雑言

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アイヒマン。

 
アイヒマンテストなんちゅう実験があって、常識あるフツーの大人が上からの指示でどれほど残忍になれるかを実験したのだという。
具体的には電気椅子に縛り付けられた人間にクイズをだし、間違うたびに電気ショックを与える役目をフツーの人にやらせる。で、そのフツーの人は上からの指示(医者、科学者、大学教授)を受けて電圧を上げるボリュームをどこまで上げ続けるかを調べたそうな。
結果、ほとんどの人間は与えられた任務に忠実であり、権威を前にして抵抗することなくその指示に従うだけであった。
 
最近思うんやけど、子供に年間20ミリシーベルトまで被ばくさせることを決めた文部科学省と、教育委員会、並びに学校関係者にはぜひアイヒマンテストを受けてもらいたい。
この連中なら数万ボルトの電圧を流すくらいの金字塔をうち立てるに違いない。
ホンマ、学校の人(特に管理職)はどこへ行ってもみなアイヒマンばっかりである。
 
 
 

怒りの表明。

 
怒りは攻撃的になることの正当な動機だと思われがちであるけど、実際はおびえてる人間が攻撃的になるための口実に使われることのほうが多いのではなかろうか。
怒りと攻撃は同じ挙動をとるものであるから、怒り心頭に発したなら攻撃の際に怒りを表明する必要などないはずである。
何かを表明しなくてはならぬところには、隠さなくてはならぬ別の何かがあるのというのが通例ではないだろか。
 
 

節電。

ホシガリマセンカツマデハ。
 
電力需要と言う極端な必要を満たすための断末魔のような我慢大会も終わったらしい。
 
何ぼ必要なもんでも、なければないなりの過ごし方があるもんやなぁ、と気付いた時はなんか嬉しくなるのは俺だ
 
けやろか。
 
節電とはハナから縁がなかった夏。
 

経験。

 
 
これで良かったのか悪かったのか判然としない経験が山のようにあり、その山脈の尾根道にあたる道筋だけが
 
通常”良い経験と”呼ばれている。
 
同じ経験でも、その解釈一つで全然別の人生へと通じてる。
 
 

表現。

概して余裕のある時の表現ほどさりげなく、欠乏に起因する時の表現ほどわざとらしい。
 
これは人間の表情一つについても言える。
 
我々は欠乏する度合いに応じて、表現力を磨かなくてはならなくなるらしい。
 
自然界においても擬態は弱い生物が捕食者から難を逃れるべく、数少ない有効な方法であることから察すると、
 
欠乏と演技(表現)の間には明らかな関連がある。

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