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《事実》の錨を。

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霊・来世@仏教【2-4】 ケータイ投稿記事

 ちなみに仏教の教義的一般認識としては、死後についても霊魂同様、お釈迦さまのスタンスは「無記(ノーコメント)」(【1-4】参照)だったとされているようです。


 最後に、宮崎哲弥さんの恐怖する「絶対的な死」というのは、たぶん「《言語すること》が必然的に強迫する死」、のようなもののことだろうと思う。

“ああここにも“同憂”がいるんだなあと妙に安堵した。/川上(著者注。未映子)氏は子供の頃、寝付けない夜に「考えがある極限に達すること」が時折あったという。/「それは『いつか絶対に死んでしまう!』という身も蓋もないあまりにも絶対的な事実であり、最終的には何が何について考えているのかがふっと融解するような感覚までしはじめて、どばっと飛び起き部屋の電気をつけて自分に身体があることを確かめて恐ろしい興奮を逃がす、でもまだこわい、というようなそんな具合」”(09年8月27日号『週刊文春』p.112)
“南(筆者注。直哉)自身も、本師ブッダも〈異界〉のみえる人間だったのだろう。〈実存の根底が破綻している〉ことを直観し、世界=言語の黒々とした裂け目から吹き付けてくる〈異界〉の風にいつも圧倒されているのだろう。/まさしく私もそうだった。だから仏道を選んだ。別途はあり得なかった。”(同08年2月21日号、p.132)

 究極に静謐かつ不条理な、何かSMチックで、どこかフラクタル図形や不完全性定理にも似た、そんな恐怖。
 だったらなぁに、書を捨てよ、町へ出よう。
“鳥飛んで鳥の如し”
“魚〈うお〉行〈ゆ〉いて魚に似たり”
(道元『正法眼蔵〈しょうぼうげんぞう〉』「坐禅箴〈ざぜんしん〉」の言葉。南直哉、玄侑宗久『〈問い〉の問答』2008、佼成出版社、p.104)
 所詮はイノチの剥製に過ぎない《言語すること》になんて、そこまで支配されてたまるものか!

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