崇教真光からの脱出

今まで巧妙巧みに隠されてきた崇教真光の実態を暴露するためにブログを書いています。
https://news.careerconnection.jp/?p=39273&utm_source=ccmagazine&utm_medium=mail&utm_campaign=week20170809 より転載



全国優良石材店の会は8月4日、「『お墓』および『お墓参り』が子どもの情操教育に与える影響」の結果を発表した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000027649.html


近年、遺骨をお墓に納めないスタイルを選択するケースが増えている。同団体は、伝統に縛られない自由な選択をよしとする風潮があるといい、

「『お墓参り』などの慣習が受け継がれなくなることにより、日本ならではの精神文化が希薄化し、道徳観・倫理観が損なわれるのではないかと懸念されています」

と説明。「お墓参り」の頻度と成長後の情操や人とのかかわり方の関連性を探り、結果を開示することで葬送形態の選択の一助としてもらうことを目的として実施した。

調査は5月2〜9日、15〜29歳の男女1000人を対象にインターネットで行った。

伊田准教授「習慣的なお墓参りでポジティブな感情が定着」


初めてお墓参りに行った時期を確認すると、最も多かったのは「3歳以下の時」で50.1%。次いで「幼稚園生の時」(29.4%)、「小学校低学年」(18.4%)となり、10歳までに1度はお墓参りを経験しているようだ。一方、小学校高学年以降を回答した人は全体の1.8%に留まった。

初めてお墓参りに行った年齢別に、「他の人の命も大切だと思う」「自然の美しさに感動することがある」などの生命尊重・美的感情を測る項目について聞いた。すると「3歳以下」で「生命尊重・美的感情が高い」という結果になった人は67.9%。「幼稚園生」(59.1%)、「小学校低学年」(67.0%)と比較して若干ではあるが高い。これについて静岡大学教職大学院の伊田勝憲准教授は、

「乳幼児期にお墓参りを経験していることが、子どもにとって自分自身が大切にされることと、お墓参りを通して先祖が大事にされていることが実体験と重なり、時間的に限りのある『命』を持つものすべてに関心が高まるからではないかと思います」

と分析している。また「将来の夢や目標に向かって努力することは惜しまない」という自尊心・肯定感の高さを測る質問の結果を、小学校低学年頃の墓参りの頻度別に見ると「全くあてはまらない」と答えたのは「年に1回程度」で4.1%、「月2〜3回程度」で2.3%だったが、「月1以上」では0.0%だった。これについて伊田准教授は

「最初は『非日常』に感じられるお墓参りが習慣化されることで、徐々に日常として定着し、お墓参りの瞬間に一時期抱いていた『感謝』や『努力』などのポジティブな感情が、やがて自分らしい感情や思いとして日々の生活を方向付けるようになると考えることができます」

と説明している。

お墓参りをすると先祖と自分の繋がりを実感?

また、小学校低学年頃までのお墓参りの頻度と既婚率には関係を見ると、最も既婚率が高いのは「月に1度以上」の人で34.6%。以降「年に2〜3回」(22.7%)、「年1回程度」(20.4%)と続き、「数年に1回程度/行ったことがない」は14.3%となっている。子どもがいる既婚者の割合を見ると、「月1以上」が21.2%ともっとも多かった。

伊田准教授は「複数の要因が背景で関連していると思うが」と述べた上で、

「お墓参りにより先祖と自分のつながりを実感するとともに、その延長線上である自分と子孫のつながりを意識し、次の世代へ育てることへの関心が高まったのでは」

と解説している。

ただ、現在お墓参りに行く頻度は「年に1回程度」が38.7%で最多。「1年以上言っていない」(15.5%)、「行かない」(8.2%)という人もおり、「月に1回程度行く」は2.7%に留まっている。







崇教真光では、「墓地には雑霊がウヨウヨしているため、乳幼児や子供、体の弱い方やお年寄りは連れて行ってはならない」と初級研修にて教えられますが、
これは間違いであることがわかります。


私も子供の頃は墓参りに連れて行ってもらった記憶がなく、大人になってから行くようになりましたが、
他所の家では乳幼児を連れて行っている姿を見て「あんなことすれば赤ちゃんに霊が憑依して大変なことになるのに」と思っていました。

私を含め崇教真光の二世組み手は極端に自己肯定感が低いですが、子供の墓参りを禁止していることも一因になっているようです。











コメントありがとうございます。



私がこのブログを公開している目的は、
◯崇教真光を監視するため。
◯自分が崇教真光で教え込まれた認知の歪みを、どうやって修正していったのか体験談を掲載することで、自分と同じ苦しみを抱えた脱会者の助けとなるため。


意外だと思われるかもしれませんが、私は崇教真光批判を好きでやっているわけではありません。
以前は怒りに任せて恨み節を公開していたこともありましたが、今では真光批判自体が面倒になっています。
崇教真光の問題点は批判しますが、信教の自由がありますから、崇教真光自体を潰すつもりはありません。

崇教真光の批判をするのは、崇教真光を監視して暴走するのを少しでも食い止めるためです。

本来であればフランス・ベルギー・ドイツみたいに政府がカルト教団を監視して、国民を守らないといけないのです。
しかし日本では宗教団体と政治家の癒着は伝統と化しており、憲法で政教分離が謳われているにもかかわらず宗教政党が与党になるありさま。
だから日本ではカルト教団が野放しなのです。
日本は本当に先進国なのか?
どこかの独裁国家と同じじゃないかと思います。
日本は国民を守る義務を放棄していると言わざるを得ない。


