風と共に

揺れて揺られて、何気ない言葉が膨れ上がる。

スッピン

[ リスト | 詳細 ]

 何時でも素顔のままだ。
 心に沸き上がったことか言葉になり行動になる。
 心も言葉も化粧などしない。
 ありのままの素顔で、好きだから好きと言い、、、。 
記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]

スケバン

 更に一年が過ぎ、夜の遊撃隊のメンバーもそれぞれ就職し、川原以外は顔も出さなくなった。興味本位で劇場に勤めた藤森が、その世界に完全に染まったことを意識して、足が遠のいたこともあったが、学生時代との明確な区切りをつける意味もあった。戦うジャーナリストを宣言し新聞社に勤めた川原は、静花の代理人から解放されたが、両親が息子藤森恭継を突き放したことを意味した。
 理子と生活を共にして藤森は幾つも不可解な思いに駆られることがあったが、その一つが両親や家族の話題がないことであり、また、藤森の家族のことを訊かないことであった。両親に手紙を書いてと言ったことも何時しか忘れていた。
 理子の喜怒哀楽の軸は藤森であり、自分のことさえも意識の中には存在しないようであった。傍から見れば失笑さえ誘う奇異なる理子の言動は、理子の踊り子としての評価でうち消された。理子は舞台にひたむきであった。アンジュラとの中は疎遠になっても思い出したように特訓がはじまったり、時には専門の振り付け師の門を叩いた。
 しかし、全てが順調に進むことはなかった。
 藤森が理子の為に自らを楯にしたのは、愛の余韻に浸る時雨降る夜半過ぎであった。荒々しくドアを叩く音に顔を見合わせた。立ち上がる藤森を理子が引き止め「放っておきなさい。こんな夜中に」と言い、藤森を引き寄せた。理子は時ならぬ横暴な客が劇場関係者で、藤森に用事があって来たと決め付けたが、ドアを開けるとなだれ込むように入ってきたのは踊り子の群れであった。
 映画のシーンを連想させるような奇抜な集団は、ドアを開けた藤森は目にも止めず奥へと進んだ。先頭に立つ踊り子は良く知っているし、他にも知っている踊り子がいるだけに不気味な気がした。その中の一人が胸に手を合わせ、口を動かし首を振った。藤森は微かに声を潜め、「何があったのだ」と訊いたが、奥のがなり声に返事は掻き消された。
 「今までちちくり合っていたわけで。世間様の評判通り中のよろしいことで」
 群れの先頭に立つリリー里見は、凶器の飛び出しナイフを掌で玩びながら言った。ベットカバーにくるまる理子を睨み付ける表情は、その場面を想定し何度も練習したと思われるが、悲しいほどに様になっていなかった。問われもがなに語る、高校でスケバンを張っていたとの自己主張も化粧を落とした顔には不釣り合いで、澱んだ部屋の空気を空しく震わせるだけだった。スケバン映画から借りてきたようなセリフは、夜中に集団で乗り込んできた目的を説明するものでは無く、焦点も定まらず空回りしていた。
 「どうしたのお姉さん」
