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「ここに、十円玉が二枚あるな」
「ああ、ピカピカのやつとちょっと古びたのがね」
「この二つはなんじゃろか?」
「何じゃろか・・って今、自分で十円玉って言ったばかりだろ!」
「するとこの二つは同じ十円玉なわけじゃな?」
「当たりめーだよ。しっかりしてくれよ」
「ふむ、ならばこの二枚はまったく同じもの同士なんじゃな?」
「同じだよ」
「しかし、お主はさっき、ピカピカのと古びたのが二枚と言わんかったか?」
「ああ、言ったよ」
「では、同じではないじゃろが?」
「ピカピカでも古くても、同じ十円という意味だよ」
「ふ〜ん妙じゃな、ピカピカのものと古びたものをどうして同じ意味で扱えるんかのう?」
「そりゃ、そうしなきゃ金に共通の価値が保てないからじゃないのかい」
「それもそうじゃが、その前にワシが妙に思うのは、なんでそれが同じものとして扱えるのかとい
う事じゃ。この二枚の十円玉は、ただ新しいか古いかだけの違いではなくて、作られた年月や使わ
れてきた回数、材質としての銅を採掘した場所、また、銅の中に含まれてる不純物の量、どれ一つ
とっても、全く同じと言えるだけのものはないはずじゃろう?」
「う〜ん、そりゃそうだけどね・・」
「すると、”同じも”のと言いきるにはこれとはまた違う別の特徴を探さなくてはならんわけじゃ
な」
「ふぅん。でもそれは探すまでもないだろう、両方ともそっくりにできてんだからさ」
「ふむ、つまり似ているところがあるという事かのう」
「そうだな、たとえば大きさ、図柄の配置、手触り、重さ、などが同じ・・て言うか、まぁ似てる
よな」
「そうじゃ。それらはキリがないほど”似てる”わけじゃな。似てる箇所は分子レベル原子レベル
まで無限にあるじゃろが、それらはいくら積み上げても決して”同じ”にはならん。
すると”同じ十円”というものは想像上のものであって、現実には存在せん。
現実には、ただ、違うものと似てるものが無数に混在してるだけなわけじゃな」
「う〜ん・・」
「ただ、困ったことにじゃ、似てるものも無数にある、違うものも無数にあるとなると、ワシらは
一体何を根拠に物事を区別すればええんかのう?」
「う〜〜〜ん・・・」
「しかも、この困った事態が十円玉に限った話なら別にどうってことはなかろうて。じゃが、この
二枚の十円玉を”ワシとお主”に置き換えてみたらどうなるのじゃろか?
ワシらは”同じ人間”というとこから始めれば、それは”同じ十円”という事になる。しかし二枚
の十円には同じと断定できるものは何も見いだせんように、ワシらもせいぜい”似てる”だけじゃ
な。で、この”似てる”箇所と”違う”箇所はそれぞれ無数にある。
ならば、ワシとお主を区別するその境目は一体どこがふさわしいのじゃろか?」
「あー、今みたいに喋ってて、爺さんの口臭が臭ってくるあたりが境目じゃねーのか」
「ハッハハハ・・ご名答じゃ。実際、迷惑に感じるか感じないかの辺りにしかないわいな。じゃ
が、その迷惑に感じてるものとは、はて一体何じゃ?」
「俺だよ、俺がそう感じてるんだよ」
「”俺”とは、今ここにいるお主の事か?」
「そうだよ」
「では尋ねるが、今ここにいるお主と昨日のお主とでは”同じ”お主か?」
「うっ、そう来たか・・!」
「”同じ”ものはないという事は、過去についても言えると思うのじゃがのう・・」
「・・・・・・・」
「憶えている事、思いだせる事は、その当時と似てはいるものの、同じではない。細部にわたって
記憶を頼りに、そっくりそのままを完全に再現する事など、まず不可能じゃ。
すると、生まれてから死ぬまで何かを行ったり、考えたり、感じたりしている”自分”が常に同じ
であるという確証はどこにもない。つまりはじゃ、”同じ”ものがない以上、それを証明する手立
ても初めからないのじゃよ」
「うーん・・、じゃあ、俺って何だろう?」
「”同じ”と一緒じゃ」
「え?」
「変らない、想像上の何かじゃ。」
「・・・・・・・・・」
「昨日の自分と今日の自分を変らぬ”同じ自分”としたい自分がいるのじゃな。つまり”同じ自
分”なら死んでもなお魂の不滅を信じられるし、変らぬ自分を永遠に欲していられるような気もす
る。じゃが、それらは全部想像上の出来事じゃ。自分自身も含めて同じものは存在せん。
ふむ、残念じゃったのう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」。
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