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更に一年が過ぎ、夜の遊撃隊のメンバーもそれぞれ就職し、川原以外は顔も出さなくなった。興味本位で劇場に勤めた藤森が、その世界に完全に染まったことを意識して、足が遠のいたこともあったが、学生時代との明確な区切りをつける意味もあった。戦うジャーナリストを宣言し新聞社に勤めた川原は、静花の代理人から解放されたが、両親が息子藤森恭継を突き放したことを意味した。
理子と生活を共にして藤森は幾つも不可解な思いに駆られることがあったが、その一つが両親や家族の話題がないことであり、また、藤森の家族のことを訊かないことであった。両親に手紙を書いてと言ったことも何時しか忘れていた。 理子の喜怒哀楽の軸は藤森であり、自分のことさえも意識の中には存在しないようであった。傍から見れば失笑さえ誘う奇異なる理子の言動は、理子の踊り子としての評価でうち消された。理子は舞台にひたむきであった。アンジュラとの中は疎遠になっても思い出したように特訓がはじまったり、時には専門の振り付け師の門を叩いた。 しかし、全てが順調に進むことはなかった。 藤森が理子の為に自らを楯にしたのは、愛の余韻に浸る時雨降る夜半過ぎであった。荒々しくドアを叩く音に顔を見合わせた。立ち上がる藤森を理子が引き止め「放っておきなさい。こんな夜中に」と言い、藤森を引き寄せた。理子は時ならぬ横暴な客が劇場関係者で、藤森に用事があって来たと決め付けたが、ドアを開けるとなだれ込むように入ってきたのは踊り子の群れであった。 映画のシーンを連想させるような奇抜な集団は、ドアを開けた藤森は目にも止めず奥へと進んだ。先頭に立つ踊り子は良く知っているし、他にも知っている踊り子がいるだけに不気味な気がした。その中の一人が胸に手を合わせ、口を動かし首を振った。藤森は微かに声を潜め、「何があったのだ」と訊いたが、奥のがなり声に返事は掻き消された。 「今までちちくり合っていたわけで。世間様の評判通り中のよろしいことで」 群れの先頭に立つリリー里見は、凶器の飛び出しナイフを掌で玩びながら言った。ベットカバーにくるまる理子を睨み付ける表情は、その場面を想定し何度も練習したと思われるが、悲しいほどに様になっていなかった。問われもがなに語る、高校でスケバンを張っていたとの自己主張も化粧を落とした顔には不釣り合いで、澱んだ部屋の空気を空しく震わせるだけだった。スケバン映画から借りてきたようなセリフは、夜中に集団で乗り込んできた目的を説明するものでは無く、焦点も定まらず空回りしていた。 「どうしたのお姉さん」 理子は冷静に踊り子の礼をつくした。 「惚けるんじゃないよ。ずにのりやがって」 リリーは理子のくるまるベットカバーを剥ぎ取った。 全裸の理子はベットの上に立った。 揶揄いの声が沸き起こり、「やってられないよ」と言った踊り子は、「途中で邪魔して悪うございました」とベットカバーを理子に投げつけた。平然とベットカバーをはね除けベットを降りた理子にリリーがナイフを斬りつけようとした瞬間藤森が立ちはだかった。 「格好付けるんじゃないよ、怪我をしたくなかったらどきなよ、それともあんたが落とし前を付けるというのか、マネージャーさんよ」 リリーは飛び出しナイフを掲げて言うと、鈍い音とものに飛び出したナイフを藤森の喉元に突き付けた。 恐怖心が藤森の体を凍りつかせたが、それは一瞬のことであった。恐怖心は直ぐに消え、沸き上がる怒りとは裏腹に、揺るぎない使命感に心は冷静になっていた。 「何で怒っているか知らないけど、お兄ちゃんは関係ないわよ。お兄ちゃんに指一本触れたレ許さないからね」 藤森の前に出た全裸の理子はリリーナイフを持つリリーの手を押さえようとした。理子を払いのけて一歩下がったリリーが再びナイフを翳して理子に斬りかかったが藤森が受け止めた。ナイフは藤森の胸元でとまったが、切っ先が肉を切り微かな血が滲んだ。 「理由など関係ない。理子には向けられた刃は俺が受け止める。理子は俺が守る」 藤森は自分でも驚くほど静かな口調で言った。 「何を騒いでいるんだ夜中に」 久山の声に部屋の中の張りつめたものが一瞬に消え、切り取られた画面のように全ての動きが止まったが、理子は泣き叫びリリーを押し倒し藤森をベットに座らせた。