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“これらの背景には、すべて「国益のため」という大義(と称するもの)がある。電力の安定供給は国家経済の要である。これに反対するものは非国民だ、という居丈高な主張がある。非国民という言葉も実際に使われたが、頻繁に使われたのが、地域エゴという言葉だ。「迷惑施設」を引き受けるのを拒みながら、自分はその“恩恵を享受し”、日本の高度経済成長による繁栄にあずかろうとする。これはエゴだという。実際には電力の大消費地は、東京などで、これら地域は一方的な供給地域にすぎないから、「恩恵云々」は、暴論と言ってよい議論である。つい最近でも、巻原発(東北電力、新潟県巻町)の住民投票(反対派が勝利)の時(一九九六年八月)には、「一地域の住民の意向で国家のエネルギー政策が左右されてしまうのはいかがなものか」という官僚、政治家、学者の意見が声高であった。”(高木仁三郎『市民科学者として生きる』1999、岩波新書、p.202)
“水俣高校に公害教育に大変熱心な先生がいました。この先生がある日、智子さんのあの有名なユージンの「母子像」の写真を示して、いかに環境問題が大切か、環境を護らないとこのような不幸な子どもが生まれるということを話しました。ところが、その教室には智子さんの一番下の妹がいたのです。その妹が手を挙げて「その写真はわたしの姉です。姉のことをそんな風に言わないでください」と泣きながら発言したそうです。その教師はもともと差別の問題や公害問題に熱心な教師でした。その発言でこの教師は頭をガーンと殴られた感じがしたと言います。そして、今まで自分たちがやってきた運動は何だったのか深く反省させられたそうです。この教師は一から出直そうと考えました。わたしにとっても今までの水俣病の反公害キャンペーンを考え直す一つの契機になりました。”(原田正純『宝子たち 胎児性水俣病に学んだ50年』2009、弦書房、p.27) |
雑記
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●“被爆者7割「不安」/都内在住者にアンケート”(2013年7月26日付『朝日新聞』朝刊、東京面)
“都内在住の広島・長崎の被爆者の7割が「被爆者特有の不安」を感じていることが、都内で暮らす被爆者らでつくる都原爆被害者団体協議会(東友会)の調査でわかった。現在かかっている病気と被爆の因果関係や、放射線による子や孫への遺伝的影響への心配といった事例が多数を占めた。/東友会が25日発表した。調査は今年1〜2月、都内在住の被爆者健康手帳取得者(6476人)のうち、同会が把握する4805人に質問項目を郵送。1795人から回答があり、回収率は37.4%だった。/「被爆したことで、不安を感じることがあるか」との問いに対し、「いつも不安」「少し不安」「ときどき不安」との回答は1251人(69.7%)あった。/不安の内容(複数回答)については、「具合が悪くなると、被爆のせいではと気になる」(44.4%)、「子供や孫の健康や将来が不安」(37.3%)、「いつ発病するか不安」(27.2%)が多かった。/不安の程度は、現在の健康状態とも関連し、治療中の病気が多ければ多いほど不安を感じる傾向があった。また、通院や入院、寝たきりの状態となっている人が7割おり、心臓疾患、がん・白血病などの罹患率が、他の都民と比べて高かったという。/同会の山本英典副会長は「(行政の)施策に生かす道を今後探りたい」と話した。 (渡辺洋介)” |
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(東京都府中市、多磨町東公園の遊具) |
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暑い日が続きますが、こんな夏のさなか、やはり抗しがたく魅力を感じてしまうのは怪談、そして胆試しですよね。