 理子は冷静に踊り子の礼をつくした。
 「惚けるんじゃないよ。ずにのりやがって」
 リリーは理子のくるまるベットカバーを剥ぎ取った。
 全裸の理子はベットの上に立った。
 揶揄いの声が沸き起こり、「やってられないよ」と言った踊り子は、「途中で邪魔して悪うございました」とベットカバーを理子に投げつけた。平然とベットカバーをはね除けベットを降りた理子にリリーがナイフを斬りつけようとした瞬間藤森が立ちはだかった。
 「格好付けるんじゃないよ、怪我をしたくなかったらどきなよ、それともあんたが落とし前を付けるというのか、マネージャーさんよ」
 リリーは飛び出しナイフを掲げて言うと、鈍い音とものに飛び出したナイフを藤森の喉元に突き付けた。
 恐怖心が藤森の体を凍りつかせたが、それは一瞬のことであった。恐怖心は直ぐに消え、沸き上がる怒りとは裏腹に、揺るぎない使命感に心は冷静になっていた。
 「何で怒っているか知らないけど、お兄ちゃんは関係ないわよ。お兄ちゃんに指一本触れたレ許さないからね」
 藤森の前に出た全裸の理子はリリーナイフを持つリリーの手を押さえようとした。理子を払いのけて一歩下がったリリーが再びナイフを翳して理子に斬りかかったが藤森が受け止めた。ナイフは藤森の胸元でとまったが、切っ先が肉を切り微かな血が滲んだ。
 「理由など関係ない。理子には向けられた刃は俺が受け止める。理子は俺が守る」
 藤森は自分でも驚くほど静かな口調で言った。
 「何を騒いでいるんだ夜中に」
 久山の声に部屋の中の張りつめたものが一瞬に消え、切り取られた画面のように全ての動きが止まったが、理子は泣き叫びリリーを押し倒し藤森をベットに座らせた。藤森の傷は浅かったが、理子の心の傷は深かった。しかし、藤森が自分を守ると言った一言が理子の心の傷を癒すのには十分な効果があった。
 リリー里見は社長高山の甥の女だった。姉妹店の開場が決まり、専務の肩書きを持つ甥は新しい劇場で実質的な社長と言うことになる。当然藤森にとっては上司になる。その縦の関係をことさら主張するリリーにとっては、理子は藤森の女であり自分の配下同然である。その単純な思考回路では理子は自分に従うのが当然だ。しかし、そんなことにこだわる踊り子はいない。踊り子理子にとってそんなことは関係ないし、まして藤森は自分に属するものであって劇場の上下関係など関係なかった。
 その単純で狂気な騒動で、理子はフリーになり、藤森も劇場をやめ、本格的なマネージャー業になった。
 部屋も引っ越し新たな出発をしても、理子の生活リズムは変わらなかった。
 マネージャ業に専念す藤森は車で理子の送り迎えをしても時間を持て余すようになった。劇場関係者とも付き合いもなくなった藤森にとって、地方回りのジャーナリスト川原だけが唯一の友達であった。暇を持て余す藤森に川原は大学への復帰を進めたが、大学復帰は父親へ従属を意味すると思っている藤森は興味を示さず、逆に理子の興味を示し、「お兄ちゃん、私の言うことを聞きなさい」と藤森を促した。
 

