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また、宮台さんによる前述(【11-2】)の「小泉フィーバーしたのはギャル」発言にしても、以前はその「犯人」集団を「都市的弱者(都市型保守、ヘタレ保守)」とし、具体例として“非正規雇用やシングルマザー”(宮台真司、宮崎哲弥『M2:思考のロバストネス』2006、インフォバーン、p.262)を挙げておられたのに、もうぐちゃぐちゃ。
これは何も宮台さんに限った話ではなく、他のメディアや識者の方々の多くも、この選挙を機に発言の投げやり度を決定的に深めた気がします。何でも「格差」や「二極化」に議論が落とし込まれるという風潮がそうでしたし、またそこから先の思考が要されても結局は「それは頭がおかしいから」(を各事象の具体背景からの妄想でソフトに包むだけ)か「政府のせい」で済まされる、という知的怠慢がそうでした。 もっとも、これは「我々知識階層の声が有権者らに全く伝わっていない!」というヒステリー反応のようなものだったのかも知れません。しかしだからといって、別に彼らが印刷・放送メディアの前線から撤退したわけではありません(福田和也さんは例外的に、『週刊新潮』での政治的発言を一時封印されましたが)し、むしろエスタブリッシュメント側の一員としての自覚を強めただけにも映りました。 ともあれ、2005年9月の衆院総選挙で小泉自民党を圧勝させたのは、フリーターやニートのような「下流」の若者である――との分析は、単なるデマだったようです。マスメディアは大衆的狂気を作りました――ただし現実に選挙結果に反映する形で、ではなく、事後的な(誤‐恣意)分析による承認という形で、あくまで仮想的に。 そこから議論が進んでいれば、今の言論空間の景色も少しは変わっていたと思うのですが、いかがでしょうか。 ※なお、当稿は特定の社会層に対し、その05年郵政選挙での投票行動への責任を問うものではありません。そうした目的を有する情報への一般論的検証こそが主眼です。 |
05年総選挙関連
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