藤森の傷は浅かったが、理子の心の傷は深かった。しかし、藤森が自分を守ると言った一言が理子の心の傷を癒すのには十分な効果があった。 リリー里見は社長高山の甥の女だった。姉妹店の開場が決まり、専務の肩書きを持つ甥は新しい劇場で実質的な社長と言うことになる。当然藤森にとっては上司になる。その縦の関係をことさら主張するリリーにとっては、理子は藤森の女であり自分の配下同然である。その単純な思考回路では理子は自分に従うのが当然だ。しかし、そんなことにこだわる踊り子はいない。踊り子理子にとってそんなことは関係ないし、まして藤森は自分に属するものであって劇場の上下関係など関係なかった。 その単純で狂気な騒動で、理子はフリーになり、藤森も劇場をやめ、本格的なマネージャー業になった。 部屋も引っ越し新たな出発をしても、理子の生活リズムは変わらなかった。 マネージャ業に専念す藤森は車で理子の送り迎えをしても時間を持て余すようになった。劇場関係者とも付き合いもなくなった藤森にとって、地方回りのジャーナリスト川原だけが唯一の友達であった。暇を持て余す藤森に川原は大学への復帰を進めたが、大学復帰は父親へ従属を意味すると思っている藤森は興味を示さず、逆に理子の興味を示し、「お兄ちゃん、私の言うことを聞きなさい」と藤森を促した。 |
スッピン
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心に沸き上がったことか言葉になり行動になる。
心も言葉も化粧などしない。
ありのままの素顔で、好きだから好きと言い、、、。
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藤森は憂鬱な日を送っていた。誰かと話している時は気負ってみても、一人になると虚脱感に嘖まされ、耳朶の底から理子の声が響いてきた。仕事中も何度も部屋に帰っていたが、理子の匂いに満ちる部屋は、、何処からともなく理子の声が聞こてきた。寝ていても何度も理子に呼ばれて飛び起き、その後は寝れずに朝まで座り込んでいた。一週間も過ぎると部屋にいるのも厭になり、喫茶店のウエイトレスと付き合い始めてた健二にホテル代わりに使わせ、自分は楽屋で寝るようになった。 |
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未成年者理子は保護者の元に返される。鑑別所や少年院に送られても、最終的には保護者の元に返される。藤森が郡山にいても何の力にもなり得ないし、逆に自分にも未成年保護条例等の法的裁きが及ぶ危険性もある。それでも藤森は安穏とした一日を過ごし、劇場関係者から冷ややかな目と嘲笑を浴びた。 |
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目まぐるしく変わる天候は一雨ごとに春の陽気を運んできた。南国からの桜便りも聞こえはめる3月半ばを過ぎると、川原は何度も藤森に両親との話し合いを迫ったが、藤森は苦笑を漏らすだけだった。業を煮やした川原は、理子との直談判を試み、
「理子さん、藤森の両親に会って、ちゃんと話しをして、仙川のマンションに住んだら。理子さんは仕事を続け藤森は復学する」 性急過ぎたかと悔やみ理子の様子を伺う川原は、 「藤森の母親も理子さんに会いたがっているし、早いほうがいいと思うけど」 「川原さん恋人いないの、今度紹介してあげるね」 微笑む理子に、返す言葉を失った川原は、自からが最後の審判を受けているような不可解な思いにとらわれ、これ以上の介入は不可能と悟った。理子にとっては藤森との関係は何者にも侵されない絶対条件であり、そのことだけは誰の介入も許さない厚い扉で閉ざされている。恋や愛を越えた宗教的なものと思った自分の考えが正しかったと川原は確信した。難しい教義や何かが支配のではなく、幼稚な宗教的思いこみが支配する乙女的幻想を、絶対的なものと信じている。 昨日の雨が嘘のような小春日和の初日、早めに乗り込んできた理子は、録音のために照明室にいる藤森の足元に座り込んでいた。子猫が飼い主にじゃれるように、決してじっとはしていない。 