ブランド品

 藤森は憂鬱な日を送っていた。誰かと話している時は気負ってみても、一人になると虚脱感に嘖まされ、耳朶の底から理子の声が響いてきた。仕事中も何度も部屋に帰っていたが、理子の匂いに満ちる部屋は、、何処からともなく理子の声が聞こてきた。寝ていても何度も理子に呼ばれて飛び起き、その後は寝れずに朝まで座り込んでいた。一週間も過ぎると部屋にいるのも厭になり、喫茶店のウエイトレスと付き合い始めてた健二にホテル代わりに使わせ、自分は楽屋で寝るようになった。
 「よう藤森、電話しろよ」
 高山は毎日同じ言葉を繰り返し、
 「ほっといても来るよ」
 久山は藤森を慰め、「生学、お前の方が参っているな」と断言した。
 「どうでもいいですよ」
 精一杯の虚勢を張って藤森は反発したが、
 「心にも無いことを言うなよ生学、部屋も健二の女が泊まり込んでいるようだが、そろそろけじめ付けていた方がいいぞ。お前んとこはきついぞ。帰ってきたら一悶着あるぞ」
 と、久山は何度も念を押した。 
 川原は頻繁にやってきて、静花の代理として復学を促すが、その度に藤森は母に言った「一緒だよ」という言葉が蘇り、母の要求を完全に拒絶した。マザコンだ、フャザコンだと川原に言われても気にならないが、静花は毎月上京し川原に嘆きの言葉を吐き月謝を置いていくのは哀れであった。父親が完全に自分への介入を諦めたと確信し開放感も感じたが同時に寂しさも感じた。
 その日は、梅雨時のようにねっとりと篠付く雨が降っていた。早めに目覚めた藤森は何となく気になり部屋を見に行った。健二と恋人洋子はまだ寝ていた。健二は十二時過ぎの出勤で洋子は遅番なら起こすのも可哀想な気がして帰ってきた。駅前のタクシー乗り場には長い列が出来ていた。平日の午前中だから雨でもタクシー待ちの列は出来ないはずだと思い、駅の階段に向かって歩いて行った。タクシー待ちの列の側を通り、階段を見上げると何度も階段から降りてくる理子を待っていた藤森が、理子が降りてくるような錯覚に陥った。何時でも藤森を見ると、「お兄ちゃんどうして上がって来ないの」と言いながら理子は慌ただしい足の運びで降り来た。
 「彼女きっと帰ってくるよ」
 片手に傘を、片手にケーキを持つ、照明の千葉ちゃんが立っていた。
 「ええ、まあ帰ってくると思うけど」
 照明に命をかけている年齢不詳の千葉ちゃんに言われると、藤森の心の気負いは消えていった。小柄な千葉ちゃんが怒ったのは見たことがない。怒られると惚けたような顔をして目を白黒させる。その顔が気に入らないと言っては更に怒られるが、その時、千葉ちゃんの意識は吹っ飛び、頭は真っ白になると藤森は思った。大男の健二が小男の千葉ちゃんに本気で拳を振り上げたことがあった。千葉ちゃんは驚いた様子もなく、逃げる気配さえ見せずにキョトンとしていた。藤森は健二に飛びついて必死に止めたが、千葉ちゃんにはその現実は見えてないと思った。
 「ケーキやるよ藤森君、心配しないで今日あたり帰ってくるかも知れないよ」
 千葉ちゃんはケーキを藤森に渡すと劇場に向かった。
 千葉ちゃんは理子の帰りを待ち望んでいる。理子は何かと千葉ちゃんを気遣っていた。同郷のよしみだけでは説明できない理子の優しさを感じる千葉ちゃんは、藤森に連帯感を持っていた。藤森の代わりに、自分の休憩時間を犠牲にして照明室に閉じこもることは何度もあった。
 それから四時間後のことであった。
