ujiin

《事実》の錨を。

宗教関連

[ リスト ]

 ダライ・ラマ十四世(宮坂宥洪訳)『ダライ・ラマ般若心経入門』(2004、春秋社)p.170でも、“「真言」の語源は、「心を守る」という意味である。”と説明されています。
 また中村元、紀野一義『般若心経〜』p.34にも、(マントラは)“仏教以前に古くヴェーダにおいては、宗教的儀式に用いられる神歌のことであり、(中略)マントラはバラモン出身の修行僧によって教団にも持ち込まれ、ブッダは初めこれを禁じたが、後に毒蛇・歯痛・腹痛等を治癒させる呪は使用を許可した。”とあります。たしかにこれだけですと、「マントラやっぱダメじゃん」となりそうですが、『スッタニパータ』には「ヴェーダの達人」といった表現が非常に肯定的な尊称として(お釈迦さま自身によっても)使用されている箇所が散見される(例えば、第322詩、第459詩、528〜529詩等。中村元『ブッダのことば』1992(第1刷1991、解説年1983)、ワイド版岩波文庫、p.68、p.94、p.112等)ため、「マントラならぜんぶ何が何でもダメ」という形勢にはなかっただろうと思われます。実際に禁じられていたマントラはおそらく、古くはヴェーダとしての権威を認められていなかった、ある種キワモノ的な『アタルヴァ・ヴェーダ』にあるものに限定されていたのでは?『スッタニパータ』でも神秘主義禁止の下りは、次のようにされていることですし。“わが徒は、アタルヴァ・ヴェーダの呪法と夢占いと相の占いと星占いとを行なってはならない。鳥獣の声を占ったり、懐妊術や医術を行なったりしてはならぬ。”(第927詩。同上p.201)
 それに、仏教には「仏に帰依したてまつる、法に帰依したてまつる、つどいに帰依したてまつる」という、三帰依文(いわゆる、仏法僧)というものがあります。『スッタニパータ』には、これをヴェーダ中でバラモンらから特に神聖視される『サーヴィトリー讃歌』になぞらえたと考えられる箇所が存在します(第457詩。同上p.94)し、また05年春・秋号『ヨーガの四季』(日本ヨーガ学会)p.41には、これがばっちりマントラと題して紹介されています。
 マントラといえばおどろおどろしい呪文、という発想こそが、ちょっと違うのではないでしょうか。
[【5】へ続く]

閉じる コメント(5)

顔アイコン

釈迦の時代には、堕落したバラモンばかりで、かつて存在していた真のバラモン(真の修行者たるバラモン)というものがいなかった。

そして、その当時のバラモンは、どういう人が真のバラモンなのかを知らないでいた。だから、悟りを達成できずにいた。

釈迦は、ヴェーダを学び、ヴェーダを知り尽くした。そして、ヴェーダに束縛されず、ヴェーダを超越して悟りを実現した。

釈迦は、真のバラモンについて知っていた。なぜなら、ヴェーダを知り尽くしていた、ヴェーダの達人なのだから。

2010/4/27(火) 午前 11:16 [ mag**iok ]

顔アイコン

釈迦は、身分階級におけるなにものでもない。だから、釈迦は、真のバラモンでもない。釈迦は、ブッダである。

釈迦は、バラモンではないのだから、祭祀もやらなければ、マントラも唱えない。

というより、釈迦は、そういうものへの執着を捨てることで悟りを実現した。だから、釈迦の説いた悟りの手法においても、祭祀や、マントラへの執着を捨てることが求められた。

しかし、真のバラモンが、バラモンとして、祭祀を行い、マントラを唱えることまで否定しているのではない。

祭祀を行うのであれば、どうやるべきか、を教えるだけである。

他を謗ることなく真理を語る、そこが、釈迦の、ややこしい、ところだと思います。

2010/4/27(火) 午前 11:20 [ mag**iok ]

顔アイコン

バラモンであるというバーラドヴァージャと釈迦のやりとりは、釈迦が、バーラドヴァージャが真のバラモンなのかどうかを確かめるために、というより、バーラドヴァージャが、真のバラモンというものを知らないでいるということに気づかせるために、バーラドヴァージャにヴェーダのサーヴィトリー賛歌のことを尋ねた、バラモンであるというおまえは、そのサーヴィトリー賛歌の真実を知っているのかという意味で尋ねた。

そして、バラモンであるというバーラドヴァージャは、真のバラモンというものを知らないから、釈迦の質問に答えられずに、逆にヴェーダの達人たる釈迦に教えを請いた。

バラモンが、釈迦に教えを請う、その構図が重要なことだと思います。

既存のバラモンが、新興宗教たる釈迦に教えを請う、ということは、バラモン教の側からすると、ありえないことですよね。釈迦の直弟子の中に、バラモンによって殴り殺された人がいたようですよね。

2010/4/27(火) 午前 11:22 [ mag**iok ]

顔アイコン

中村氏の解説によると、伝統的な注釈書には、そこに書いているサーヴィトリーとは、仏教のサーヴィトリーたる三宝帰依文を指す、と書かれているようですが、私は、その注釈書は間違いだと思っています。中村氏も、三宝帰依文をヴェーダのサーヴィトリーになぞらえたのは、後世になってから、というふうに理解されているのだと思っています。

2010/4/27(火) 午前 11:25 [ mag**iok ]

貴重なコメント、誠にありがとうございました。中村さんによる解釈の正否につきましては、私にはわかりません(Τ∀Τ)ゴメンナサイ…まあ、「マントラ」の「賛歌」としての語イメージの具体例として引き合いに出させて頂いただけです(そこはmag**iokさんも重々踏まえてのご意見と愚測します)ので、今後当記事をご覧になったかたは、どうぞそう大目に見てやって下さい。

2010/4/28(水) 午前 1:11 [ ujiin ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事