でも物凄い怪談に接してしまったり、行ってみたら本気でやば気な心霊スポットだったりした後、「なんか…憑いて来ちゃったのかな……」という不穏な感覚を引きずってしまうケースも、たまにあったり。 そんな「きっぱりアウトではないのだろうが、でも何んか気持ちわるい」という時、私は塩を舐めたり、頭と肩に軽くふりかけてから、両手で肩から胸の辺りへとパッ、パッ、パと何かをはたき落とすようなイメージの動作をしておいてみたりもするのですが、「ていうか塩無いし……」という際には、とりあえず排病濁気法という気功(で私の知る数少ないうち)のひとつをやっておくことにしています。 ――と、いかんせん私のブログですのでこんなご紹介になってしまいましたが、正しくは軽い体調や気分の不良に効果のある気功……だったと思います 皆さんも「ちょっと気が滅入ったかなー」という際など、これをお試しになってみてはいかがでしょうか ★排病濁気法のやりかた a.足を肩幅に広げ、両足は平行にして立つ。 b.両手を大きく広げ、両てのひらを頭上5cmぐらいの辺りに持って行く(頭上での両てのひらは下向き、両手の指は自然に開いた状態に、左右の指先が向き合う感じで)。 <○> | ∧ (棒人間的にはこうなります) c.そのまま両てのひら同時に、前→右→後ろ→左→前→…、と頭上に円を描くように、21回まわす。 d.息をゆっくり吐きながら、両てのひらを下向きの状態のまま、顔の前→胸の前→…と体内の邪気を押し出すイメージをしながらじわじわ下げて行く。 e.更にゆっくり息を吐きつつ、前かがみになりながら、お腹の前→両膝の前→両足の前、と邪気を下へ下へと押し下げ、それで足の裏から出て行く邪気は大地に吸い取ってもらっているようなイメージをしながら下げて行き、息を吐き切る。 f.b〜eを3回繰り返す。 では、良い夏を(*^-゚)b |
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“同じ播磨でも、沿海地帯は子供組の組織が明確で、その名称は「小若」、「子供組」、「子供連中」、「子供仲間」などといい、頭(カシラ)分を「子供〈がき〉大将」、「帳元」、「帳じめ」、「子供頭」などとよんでいる。しかし少し離れた平野地帯の村や、山地の村では、とくに小若とか子供組というような明確な組織がなくなった。それでよく「子供組」はないとか、なくなっているとか速断されるが、そうではないのだ。(中略)そうした村で、この村に「子供組」がありませんか、とノート片手にペンをもって尋ねてみても、サアおまへんなあ、と答えられるにきまっていた。おっさん、子供の大将やっとる奴おらへんか。おーい、この頃、ガキ大将やっとる奴どいつや、とどなってくれると、まもなく子供がガキ大将を連れてきてくれる。彼は、立派な子供組の大将であり、「頭〈かしら〉」であった。お前ら、どこで集まるんや。三本松の下や。七夕、どないするんや。みんなでオカキやアラレもらいに行く。どない分けるねん。上のモンからヨウケとる。赤ン坊でもわけたるぜえ。(中略)というぐあいで、ちゃんと子供組のあるのがわかる。(中略)相当の民俗採取の経験者でも、子供組のない村が多いと思っているようだが、私の経験では子供組のない村などほとんどあるまい。彼らの調べ方があまりにも古典的なため、その実態がわからないだけのことである。”(赤松啓介『差別の民俗学』2005、ちくま文芸文庫、p.195〜197(1995、明石書店から刊行されたものの文庫化))
――これで逆の事例体験を思い出したのですが、十年ほど前にある国で、「街でよく見る不具の物乞いは、物乞いとして有利になるよう親にそうされたのだ」との説が、外国人やその国の富裕層の間で定説的に囁かれていました。でも私の通うタバコ屋の辺りでよくたむろしていた、片脚のない物乞いの少年が仲良くなってから私に語るに、「ずっと前、トラックにひかれて、切るしかなくなって」。それを後日、他のその国の知人に話すと、「そうそう、大体は事故の犠牲者でしょう。あとは何か犯罪を犯して、刑罰を受けてそうなった人も少しまじっているかも」。そこで先の定説的噂を軽く振ってみたところ、まさに「ないわー」というリアクションでした。 「現地で聞いた声」もその採取者の在り方に、いろいろ依ったりするわけです。 |