「なあ、突然で悪いけどよ、来週は横浜ではなく、福島のここら落としに言ってくれないか。色々あって断れないから、皆で行ってくれよ」 禿げ上がった頭を掻きながら、高山は照明室に身を乗り出して言った。 「いいわよ社長、お兄ちゃんと一緒なら何処でも行くわよ」 「しょうがないな」と呟いた高山は、藤森に郡山行きを命じた。 ナイトショウで珍しく揃ってきた夜の遊撃隊で食事をしても、三人の目的を知る藤森の会話はそぞろであった。藤森と理子への如何なる忠告も提案も無意味だと確信している川原は、頻繁に上京する藤森の母親静花の姿を見ると言いしれぬ罪悪感に嘖まれた。その罪悪感で「お前達も協力しろ」と二人を誘ったが、最初から無駄なことだと分かっていた。 「大学さえ戻ったら、一年騙していたことは何とか説得できるけど、、、」 と、静花は藤森の復学以外に父親との関係の修復はないと言わんばかりだが、政治的野心に燃える傲慢な父親が、異界に身を置く息子を許すとは思えなかった。それでも、何もしないで静花に会うことには出来なかった。例え無意味なことでもやったとと言う事実があれば、静花と向き合い慰めることも出来ると川原は思っていた。 「何よ、お兄ちゃん、川原さんも、黙って来るなんて」 舞台を終わって、息せき切った来た理子が笑顔で言った。 「いや、黙っていたわけではなく、久し振りに四人揃ったから、、、」 川原は他の三人の顔を見ながら言った。 「そう、私は邪魔な訳ね。ねえ、川原さん私の踊り見た」 「はい、見させていただきました。素晴らしかったです」 川原は二人に同意を求め頷いた。 「そうでしょう。見たのは踊りだけでしょうね」 「勿論、それ以上は仁義に反しますから」 戯ける川原は、三人が今年は最後の大学生活になるので、色々大変などと理子の関心を大学へ引こうと試みたが、 「川原さん、私たち来週福島に行くのよ。新婚旅行に行く気分だわ。十日間ホテル暮らしよ。羨ましいでしょう」 「羨ましいね。理子さんが仕事の間、藤森は何しているんだ」 川原は藤森に言った。 「お兄ちゃんは私と一緒でしょう。川原さんも行きたいでしょう」 「行きたいね」 「じゃ行きましょう。でもずっとはだめよ、1日だけ泊めてあげるわ。私邪魔でしょう行くね」 ドアーの前で立ち止まった理子は「川原さん約束よ」と笑って出て行った。 川原が二人と一緒に行くのが、恰も既成事実のようであった。誰も口を挟まなかった。大学は休みで問題はないが、四人は狐に摘まれたように誰かが口を開くのを待っていた。 車で二人を郡山まで送った川原は、約束通り一泊して帰ってきたが、劇場関係者や他の踊り子とそのマネージャへの藤森の対応を見ると、顕かに描く自分とは隔絶した世界で生きていると実感し、藤森は自分たちの元へは帰らないと確信した。 藤森からの電話で管理人に呼ばれたのは、次の日の朝だった。声を覚えている管理人から「藤森君だよ」と言われたが信じられなかった。 「どうしたんだ何かあったのか」 川原は喧嘩でもしたのかと訊きたかったが、そんなことはあり得ないと思った。 「警察だ。手入れがあって理子も連れて行かれた」 藤森は顕かに憔悴している感じだが、藤森らしからぬ明確な決意のようなものも感じさせた。 「それでどうなるんだ」 「どうなるかな。理子は未成年だからな。劇場の人は心配ないと言っているけど」 様子を見て連絡すると藤森は電話を切った。 川原は未成年の理子が簡単に出てくるとは思わなかった。藤森は一人で帰って来るか、それとも何らかの罪に問われるのか判断できなかった。分かっていることは、理子が藤森と共に帰って来ることはない、と言うことだけだった。母親静花に取っては僥倖が舞い込んだことになりそうだと川原は思った。 藤森は何回も警察に面会に行ったが取り合ってもらえなかった。劇場関係者はそんな藤森に同情はするが、未成年者のマネージャへの嫌みも忘れなかった。自分の立場もわきまえろと暗に言い、警察は弁護士に任せて帰った方がいいと言った。 弁護士は直ぐに両親に連絡して来てもらへと言ったが、藤森は理子の実家の住所も知らなかった。呆れた弁護士は、 「警察では未成年者を食い物にしているヒモだと思っているから、貴方を逮捕することも出来る、しかし、本人が貴方を庇っているようだ、後は自分がやるから、貴方がいないのが最良の策だ」と言った。 |