「やばいぞ藤森、帰ってきたバイ。部屋のものを雨の中に放り出しているバイ。うちのレコは顔を真っ青にして逃げてきたバイ」
 息せき切って照明室に走り込んだ健二は、咄嗟の時に出る九州弁で言った。健二の掲げる小指を見て、無意識に立ち上がった藤森に変わって千葉ちゃんが投光器を持った。
 廊下には多くの荷物が散らばっていた。殆どが健二と恋人洋子のものであった。開け放たれた部屋に入ると食器類の破片が散らばり足の踏み場もなかった。奥からは理子のすすり泣く声が聞こえた。陶器の破片を押し退け奥の部屋に行くと、理子はベットに俯して泣いていた。開け放された窓から微かに雨が吹きこんで、割られたレコードの上に滴が浮かんでいた。
 藤森は黙って理子を見詰めいた。
 理子は藤森の気配を感じている。
 「理子」
 藤森は呟くように声をかけたが、理子は動かなかった。
 「お兄ちゃん。此処は誰の部屋なの」
 俯したまま理子が言った。
 「ごめん」
 と藤森が言うと、理子の手が伸びて藤森を招いた。
 一気に引き寄せられ組み敷かれた藤森は、理子に従うしかなかった。   
 理子は郡山の警察から直ぐに両親に引き取られ実家に帰った。話の内容から推察すると、藤森が郡山にいた時に理子の両親は郡山に来ていた。弁護士が嫌みなことを言っていたのは両親と会った後だった。理子が弁護士に頼んだのか、それとも両親が藤森に会いたくなかったのか、その両方だと藤森は思ったが、弁護士や劇場関係書の対応には不可解なことが多かった。
 理子が劇場に顔を出したのは三日後であった。
 何もなかったかのように平然と挨拶した理子に、
 「悪かったな、いやな思いをさせて。ちゃんと情報が入ると言っていたんだよ」
  高山は頭を掻きながら言った。
 「この商売をしているとつきものでしょう。覚悟は出来ているわよ社長」
 「そう言ってくれると、こっちも気が楽だけどな、お前は未成年だし、両親が直ぐ来てくれてよかったよ」
 「そんなことより社長、私、あと一週休むわよ」
 高山は頭を掻き掻き笑い、「ギャラは上げてやるからな」と言った。
 「オネエ、ぱくられた芸名は変えろよ。縁起が悪いぞ」
 久山が言うと、
 「馬鹿なこと言わないで支配人、お兄ちゃんが付けた名前よ」
 理子は仕事を続ける限り芸名は変えないと宣言した。
 休み中特訓を受け、新たな衣装も揃えた復帰の舞台でトリを務めた理子は見違えるような風格さえ漂わせていた。未成年がトリをとるのは画期的な事であったが、誰も異を唱えるものはいなかった。
 殆どの舞台が東京周辺であったが、半年に一度ぐらいは北海道に行くことがあった。そんな時は藤森はマネージャーでついていった。旅館の部屋で待つ藤森は、自分の生活に違和感を感じながらも、強力な吸引力で自分を引き付ける理子にあらがう事は考えなかった。
 理子は藤森が望むものは何でも与えようと努めた。本が読みたくて本屋に行くと、その店になくても店員を呼び注文した。 大菩薩峠が全巻届いた時には藤森は喚起の声を上げ、思わす理子を抱きしめた。藤森の持ち物は、時計と財布がカルチェで、ライターはリュウポン、ネクタイがイブサンローラン、ベルトがグッチでバックがルイビトン、、、と言った具合に親しい踊り子の意見や雑誌の記事に従いブランド品を揃えたが、自分の着るのは質素なものでった。自分が与えた金で買った安物のプレゼントに感動する理子を見ると、藤森の思考能力は麻痺した。   

