壺中の天

さて、何を書こうか・・・

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金沢 東茶屋街

出張の予定があったので、前泊して日曜日に入り撮影。
暑い中、金沢駅から近江町経由で東茶屋町に。
熱中症で死にそうだったのでかき氷で体を冷やして撮影。
結構満足。

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石巻 被災現場へ

先日、仙台に出張に行く機会があったので、そのまま仙台で一泊し石巻に足を延ばしてみた。
石巻でも洪水の被害があり、オイラの会社の取引先の方も津波に飲み込まれた方が多数おられ、オイラの会社の同僚も当日石巻に検品に行っていた際に危うく呑み込まれるところだった場所だ。


先輩社員と二人で駅でデミオを借り、朝7:30に出発。
高速で1時間程度を見込んでいたが、どっこい、助手席の先輩殿がナビの操作を間違い、危うく岩手の方に連れて行かれそうになる。

しかし、あのパナ○○ックのナビは見にくい、地図が見にくいとか、設定時に目的地がどこだかはっきりしないために、間違った方に誘導されていることに気付かなかった。

若干土地勘があったためかなり初期に気付いて修正し、以後、ナビは無視することにした。


で、45号線を流しながら、途中の民家など見る限りは思っていた程の被害の後は見受けられず、寧ろ、どう見ても築30−40年の民家でもシッカリ傾きもせず残っている光景を見ながら、
「もう、日本では地震だけで倒れる家は欠陥住宅だけなのかなぁ」
などと思っていた。


しかし、東松島町あたりからガードレールがグニョングニョンに曲がっている光景などでてくるようになり、道に迷いつつ、案内しようとするナビには「だが断る」とナビが右を差せば直進し、ナビが直進と言えば左に曲がるような運転を続け、とある交差点を曲がると・・・

いきなりこんな光景だった。

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で、この道は先は進めず、迂回路を探しつつ港に向かう。

港につき日本製紙の巨大な工場が北斗の拳状態になっているのを横目に見つつ走っていると、なにやら学校のような建物が・・・


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この裏が日和山公園。
この学校から少し奥に行くと、少し高くなっているためか洪水の被害の後は見えなくなる。

被害の残っている地域とそうでない地域の差は結構紙一重のような気がした。

で、学校の反対側の方を振り向くと、こんな感じ。
この先には海がある筈なんだが、全く海が見えない。
結構、海まで距離がある。

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で、この辺でどれほど水が来たのか推測するには、この建物が参考になるのだろう。まず、2階までは水が来たのだろうと推測される。イメージ 3

日和山公園に行き、上から様子を見る。
あいにく海からの霧が濃くあまり見晴らしは良くなかった。

・・・が、木々の隙間から被害地域を見てとれる。
下は北上川の河口付近。
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下は北上川の中州に作られた石ノ森漫画館。
その下の日和山公園にあった案内図の写真との差が被害の跡になる。


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被害地域の周りにはまだまだ瓦礫の山が多く、半年ほど経過しているが未だ整備が進んでいない状況が見て取れた。

また、整備が進んだように見えないとはいえ、作業はしっかり行われているようで、
この辺りや、三陸道へつながる道では、大型のダンプ10台以上連なって走っていく光景を何度も目にした。

ガキの頃にダム建設現場を見たとき以来の光景で、なんちゅうか、高度成長期の日本の風景みたいな感じだった。


一日も早い復興を祈念するとともに、被害にあわれた方には今更ながらですがお悔み申しげます。

続き

樋橋付近、伊能忠敬の家の前あたりで。
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復興祈願のお囃子がやってきた。
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与倉屋の大土蔵。
与倉屋さんは醤油を醸造していたそうで、この土蔵は500畳ともいわれ日本最大級の大土蔵(明治22年建造)だそうです。
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与倉屋さんは裏手に回ると千本格子と土間の博物館となっています。
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全般的にモノトーンが似合う佇まい。明治時代の感じがする。

瓦や外壁の感じが割と新しい家。それでも数年は立っているであろうが。
景観を整えるために外壁は板と決まっているのだろうか?
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家の中に軽トラがある・・・
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(続く)
続き。

病院の並びにある“味のある”佇まいの民家。

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井上材木店さんは1820年代ごろの建物らしいが、とてもそうは見えない。
手入れが良いのだろうか?
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正上さんは天保年間(1830)築と書かれている。
流石に地震で瓦が落ちたようではあるが、それほど傷んでいる様子は無い。
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正上さんは佃煮屋さんのようですがHP(http://www.shoujyou.com/index.html)もあります。
HP内に被災直後の瓦が落ちた写真もありました。
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忠敬橋から見た中村屋商店さん。
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中村屋商店さんはもともと畳屋さんだったらしいが、立地条件から、平成13年に畳屋を廃業し小間物屋に転業したようです。
建物自体は安政年間(1850)の建物のようで千葉県の有形文化財となっているそうです。
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蔵を見学でき、中には明治時代の5月人形と一枚の紙で折ったという連鶴の千羽鶴が飾られていました。

続き。

間口が長い建物。特に看板は無かったけれども何か商売でもしていたのだろうか?
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地震で倒れたと思われる門らしきものが置かれている。
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隣には地図では「青錬館」と書いている建物。何をするところなのだろうか?
屋根の一部にはブルーシートが載せられ瓦が剥がれたものと思われる。
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新橋の付近。もともとなのか地震の影響なのか・・・
他のところが綺麗に舗装されているので震災ではないかと思うが。
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三州屋木材さん、一見綺麗なのだが、良く見れば白壁が崩れている。
流石に材木屋の建物で躯体とかに異常はなさそうだが。
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山野病院さんの入口。
結構痛々しいことに・・・・

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(続く)

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