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社会的な役割と言うのは本人の意志なんかとは関係なくその人に付きまとう。
jこんな簡単なこと分らん人多いなぁ。
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こんにちは、ゲストさん
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どうしょうもない現実がある。
これは、なんも今に始まったこっちゃなく、むしろ現実がどうしようもなくなかったためしはなく、また、どうしょうも
なくないなんてことは金輪際、絶対にない。
時代によっての程度の差があったとしても、実感として比較のしようもないので言うだけ無駄。
このどうしようもない現実はリアルそのもの。
この正視に耐えぬどうしようもない現実をカッと凝視し、認識し、これに抗うだけの幻想を持たねば。
どうしょうもない現実と、それとつりあう幻想とは二つの車輪であるから、結局前進するしか能無き人間としてはこ
の車輪を制御することでしか達せられぬ曖昧な定めへと向かうのである。
面白きこともなき世を面白く。
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「もう終わりや・・」
と思えるのも生きてるからやから、
生きとる限り何回でも終われるわけやから、
そんなら何遍でもやり直しができるわけやから、
何遍そう思うてもタダやんけ。
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現在地確認の為、自分とは関係ないと思われる人々の周りを見渡してみる。
ヤクザの状況↓
過激派やヤクザと言った人々は、言わば毒ガス対策のカナリアのような立場の人々。
この人たちは破防法より小回りが利く最新の治安維持法によって痛めつけられてる人々です。
モジモジ先生こと下地准教授みたいに、最近は駅の構内歩いていただけで建造物侵入で逮捕されるご時世。
何年か前に立川の自衛隊官舎に反戦ビラを投函した僧侶が逮捕されてたけど、今は駅歩いてた大学教授が逮
捕される時代にまでエスカレート。
ホームレス、オウム信者、障害者、生活保護受給者、高齢者・・
そんな人々のガス室送りの順番待ちを、指加えてみてる。
俺ら関係ないし。
それが真綿の絞首台。
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映画監督の森達也氏が意訳によるマルティン・ニーメラー牧師の最後の言葉。
マルティン・ニーメラーはナチスにより弾圧を受けたルター派の牧師。
最初に彼らが共産主義者を弾圧したとき、私は抗議の声をあげなかった。
なぜなら私は、共産主義者ではなかったから。 次に彼らによって社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、 私は抗議の声をあげなかった、 なぜなら私は、社会民主主義者ではなかったから。 彼らが労働組合員たちを攻撃したときも、 私は抗議の声をあげなかった、 なぜなら私は労働組合員ではなかったから。 やがて彼らが、ユダヤ人たちをどこかへ連れて行ったとき、 やはり私は抗議の声をあげなかった、 なぜなら私はユダヤ人ではなかったから。 そして、彼らが私の目の前に来たとき、 私のために抗議の声をあげる者は、誰一人として残っていなかった 私は暴対法ができたとき、暴対法に反対しなかった。
なぜなら私はやくざではなかったから・・
そんなことをつぶやく日も遠くない思う。
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