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コスモバルクの アイルランドでの現役復帰が決定しました。
今月24日には ビッグレッドFを出て輸出検疫へ。
6月1日には 成田から出国するとか。
最初に 現役復帰か?というニュースを見た時には、凄くビックリもしたけど、
ものすごく 嬉しかったんだよ。
でも、実際に、出国の日程が 具体的に出てくると、 泣けてきちゃうんだよ。
もう 行っちゃうんだ…
運良く 事が運べば…
もしかしたら、向こうで種牡馬入り なんて話も出てくるかもしれない。
バルクにとって、最高の話だけど…
動き出すバルクに、 バルは ついて行けるだろうか…
文字通り、バルの「バル」は、バルクの「バル」です。
地質調査の仕事が煮詰まり、定職を持たなきゃ… と思っていた頃、
北から殴りこんで来たバルクが、 破竹の勢いで クラシックを目指してました。
バルクは、間違いなく バルの背中を押してくれました。
それまでの実績を全部捨てて 新しい世界に飛び込む勇気を、バルクにもらったんです。
そして今、8年間続けてきた植木屋で、行き詰まり、先の見えない毎日を 無為に過ごしてます。
会社は、どんどん雰囲気が悪くなり、イヤなことばっかり。
以前のように、勢いだけで 汗をかける状況じゃなくなりました。
この仕事は好きだし、できることなら、続けたいけど、
今の会社に居続けることは、もう 考えられない状態になってきました。
そんな時に、バルクの 新たな出発…
何なの?
また、バルの背中を 押してくれるって言うの?
そう思えてしまって、涙が止まらないんです。
ダンナの病気のこともあるから 一定の収入を失うわけにはいかない。
このご時世、年齢的なことを考えれば、再就職も簡単じゃないでしょう。
大震災のこともあって、もう一度、責任のある立場で 地質調査の仕事をしてみたいという気持ちもある。
でも、競馬が身近にある生活からは、離れられない。
いろんな思いが渦巻きます。
でもね、バルクが戦い続けるなら、バルも 戦わなきゃ って思う。
バルクには、牧場で のんびり草を食むだけの生活なんて、似合わないもんね。
もう一花も 二花も咲かせて、元気に タフに 走り続けてくれると思う。
きっと バルクは、まだまだ 頑張ってくれる!
遠い東京から、エールを送り続けたいと思います。
そしてそれは きっと、バル自身への 叱咤なのかも… です。
2010年5月 門別競馬場にて
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バルの「好きな馬」列伝
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2010.11.3 JBCスプリント(船橋・武豊騎乗10着)
砂の女王、メイショウバトラーが 引退しました。
このブログでも、何度も何度も書いてきたけど、
彼女は バルにとって、尊敬すべき姉だったし、いつだって毅然とした姿に 勇気をもらってきました。
最後に会ったのは去年秋。船橋でのJBCスプリント。
何年か前から、会うたびに 「これが最後かな」そう思って 見守って来たけど
まさか、10歳の彼女と、競馬場で会えるなんてね。
ここまで来ると… 11歳の彼女にも、会いたかった… なんて思ったりして(^^)
ついに G1を取ることはなかったけど、
屈腱炎を乗り越えて 砂の女王に上り詰めたバト姉ちゃんは、
いろんな意味で、ホクトベガと肩を並べていた。バルは そう思ってる。
(さすがに、「超えた」とは言えないのが ちょっと悔しいんだけど)
ノートに、姉ちゃんの 全成績を書き出してみて、懐かしくて 涙が出てきました。
書いても書いても終わらないくらい、いっぱい 走ってる。
負けたレースの、勝ち馬を並べてみる。
芝で、アドマイヤグルーヴやメイショウカイドウ、ヘヴンリーロマンス。
ダイタクバートラムにスティルインラブの名前もあった。
ダートでは、ブルーコンコルドにリミットレスビット。ワイルドワンダー、サンライズバッカス、トーセンブライト。
スマートファルコンにエスポワールシチー。もちろん、ヴァーミリアン、カネヒキリ… 等々
G1での2着2回は、いずれも、ブルーコンコルドが立ち塞がってた。
いずれも、一度は直線で先頭に立ちながら、惜しいところで逃したタイトルです。
全61戦
優勝14回 2着12回 3着7回
そのうち重賞では 優勝10回 2着10回 3着7回 (芝の成績含む)
牝馬戦での勝利が多かったけど、彼女は、一線級の もの凄い牡馬たちと戦い続けて来ました。
生涯最後に馬券に絡んだのも、去年夏、10歳で望んだ盛岡でのクラスターC (サマーウインドの3着)
やや重だった そのレースでは、彼女自身の1200mのベストタイムまで出ています。
ラストランとなった 暮れの兵庫GTも、最後 もうひと頑張りを見せての5着。
10歳の最後の最後まで 崩れることなく、 その競走人生に 幕を閉じました。