骨董品屋

 
 父の言葉に従った訳でもない、母の涙に負けでもないが、藤森恭継は諏訪へ帰るために特急あずさに乗った。息子の心の変化を予感する静花は、何度も息子の顔を伺い、会話の接ぎ穂を探していた。、
 「その娘はどんな子かしらね。実家で不幸があったと川原さん言ったけど、本当のところはどうなの」
 返事もしない息子は都外に視線を投げている。
 「あなたをそんなに夢中させる娘って、どんな娘かしらね」 
 静花は息子の手を握っていった。
 「一緒だよ」
 言って藤森は自分で驚いた。
 無意識で言った言葉であった。理子と母親との共通性など考えたこともなかった。意識したこともなかったが、共通性があるとすれば、その狂気の行動である。
 「一緒って、どういう意味」
 微笑む静花は息子の顔の覗き込んだ。
 俄には覇王あの自信が漲ってきた。自分から離れていったと思った息子は、何処にも行ってはいない。今も自分の中に住んでいる。嘆き悲しんだことが愚かなことのように思えてきた。
 小淵沢を過ぎると、温度調整されているはずの車内でも気温の変化が感じられ、藤森は身を窄めた。息子の一挙手一投足が気になる母親は寒がる息子の為に身をあずけたが、息子は母親を突き放して言った。
 「家には泊まらないからな」
 「どうして、何の為に帰るの、お父さんとちゃんと話しをしなさい。お父さんもそうしたいから帰れと言ったんでしょう。まだあなたが大学休んでいることは知らないからね。正直に話したら分かってくれるわよ。今からちゃんとしたらいいから」
 幸せの気分が一気に吹き飛んだ静花は息子を見据えて言った。
 「知らない訳ないだろう。あの男はそんなに甘くはないよ」
 「知っていて黙っている訳がないでしょう。そんなに甘くはないわよ」
 「どうでも良いけど、仲良くやれよ。俺のことには口出すなよ」
 嘆きの言葉を吐きかけた静花は、顔見知りの挨拶を受け、直ぐに笑顔になって、社長夫人の品位を保った。
 諏訪が近づくと諏訪湖の湖面の煌めきが押し迫ってくるような感覚が藤森を捉えた。やがて大手門の街路樹が目に迫ったが、巣をこの湖面の煌めきはその上から藤森に迫ってきた。離れるのを拒む静花と、観光客のように諏訪湖周辺を歩き回る藤森は、見慣れている風景に初めて見るような新鮮な驚きを感じた。神渡りの湖面を見詰め、小坂観音を眺め、この湖には由布姫やは八重垣姫の情念が漂っていると思い、縋るように歩く母親を見ると、情念の固まりのような気がして哀れさえ感じた。 
 父親は帰ってこなかった。それは話しをする気もなく、話をしても途中で飛び出すだろうと予感していた藤森恭継にとっては僥倖と言えた。母に引き止められるまま夜半過ぎに家を出た藤森恭継は、母親の知り合いの旅館に泊まった。
 母が来る前にと思って早めに旅館を出て上諏訪駅に向かった。旅館街を歩いていると、歩行者さえ気づかないような骨董品屋の前に、文古本や古い地図帳、幾つかの単稿本が雑多に並べられた小さな本棚が置かていた。十円からの張り紙に興味を惹かれた。文庫本は有名な小説が主で、単行本は仏教書であったが、黒革の本は表紙に何も書かれてなかった。手に取り拡げてみると、出征兵士の日記帳であった。今はこの世に居ないであろう身も知らずの兵士の言葉は、母への思いがつづられていた。
 特に読んでいようとは思わないが、そのまま行くのも何か気の引ける不可解な思いに駆られてガラス戸を開け声をかけた。
 「この本はいくらかな」
 煩雑に置かれた骨董品を縫うように出てきた少女に藤森は訊いた。
 「十円からだから、たぶんに十円ぐらいかな」
 首を傾げた少女は奥に声をかけおじいさんを呼んだ。
 興味のなさそうな耳の悪いおじいさんは好にしろと言ったように藤森には聞こえたが、 「二十円です」
 と、中学生か高校生か藤森には判別できない少女は言った。
 「十円玉無いからこれで」
  千円札を見て少女は目を見張り大きな声で祖父を呼んだ。笑いながら出てきた祖父は文古本を一掴み藤森の手に握らせると、金など要らないよと奥に引っ込んだ。
 「これから電車に乗るから貰っても困るけど」
 目を見張った藤森は奥のおじいさんを伺うように言った。
 「おじいさん、本を貰ってくれる人がいると嬉しいんです。好きにしてください」
 頭を下げ奥に向かった少女の背中を見送る藤森は、文古本を元に返し、黒革の日記だけを持って駅に向かった。

