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*青備え筆頭 富永氏の居城* 土肥「高谷城」(静岡県伊豆市大薮(旧土肥町大薮)) 富永氏は、元室町幕府奉公衆で、堀越公方足利氏奉公衆を経て、延徳三年(1493)北条早雲(伊勢宗瑞)に服属し、北条氏家臣となった。 西伊豆土肥を本拠に武蔵・相模合わせて1383貫文余の所領を有し、江戸衆寄親で江戸城代、栗橋城代などを務め、北条五大老の一人であり、五色備えの「青備え」を率いて西伊豆水軍の中核を担い、弘治二年(1556)の里見水軍との三浦三崎沖海戦や永禄七年(1564)正月の国府台合戦の参戦また天正八年(1580)の武田水軍との駿河湾沖海戦にも参戦しているようである。 小田原合戦では韮山城に援軍として籠城したとされているが、定かではない。 「高谷城」の所見の文献史料は土肥神社所蔵の文書「基氏伝帖」のみである。 土肥港漁協駐車場付近よりの「高谷城」遠望 「高谷城」縄張り図 (「ふるさと古城の旅」(水野茂氏著)の縄張り図に着色、加筆) 第二部へ続く |

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