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「西の正倉院」の隣に位置する(本来的には、この神社の隣に「西の正倉院」を建てているのだが)社。 ここから大量の銅鏡、鉾が出てきたことが西の正倉院の建設につながっていったようです。 詳細は↓こちらでも見てください。 神門神社 神門(みかど)神社・西の正倉院・百済の里 神門神社
所在地 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区神門69-2
位置 北緯32度23分9.6秒東経131度19分51.4秒
主祭神 大山祇神、禎嘉王ほか
社格等 郷社
創建 伝・養老2年(718年)
本殿の様式 七間社流造
例祭 秋季例祭(10月17日)
師走祭り(旧暦12月)
神門神社(みかどじんじゃ)は、宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区にある神社。祭神は大山祇神、百済の禎嘉王、倉稲魂命、品陀和気命(応神天皇)ほか。本殿は国の重要文化財に指定されている。
養老2年(718年)の創建と伝えられる。
奈良時代中期、孝謙天皇の時代に百済より政争を逃れた王族の禎嘉王とその子の福智王が日向の海岸に漂着し、やがて禎嘉王は神門の地に落ち着き、福智王は現在の木城町に住んだとされる。本国より追尾の手が迫ったが土地の豪族の援助もありこれを撃退したと伝えられている。王はこの地で崇敬され、死後、神として祀られたという。王の遺品として伝わる鏡24面が社宝として残っている。神社の近くの国道446号線沿いに「百済王貞嘉帝古墳」と書かれた標柱が立てられている。標柱の南約50メートルほどのところの畑の中に、封土の大部分が削平された塚ノ原古墳がある。本殿の屋根裏には、千点以上の鉄鉾や鉄族などの武器類が保管されており、地域の武器庫との関わりが考えられる。さらに、須恵器の大甕や古墳時代の直刀や銅鈴、馬鐸(ばたく)などが保存されている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
道中、木城町で比木神社の横を通るものの立ち寄るほどに時間がなく飛ばしてしまったが、毎年旧暦12月(1月最後の週末?)に行われる「師走まつり」は西の正倉院でもVTRを流しており、哀愁、郷愁を誘う映像であったので見学をしておけばよかったと後悔。 師走祭り(しわすまつり)/神門御神幸 旅行中に読んでいた高田崇史氏のQEDシリーズによると、すべての神社は御霊ということになるそうだが、ここの祭神は百済が滅亡したのが無念だったということなのだろうか? 屋根の上に狛犬?のようなものが飾ってあるのが珍しいげに思えた。 |
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