弱いまま、身体的強者に打ち勝つ知恵と工夫を凝らし発展してきたのであ

る。そしてこの構図は人間が自然界とは隔絶した文明社会に移り住んだ今日までも延々と引き継がれてきた。

人間社会における階級的序列。

「人類の歴史とは階級闘争の歴史である」というという有名なアレ。

人類が進歩してるかどうかは別として、人類が常に現状をよりよくする努力を続けてきたのは間違いないと思う。

ようするに人間が本質的弱者でなかったら最初からその必要はなかった努力を、今日もまだ続けているのであ

る。我々人類が続ける知的な努力は全て弱者の努力であるといって差し支えない。

人間の知性は人間の弱さを補ってなお余りあるものだからだ。

だが、ここで勘違いしてはならないのは、知性はあくまで人間の身体的弱さを補うものであり、知性が増したから

と言って決して本質的に強くなったのではないという事だ。

人間は本質的弱者のまま強者を屈服させる事が出来る稀有の動物になったのであるが、このややこしさが自然

界ではありえない人間界特有のヒエラルキー的パラレルワールドを生み出しているのである。

この辺については、マルクスの言う「階級」とニーチェの言う「位階」の違いについて考えてみるのも面白いけど、

要するに人間社会における社会的強者の層には本質的弱者の織り成す階層がダブっているという事であ

る。逆に社会的弱者の中に本質的強者が散見されることは、これはもうワタシ自身の目でも確認済みである。

臆病で頭でっかちの本質的弱者が権力を手にしたときに民衆に災難が降り注ぐ。


(続く)


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