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《事実》の錨を。

宗教関連

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 以上のように般若心経を理解すれば、別に論理破綻もしていませんし、虚無主義を煽るお経でも、また神秘主義へと誘うお経でもないと思います。《言語すること》の罠、壊滅的危険性を論証し、その微妙さへの常態的な注意喚起を促す、大変コンパクトな、立派なお経です。
 それに、仏教の基本用語が満載なので、何かとおトク。

 よく「ぎゃーてーぎゃーてー はーらーぎゃーてー はらそうぎゃーてー ぼーじーそわかー」のマントラ部分が意味不明だと言われることもあるのですが、それもそんなことはないと思う。掛け声というか、応援というか、声明というか、讃歌というか、まあそんな存在のようなので、多層的な解釈が可能になってはいるのですが、しかしマントラとしては相当イメージし易い、また言葉としての意味の追いやすい部類に入るものと言えます。試しにマックス・ミュラー訳をご覧ください。
“O wisdom, gone, gone, gone to the other shore, landed at the other shore, Sva:ha:!”(涌井和『サンスクリット入門〜』p.46)
 ちなみにsva:ha:というのは間投詞で、祈祷の終わりに用いられる定型句です(日本語なら「幸あれ」、「めでたし」、「弥栄〈いやさか〉」といったところ)。どうでしょうか?真の「智」を祝福する壮大な情熱の波の連なりが、ひたひたと伝わっては来ませんか?


 もちろん、「お経はわからないからありがたい」という立場も、ぜんぜんアリだと思います。これを唱えて瞑想状態になれれば、しめたもの。また心がちょっとでもリフレッシュできたら、それでもう十分ご利益です。
 またもちろん、「空性」(というか「自性からっぽ体験」)から「縁起」へと導かれる立場もアリでしょう。我々大乗は「菩薩の誓願」してるんで、ココで首の皮一枚で「さとり」ません!という反骨な立場だってきっとアリ。
 ただ、それなのに「バっカみたい!キっモいお経〜♪」と嘲弄して来る人がいたら、唱える気半減、もしくは依怙地度倍増ですよね。それでは不健全です。なのでこんな擁護論を書いてみました。
 仏教徒同士の内ゲバなんて、まっぴらごめん。

 なお、繰り返しになりますが、いろいろ偉そうなことを書いてしまいましたが、どこか違っていましたら本当に、ごめんなさい。

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足跡から。
ブログにはめずらしい、超大作ばかりですね。
おおよそ結論部分しか読んでないのですけど。
学生のころ梵字を習ってまして。
その時坊さんが言ってたのが、
密教の大元あたりで本来大事なのは、
音だったということです。
文化の承継手段が口頭だったから、
音が大事だったと言ってました。
だから、お経を聞いてすっきりする気がするーとかあるんだとしたら、それはあながち嘘ではないんだと思います。
それこそ何千年にもわたって伝わってきた音階&発音なのですから。

2010/6/24(木) 午前 0:42 [ culculpanda ]

poco様

わざわざのご訪問&貴重なコメント、誠に有難うございました。また過去記事も読んで頂けただなんて、大変うれしいですo(^-^)o

音の与える「何か」というのは、私も個人的な体験として、あると思います。お経や真言を唱えると、何んだか心がしゅっとした気がする、とか。
そういえば祖父の葬儀の際、お坊さんが相当気合いを入れてお経を唱えて下さったらしく、いつまでもお経が残響していて、帰途の車内でまで聴こえて来たので、家族で破顔してしまったという思い出があります。

「音」、侮れません(ー人ー)

2010/6/24(木) 午後 0:08 [ ujiin ]


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