母の嘆き

 未成年者理子は保護者の元に返される。鑑別所や少年院に送られても、最終的には保護者の元に返される。藤森が郡山にいても何の力にもなり得ないし、逆に自分にも未成年保護条例等の法的裁きが及ぶ危険性もある。それでも藤森は安穏とした一日を過ごし、劇場関係者から冷ややかな目と嘲笑を浴びた。
 「仕方がないよ、この仕事の税金みたいなものだ」
 藤森の報告に高山は形式的な慰めの言葉をかけたが、
 「未成年だとはねえ。こっちももあっちも迷惑な話だ」
 と、暗に理子と責めた。
 「そんなこと承知の上でしょう」
 珍しく強気の藤森の抵抗に、
 「情報が入るはずだったらしいが、悪かったな、一日ゆっくり休めよ」
 高山は直ぐに笑みを浮かべて藤森の肩を叩いた。
 「一緒に行ったメンバーが帰ってきてから、電話でもして見ろよ」
 健二を連れて浦和競馬に出かける高山に代わってテケツに座った久山が言った。
 「何処に電話するんですか」 
 「惚けるなよ生学、決まっているだろう、おネエの実家だよ」
 「そんなの知りませんよ」
 あきれ顔で首を振る久山は、帰ってくるから心配するなと言って口を噤んだ。
 仙川のマンションに行くために電車に乗った藤森は虚しさと同時に不可解な開放感を感じた。電車を乗り換えているうちに、戦場からの帰還兵の心境になり、仙川の駅を下りると、理子との生活が夢の世界であり、目覚め前の藤森は、夢の余韻の残る半覚醒状態の意識の中で、消えていく理子を見ている思いがした。夢はあくまで夢で、自らの意志でどうにかなるものでもないと、自己憐憫的な結論に至っても、理子は憑いて離れなかった。  整然と片づけられた部屋に入ると母の姿が脳裏に浮かび上がった。
 この部屋を支配するのは母親静花であり理子ではない。年老いた母親の情愛が支配するこの部屋では、理子の為に嫌みな言葉を投げかけられ嘲笑されても必死に藻掻いた藤森は存在し得ない。不可解な開放感も、帰還兵の心境も、消えつつある夢の理子も消え去り、現実の息苦しさが藤森を包み込んだ。
 「帰っていたか」
 ドアーを開けた川原を押し退けるように母静花が入ってきた。
 母親の嘆きの言葉を沈痛な表情で聞く藤森の裡で新興宗教に入れ込む母の姿が姿が渦巻いていた。常軌を逸しているとさえ思われる程に、何かに向かって突き進む母は若く美しかった。規格品の瓜実顔に相応しいパーツが整然と嵌め込まれたような顔を黒髪の神秘性で包み込んだ美しい母親静花が、唯一人身元に置く幼い息子恭継も省みず、宗教の見えぬ力に求めたのは夫の愛か、自らの社会的立場であったのか、息子恭継は判断出来なかったが、母親は愛しく美しかった。
 「不幸中の幸いというか、どうだ藤森、とりあえず四月から復学して、向こうのことは後で考えたら」
 静花の嘆きに一区切りつくと川原が言った。
 「そうよ、川原さんの言う通りよ。川原さんがいなければ私今頃は気が狂っているわ」
  何度も川原に礼を言った静花は、
 「今ならお父さんを説得できいるわ」
 と、川原に同意を求めるように行った。
 川原が部屋を出ていくと、重苦しい空気が親子を包んだ。
 「麻疹よ、そうよ麻疹よ、忘れなさい。忘れるのよ」
 嘆きの言葉も尽き、息子を見詰めていた静花は、何かの啓示を受けたかのように立ち上がり息子を連れだした。二人で腕を組んで新宿の雑踏を歩くのも、デパートで買い物をするのも初めてのことであった。
 次の日父親の来る予感はあったが、早い時間に部屋を出ると決めていた藤森が朝食の席についた時父親がやってきた。藤森恭継は自分でも驚く程に父親似ていないな挨拶をした。それに気を削がれたのか、傲慢な父親のマニュアル通りの言葉を並べただけで、
 「諏訪に来て頭を冷やせ、今日の夜は暇だから話も出来る」
 言葉を荒げることもなく出ていった。
 「今日はお母さんを一緒に諏訪に帰りなさい」
 静花は母親の威厳を示し息子を見詰めた。

