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でも霊の存在を完全否定しようとしないのは、どうせ日本の仏教界なんて特殊でいいかげんだから……かというと、そうでもなさそう。
“初期仏教には中有〈ちゅうう〉という概念はありませんが、そういう「成仏していない霊」のことも餓鬼だと、自分が死んでいるか生きているかはっきりしない生命だと説明しています。”(アルボムッレ・スマナサーラ『死後はどうなるの?』2005、国書刊行会、p.127);“一部の餓鬼は人間の周りで、人間に依存して生きているのです。嫉妬、憎しみというのは、かつて人間でいたときに、他の人間に対して抱いた感情でしょう。だから餓鬼になっても人間のそばにいるのです。でも次元は違うからぜんぜんわからないし、影響を受けることはありません。餓鬼はそこらへんにたくさんいます。人間には影響ありませんが、餓鬼のほうは人間を嫉妬したり、恨んだりして自分の苦しみを伸ばして長生きしているのです。”(同p.201);“餓鬼の影響とか、幽霊の影響とか、そういうもので不幸になるという話は日本ではよく聞きます。それはつまり、餓鬼の影響を受けるほど性格が情けない、ということです。人間でいても精神的には餓鬼の仲間なのでしょう。私もけっこう知ってますよ、そこらへんにいる餓鬼たちのことを。まったく何の影響もありません。餓鬼たち、先祖たちに影響を受けるというのは、それだけ自分が精神的に弱い、情けないということなのです。”(同p.202〜203) “【質問1】最近テレビなどで背後霊とか守護霊とかいう言葉を聞くのですが、そういう霊があるという考え方はどうなのでしょう。それから、人は因縁を背負って生れてきていると言われますが、これをどのように受けとめたらよいのでしょうか。/【法王】この質問から受け取れた意味合いは、悪魔だとか悪霊、ゴーストがいるかどうかということですが、確かにそれは非常に神秘的なレベルの話ですが、仏教徒としては全然気にする必要はないのではないでしょうか。/要するにもっと大切なものがあるということです。”(ダライ・ラマ『ヒューマン・バリュー』2007、四季社、p.88) [【1-6】へ続く] |
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