11歳として、一度だけでも 出走を見たかったけどね。
まぁ、ここまで走ったんだから、もう 十分でしょう。
重賞の勝ち数も格も、ホクトベガには及ばなかったけど、
9歳での重賞勝利は、牝馬としては 最高例記録だそうです。
5歳を、屈腱炎でまるまる棒に振り、1年半もの休みを経ながら
その後 5年間での42戦は、誰にも真似はできないよね。
どれだけ、調教や馬体のケアの技術が上がってきても、こんな記録を打ち破る牝馬が
この先、出てくるかどうか…
芝で頑張ってた頃から応援してきたけど、まさか ここまで来るなんて思ってなかった。
バト姉ちゃんは、 ホントに バルの誇りです。
川崎、大井で、何度も会ってるのに… 重賞10勝もしてるのに、
とうとう 一度も バト姉ちゃんの肩掛けを見ることができませんでした。
芝を走ってた頃、何度も何度も2着で… ちょっとイマイチな かわいい女の子だったけど、
砂の女王に君臨した後も、やっぱり バルの前では ちょっとだけ イマイチだったっけ。
そんな、完璧じゃないあたりが、人間臭い?って言うか、
何とも言えない 魅力だったんだよね。
一番、心に残ってるのは、08年川崎のスパーキングレディC(2着)
南関の女傑トーセンジョウオーとの、最初で最後の戦いです。
マイル以下で戦うバト姉ちゃんと、マイル以上を得意とするジョウオーには、
なかなか接点はなかったけど、ずっと実現を心待ちにしてた 女王対決でした。
レースは、ジョウオーが圧倒的な逃げを見せ、
ついに その影を踏むこともできないまま バト姉ちゃんは2着と敗れました。
ジョウオーの強さに痺れ、バルの中での 歴代のベストレースの何番目かに入るレースですが、
レースも 凄かったけど、何より、そのパドックが 心に残ってます。
パドックに、先に入ってきた バト姉は、ホントに 光り輝いて、今まで見た中で、一番に見えました。
どっしりと、悠々と歩く姿は、今も目に焼きついてます。
それを上回る迫力で入ってきたのが、1歳下の7歳、トーセンジョウオーでした。
560㌔を超える馬体は、威圧感に溢れ、ミツオーよりすげぇ… なんて思ったっけ。
おそらくジョウオーも、それが 生涯最高の出来だったと思う。
狭すぎる川崎のパドックじゃ もったいないくらいの、
火花が飛び散るような、女王対決でした。
その後、ジョウオーは 不可解な大敗を挟んで 引退。繁殖入り。
その不可解なラストランにも、強い記憶があって、語れば長くなるんですが… いずれ、何かの折に(^^;)
バト姉ちゃんのパドックで、もう1つ思い出に残ってるのが、
いつだったかな〜。大井での東京盃。
後ろを、トウショウギアくんが歩いてたんだけど、せかせかと、バト姉ちゃんに突っかかる勢い。
時々、尻尾を ブン!! って振って うっとおしがってた姉ちゃん。
何週目かで、ついに 一瞬立ち止まり ちらっと後ろを振り返って 「ぶひひん!!(っるせーんだよ)」って(笑)
ギアくんも 「は!!」っと気がついて、脚が止まり、
(おそらく、ギアくんは 入れ込んで バト姉ちゃんに煩がられてることに気がついてなかったんだと思う)
気がつくと、後ろ 大渋滞(笑)
姉ちゃんだけが、ゆったり マイペースで歩き続けてたっけ。
そんなギアくんがこの世を去って もう3年だもんね。
(ギアくんが予後不良となった 府中の根岸Sにも、バト姉ちゃんは、出走してました)
バト姉ちゃんの、その長い競走生活の中には、
どれだけの ライバルたちのドラマが集約されてるんだろう。
彼女と話ができたら、何晩も、語り明かすことになりそうだね。
どれだけ話しても、話は尽きそうにないけど…
トーセンジョウオーには弟がいて、元気に頑張ってます。
ギアくんの弟も、頑張ってますね。(この前は、見事な出遅れで 大差ビリ(^^;))
バト姉ちゃんにも、弟と妹が 中央で現役で頑張ってるけど…
どうにも、ダメダメなんだよね(^^;)
全兄弟でも、こんなに 違うものなのかな〜って思うけど、
やぱり、メイショウバトラーという馬は、何十年に一度の 突出した存在なんですね。
その産駒が、どんな活躍をしてくれるのか わからないけど…
その子たちを 同じように 応援してあげたいと思います。
とにかく今は、疲れを癒し (そんなに疲れてないかもしれないけど(^^))
繁殖生活がどうあれ、まだまだ続く 長い余生を、幸せに過ごして欲しいですね。
牝馬は 引退しちゃうとなかなか会えないけど…
いつか、お互い?おばあちゃんになってからでもいいから、会えたら嬉しいな。
そして、いっぱい… 昔話がしたいな…
バト姉ちゃん お疲れ様。
そして、ホントにホントに、 ありがとう…
また いつの日か、会える時を楽しみにしてます。
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会って来たよ! パルパディアに!! |
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