逮捕された

目まぐるしく変わる天候は一雨ごとに春の陽気を運んできた。南国からの桜便りも聞こえはめる3月半ばを過ぎると、川原は何度も藤森に両親との話し合いを迫ったが、藤森は苦笑を漏らすだけだった。業を煮やした川原は、理子との直談判を試み、
 「理子さん、藤森の両親に会って、ちゃんと話しをして、仙川のマンションに住んだら。理子さんは仕事を続け藤森は復学する」
 性急過ぎたかと悔やみ理子の様子を伺う川原は、
「藤森の母親も理子さんに会いたがっているし、早いほうがいいと思うけど」
「川原さん恋人いないの、今度紹介してあげるね」 
 微笑む理子に、返す言葉を失った川原は、自からが最後の審判を受けているような不可解な思いにとらわれ、これ以上の介入は不可能と悟った。理子にとっては藤森との関係は何者にも侵されない絶対条件であり、そのことだけは誰の介入も許さない厚い扉で閉ざされている。恋や愛を越えた宗教的なものと思った自分の考えが正しかったと川原は確信した。難しい教義や何かが支配のではなく、幼稚な宗教的思いこみが支配する乙女的幻想を、絶対的なものと信じている。
 昨日の雨が嘘のような小春日和の初日、早めに乗り込んできた理子は、録音のために照明室にいる藤森の足元に座り込んでいた。子猫が飼い主にじゃれるように、決してじっとはしていない。
 「なあ、突然で悪いけどよ、来週は横浜ではなく、福島のここら落としに言ってくれないか。色々あって断れないから、皆で行ってくれよ」
 禿げ上がった頭を掻きながら、高山は照明室に身を乗り出して言った。
 「いいわよ社長、お兄ちゃんと一緒なら何処でも行くわよ」
 「しょうがないな」と呟いた高山は、藤森に郡山行きを命じた。
 ナイトショウで珍しく揃ってきた夜の遊撃隊で食事をしても、三人の目的を知る藤森の会話はそぞろであった。藤森と理子への如何なる忠告も提案も無意味だと確信している川原は、頻繁に上京する藤森の母親静花の姿を見ると言いしれぬ罪悪感に嘖まれた。その罪悪感で「お前達も協力しろ」と二人を誘ったが、最初から無駄なことだと分かっていた。
 「大学さえ戻ったら、一年騙していたことは何とか説得できるけど、、、」
 と、静花は藤森の復学以外に父親との関係の修復はないと言わんばかりだが、政治的野心に燃える傲慢な父親が、異界に身を置く息子を許すとは思えなかった。それでも、何もしないで静花に会うことには出来なかった。例え無意味なことでもやったとと言う事実があれば、静花と向き合い慰めることも出来ると川原は思っていた。
「何よ、お兄ちゃん、川原さんも、黙って来るなんて」
 舞台を終わって、息せき切った来た理子が笑顔で言った。
「いや、黙っていたわけではなく、久し振りに四人揃ったから、、、」
 川原は他の三人の顔を見ながら言った。
 「そう、私は邪魔な訳ね。ねえ、川原さん私の踊り見た」
 「はい、見させていただきました。素晴らしかったです」
 川原は二人に同意を求め頷いた。
 「そうでしょう。見たのは踊りだけでしょうね」
 「勿論、それ以上は仁義に反しますから」
 戯ける川原は、三人が今年は最後の大学生活になるので、色々大変などと理子の関心を大学へ引こうと試みたが、
 「川原さん、私たち来週福島に行くのよ。新婚旅行に行く気分だわ。十日間ホテル暮らしよ。羨ましいでしょう」
 「羨ましいね。理子さんが仕事の間、藤森は何しているんだ」
 川原は藤森に言った。
 「お兄ちゃんは私と一緒でしょう。川原さんも行きたいでしょう」
 「行きたいね」
 「じゃ行きましょう。でもずっとはだめよ、1日だけ泊めてあげるわ。私邪魔でしょう行くね」
  ドアーの前で立ち止まった理子は「川原さん約束よ」と笑って出て行った。
  川原が二人と一緒に行くのが、恰も既成事実のようであった。誰も口を挟まなかった。大学は休みで問題はないが、四人は狐に摘まれたように誰かが口を開くのを待っていた。
 車で二人を郡山まで送った川原は、約束通り一泊して帰ってきたが、劇場関係者や他の踊り子とそのマネージャへの藤森の対応を見ると、顕かに描く自分とは隔絶した世界で生きていると実感し、藤森は自分たちの元へは帰らないと確信した。            藤森からの電話で管理人に呼ばれたのは、次の日の朝だった。声を覚えている管理人から「藤森君だよ」と言われたが信じられなかった。    
 「どうしたんだ何かあったのか」
 川原は喧嘩でもしたのかと訊きたかったが、そんなことはあり得ないと思った。
 「警察だ。手入れがあって理子も連れて行かれた」
 藤森は顕かに憔悴している感じだが、藤森らしからぬ明確な決意のようなものも感じさせた。
 「それでどうなるんだ」
 「どうなるかな。理子は未成年だからな。劇場の人は心配ないと言っているけど」
 様子を見て連絡すると藤森は電話を切った。
 川原は未成年の理子が簡単に出てくるとは思わなかった。藤森は一人で帰って来るか、それとも何らかの罪に問われるのか判断できなかった。分かっていることは、理子が藤森と共に帰って来ることはない、と言うことだけだった。母親静花に取っては僥倖が舞い込んだことになりそうだと川原は思った。 
 藤森は何回も警察に面会に行ったが取り合ってもらえなかった。劇場関係者はそんな藤森に同情はするが、未成年者のマネージャへの嫌みも忘れなかった。自分の立場もわきまえろと暗に言い、警察は弁護士に任せて帰った方がいいと言った。 弁護士は直ぐに両親に連絡して来てもらへと言ったが、藤森は理子の実家の住所も知らなかった。呆れた弁護士は、
 「警察では未成年者を食い物にしているヒモだと思っているから、貴方を逮捕することも出来る、しかし、本人が貴方を庇っているようだ、後は自分がやるから、貴方がいないのが最良の策だ」と言った。  

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]


.
nnp*n*13
nnp*n*13
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事