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夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。http://homepage3.nifty.com/nmura/

エッセイ

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日々思う小さなこと。
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仕事論

みなさんは今、自分のしたい、やりたい仕事をしているだろうか。学生ならば、自分の興味のあることを学んでいるだろうか。

僕は少なくとも自分のやりたい仕事はしていない。僕の好きな仕事は物書きであり、今の仕事はシステムエンジニアである。では、なぜ好きではない今の仕事を続けているのか。

一つは、経済的な問題。
これに関しては、誰も否定はしないと思う。生きていく上で、稼ぎを得ることは避けては通れない道である。それが好きか、嫌いかは別問題である。
もう一つは、世の中のニーズ。
これが今回、僕の言いたいことである。
仕事というものは、世の中のニーズが作り出している。いくら自分が好きだから、興味があるからといっても、世の中に必要とされていなければ、それは仕事としては成り立たないのである。プロとしてお金を稼いでいる以上、自分の感情だけではやっていけない。
趣味と仕事の違いは、就職活動の時に嫌というほど気付かされた。

世の中に僕が必要とされている。世の中には僕を必要としている人たちがいる。そう思うと、今の仕事は辞められそうにない。
世の中のニーズがあるうちは、今の仕事を続けようと思う。もしこれから先、物書きに、より世の中のニーズを感じるようになったら、その時は誇りを持って、物書きとして仕事をしていきたいと思う。それまでは、物書きは趣味の範疇を超えられないのだ。

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春の向日葵

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人通りの多い商店街や路地裏などには必ずと言っていいほど、アクセサリーや小物を並べている外国人や、色紙やハガキに詩やイラストを書いている若者、怪しい雰囲気を醸し出している占い師などがいる。

先日難波の街を歩いていると、地べたに数十枚の絵を置いて、それらを売っている絵描きがいた。皺の深い、40歳くらいの外国人だった。
普段の私ならば一瞥もくれずに通り過ぎるのだが、何故か今回は足を止めて、ふらりと絵を眺めてみる気になった。見るだけならばお金は取られないし、ちょっとした冷やかしのつもりだった。

並べられていたのは全部油絵で、素直に、どれも上手だと思った。その中でも特に向日葵の絵に惹かれた私は、手にとって絵に触れてみた。
何重にも塗り込まれた向日葵は、夏の日差しを一身に浴びて、力強く咲いていた。そして、私を温かい気持ちにさせてくれた。
「向日葵の黄色は幸せの色です」
絵描きのおじさんは私に話しかけてきた。
おじさんの話によると、この絵はおじさんの友達の絵ということ、この絵を書くのに8時間かかったということだったが、芸術品というものは、誰が作ったか、どれだけ時間やお金を費やしたかではなく、自分がどう感じるかだ。
手軽に買える少し小さいサイズの絵もあったが、いまいち私の心には響いてこなかった。
「自分が見て、気に入った絵を買うのがベストですよ」
達者な日本語でおじさんはそう言った。その言葉に後押しされるように、私は向日葵の絵を買うことにした。

家に帰って、殺風景だった部屋にさっそく飾ってみた。普段は焚いたことのないお香にも火をつけた。一枚の絵と微かな香りでこんなにも部屋の雰囲気が変わるから、不思議だ。妙にセンチメンタルな気持ちにさせてくれる。
春先に出会った向日葵は、これからも咲き続けるだろう。私の心の中でいつまでも、そして希望の光が差す方へ向かって。

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麻雀と仕事

以前、先輩から麻雀でリーチをかける条件と言うものを伺ったことがある。
その先輩によると、
1.順目が早い
2.得点が高い
3.待ちがいい
この3つの条件のうち、2つを満たすと迷わずリーチをかけるそうだ。
なるほど。これには確かにうなずける。

つい先日、ふと仕事を続ける条件と言うものを考えたことがある。
それは、
1.やりがいがある
2.時間が持てる
3.お金が稼げる
この3つの条件のうち、2つを満たすと仕事として続けていけそうな気がする。

麻雀と仕事。一見全く関係ない両者に思えるが、こう考えると意外な共通点があるのかもしれない。

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もうすぐ丸2年が経とうとしている。
片道1時間30分、往復3時間。一日の1/8を占める通勤時間にももう慣れた。

都会に勤めている人の多くは、電車で通っていると思う。そこで気になったのが、みなさんは電車の中で一体何をして過ごしているのだろうか、ということである。
ある人はスポーツ新聞を広げるだろう。また、ある人は最近話題になっている本を読むだろう。もしくは、好きな音楽を聴くかもしれない。あるいは、寝ることも十分に考えられる。景色を眺めたり、ぼんやりとしたりするのだって悪くない。

しかし、よく考えてみると大変なことに気付いた。
1年間の出勤日を240日とすると、この2年間で実に1440時間もの間、電車に乗っていた計算になるのだ。寝たり、ぼんやりとしたりして過ごすのはあまりにももったいない。

電車の中での行動は限られているから、この間にできることと言えば前述のようにごくわずかしかない。だが、人間は誘惑に弱い生き物だから、行動が制約された電車の中でしかしないことがあると思う。そういう意味では、通勤時間がとても貴重な時間のように思えてくる。普段できないことができる場所。日頃やらないことができる場所。
自分の部屋ではめったに本を読まない私が、電車の中では必ず本を読もうと決意したのは、つい最近のことである。
電車の中の過ごし方ひとつで、自分の人生の終着駅が決まるといっても決して過言ではない。

そんなことを、今日の通勤時間で考えてみたのだが、どうだろうか。

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スタート

ブログ始めました。
日々思う小さなこと、趣味(旅行・読書・競馬・スロット・麻雀など)について書いていきたいと思っています。

みなさまどうぞよろしくお願いいたします☆

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