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《事実》の錨を。

雑記

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“同じ播磨でも、沿海地帯は子供組の組織が明確で、その名称は「小若」、「子供組」、「子供連中」、「子供仲間」などといい、頭(カシラ)分を「子供〈がき〉大将」、「帳元」、「帳じめ」、「子供頭」などとよんでいる。しかし少し離れた平野地帯の村や、山地の村では、とくに小若とか子供組というような明確な組織がなくなった。それでよく「子供組」はないとか、なくなっているとか速断されるが、そうではないのだ。(中略)そうした村で、この村に「子供組」がありませんか、とノート片手にペンをもって尋ねてみても、サアおまへんなあ、と答えられるにきまっていた。おっさん、子供の大将やっとる奴おらへんか。おーい、この頃、ガキ大将やっとる奴どいつや、とどなってくれると、まもなく子供がガキ大将を連れてきてくれる。彼は、立派な子供組の大将であり、「頭〈かしら〉」であった。お前ら、どこで集まるんや。三本松の下や。七夕、どないするんや。みんなでオカキやアラレもらいに行く。どない分けるねん。上のモンからヨウケとる。赤ン坊でもわけたるぜえ。(中略)というぐあいで、ちゃんと子供組のあるのがわかる。(中略)相当の民俗採取の経験者でも、子供組のない村が多いと思っているようだが、私の経験では子供組のない村などほとんどあるまい。彼らの調べ方があまりにも古典的なため、その実態がわからないだけのことである。”(赤松啓介『差別の民俗学』2005、ちくま文芸文庫、p.195〜197(1995、明石書店から刊行されたものの文庫化))

 ――これで逆の事例体験を思い出したのですが、十年ほど前にある国で、「街でよく見る不具の物乞いは、物乞いとして有利になるよう親にそうされたのだ」との説が、外国人やその国の富裕層の間で定説的に囁かれていました。でも私の通うタバコ屋の辺りでよくたむろしていた、片脚のない物乞いの少年が仲良くなってから私に語るに、「ずっと前、トラックにひかれて、切るしかなくなって」。それを後日、他のその国の知人に話すと、「そうそう、大体は事故の犠牲者でしょう。あとは何か犯罪を犯して、刑罰を受けてそうなった人も少しまじっているかも」。そこで先の定説的噂を軽く振ってみたところ、まさに「ないわー」というリアクションでした。

 「現地で聞いた声」もその採取者の在り方に、いろいろ依ったりするわけです。

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そうですよね。実際のところ、自分で聞いてくる話も、当然それ以前の取捨選択があると思っています。現地が語る声にも、外に向けた顔があるという事です。昨日会った方も、同じような事を言っていました。だから少なくとも、ある程度の回数は足を運ばなければならないだろうし、それでも全体を全て知る事にはならないと、常に戒めるようにしています。

2012/7/22(日) 午後 8:50 [ KUROKI-TI ]

KUROKI-TI様

クロキチさんさえそこまで慎重でおられるのですから、私なぞ今の何十倍、何百倍と慎重を期さねばですね…

「内情に通じていなそうな相手にだから言える話」というのもあるでしょうが、そうではない話も当然あったり。コミュニケーション初期には「きっとこういう人なのかな?」ということで、その相手の背負っていると想定された「外」や、その「外」から見た「内」像にも理解はあるんですよ、という形で「探り」が続くのが寧ろ普通だったり。それに客商売といった立場上からの、その強度の高まり等も不可避だったり。
たとえ観察者として入っても、その報告は、きっとその観察者の観察された姿の影をしている…

糸井さんが去年4月にされた名ツイート(URL:twtr.jp/user/itoi_shigesato/status/62361426609704960)を、私は「より人間の姿をしているほうの情報を選ぶ」と理解しています。実践は大変難しい(この逆のほうが、まさに今生きた人間に関わる部分で実は気がラク…でもそこで既に、自己責任論的「切り捨て」は始まっている)ですが、目指していたいです

2012/7/23(月) 午後 5:41 [ ujiin ]

顔アイコン

こんにちは!赤松さんはまさに囲炉裏端で繰り広げられる猥雑な話をすんなりうけとめかえす、を繰り返して、その人々の懐に入っていったのかなあと思っています。今、アガワさんがもてはやされていますが、赤松さんこそ、名インタビュアーだと思います。あ それにクロキチさんもだと思いますよ。それは記事に表れますね。

民俗学はいろいろと流派がどうとかありますけれど、私そういうこめんどくさいのはあんまり読まないんです。その人が集めたものがおもしろいのかどうなのかってことしか読まないので・・

大学の時に、タイのフィールドワークをされた杉山先生という方の講義で、「参与観察」という言葉を学びました。自分は傍観者ではなく、自分も信仰なら信仰の枠組みに入るということですね。私は外国で参与観察なんて無理だなあと、でもあこがれをかんじたものです。

研究室の先生と、青森のイタコ祭りに訪れたことがあります。録音しながら聞いていたら、イタコさんに一喝されました。きっと気に入らなかったんでしょうね。そのときは傷つきましたが、今ではわかりますね。

など話は尽きませんが・・・

2012/7/26(木) 午後 3:12 [ iizakaumare ]

飯坂生まれ様

こんにちわ( ̄▽ ̄)ノ♪卓越した本とのご縁を賜り、誠に有難うございました赤松さん、行商しながら情報収集していらしたそうですね…これは無敵でしょう質問者の纏う雰囲気だけでも、やはり反応は大きく異なりますからね。

私は件の国滞在中、仕事の合間の趣味用に録音機を導入したら、速攻で空き巣に盗られたので録音自体が夢と消えたのですが、どうせ近所の誰かの仕業(+どうせ賄賂をせびられる以外何も期待できない)ということで警察に届け出なかった処、それを機に地元住民との親交のうわべ度が一挙に下がり、色々な文化的視界がしっとりとした彩りを以て広がり出しました。ラッキーだった…の……でしょう

参与観察で難しいのはやはり、「余りにディープに成功し過ぎると、外部が需要するような報告者として機能し辛くなる」点で、ゾンビ伝説のフィールドワークでもそのような感じで終るものがあったかと記憶します。でもだからこそ、「余所者だから外部に伝えられる・伝えるべき」というような領域は常に確実にあり、そのバランスは大変難しい。
クロキチさんはこの辺りにも意識的でいらして、ほんと凄いですよね…

2012/7/27(金) 午後 5:14 [ ujiin ]


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