そのため日本国内にいる以上、自衛するしかカルト教団から逃れるすべはありませんし、自分達がカルト教団を監視するしかありません。

私は崇教真光に少しでも民主主義を導入したいと考えています。
民主主義の基本は「権力者は必ず暴走するから、権力者の監視は必要不可欠」です。
特に崇教真光は世間からの評判を病的なほど気にする教団のため、インターネットへの教団情報の公開は効果的です。

日本政府がカルト教団を監視するようになるか、崇教真光がマスコミ沙汰になってライフスペースみたいに世間から突かれれば、私はこのブログを辞められるのですが。




憶測で申し訳ないのですが、コメント主さまのいらっしゃる所は二世組み手でもまともな方がおられるそうですが、恐らく組み手の締め付けが緩いからだと思います。
崇教真光の特徴ですが、方面や同じ方面内でも上に立つ幹部によって組み手の締め付け具合がバラバラなのです。


私がいた所は真光教条主義(原理主義)と言われるほど極端な指導が行われていました。
そのため、二世組み手でまともな方といえば、両親が月並祭しか道場に来ない不良組み手か、上級幹部の子息くらいでした。
上級幹部の子息は私も幼少の頃から知っていますが、子供の頃は道場長のみ教えのお伝えの前には必ず家に帰されていましたし、大学卒業し社会人になるまで真光隊活動に参加したことがありません。
崇教真光の教えは子供の心身の成長に害を及ぼすことを知っているからだと思っています。

私が所属していた真光隊の隊員は、9割以上が親が真剣な二世組み手でしたが、
学生は留年が多く、社会人は仕事を転々としており、交通事故も多い。
はっきり言って真光隊員にまともな方は殆どいなかった。

自分の意思で組み手になり、真光隊員になった残り1割に満たない一世組み手だけがまともだったように感じます。
崇教真光の教えが子供の心身の成長に害を及ぼす、という根拠はここからきています。


真光隊み役者は、日頃の鬱憤を晴らすために、下の者に威張っているように感じました。

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知っておいて損はない、ブラック企業の考え方 「ブラック企業経営者の本音」
https://yasushikobayashi.info/career-design/2395





今の日本は、カルト宗教が政治に深く関わっているせいで(日本会議関連教団、公明党、もしかすると新宗連も?)、マインドコントロールが違法に問われません。
そのせいで多くの国民がカルト宗教やブラック企業によって生命の危機に晒されている。
私はカルト宗教・ブラック企業の蔓延こそが日本国の第三の国難だと思うのですが、多くの国民が思考停止すれば安倍政権にとって都合が良いため、国民の生命の危機を放置している。

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https://news.careerconnection.jp/?p=1655 より転載



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働く人をないがしろにする「ブラック企業」に対する批判が、あらためて高まっている。批判の中にときおり見られるのは、そんな会社や経営者を「旧日本軍」になぞらえる意見だ。例えばツイッターには、こんなコメントも投稿されている。

「何でも感(ママ)でも根性が足りないとか社蓄(畜)とは旧日本軍ですか?過重労働者に自己管理も何もその前の前提の間違いを正せよと」




「日本人は草食動物」と補給を軽視した牟田口中将

ブラック企業と旧日本軍の共通点として、たびたび指摘されるのが「現場を無視した無理な戦略」と「現実を無視した上司の無理強い」だ。

「ブラック企業」の経営者には、違法行為やハラスメントの悪質さを自覚しているタイプと、
自覚していないタイプがあるといわれる。
特に後者は、収益性の低い事業を営む中小・零細企業の経営者が、部下に「精神論」を押し付けて乗り切ろうとする場合が多い。


旧日本軍の場合と共通するのは後者のタイプだが、その傾向が最も顕著にあらわれたのが、1944年3月に陸軍によって行われたインパール作戦といわれる。この作戦は、連合軍が駐留するインドの都市インパール攻略のために、旧日本軍が3個師団を繰り出したものだ。

前線が拡大して補給が困難になるため、軍内部でも作戦に反対する声があがる中、牟田口廉也中将はこの作戦を強引に実行する。当時兵隊一人が持てる食糧は3週間分が限度で、ビルマからの長い道のりを行くには明らかに足りないが、牟田口中将はこう言い放ったという。

「ビルマにあって、周囲の山々はこれだけ青々としている。日本人はもともと草食動物なのである。これだけ青い山々を周囲に抱えながら、食糧に困るなどというのは、ありえないことだ」(NHK取材班編「太平洋戦争 日本の敗因〈4〉責任なき戦場 インパール」角川文庫刊より)

当時の軍では、ジャングルに生える野草を食べる研究が真面目に行われていたというが、それだけを食糧とするのは無理というもの。結果的に将兵たちは、飢えで次々と倒れていった。



「食わず、飲まず、弾がなくても戦うもんだ」

補給がないことにしびれを切らした31師団の佐藤幸徳師団長は、インパール北方の要衝コヒマ方面に到達していたが、作戦の途中に独断で撤退してしまう。これに激怒した牟田口中将は、将校たちの前でこう語ったという。

「佐藤の野郎は、食うものがない、撃つ弾がない、これでは戦争ができないというような電報をよこす。日本軍というのは神兵だ。神兵というのは、食わず、飲まず、弾がなくても戦うもんだ。それが皇軍だ。それを泣き事言ってくるとは何事だ。弾がなくなったら手で殴れ、手がなくなったら足で蹴れ、足がなくなったら歯でかみついていけ!」

牟田口中将の長い訓示を聞いているうちに、栄養失調状態だった将校たちは次々と倒れていった。同作戦は開始から3か月あまりで中止が決定。退路でも将兵が次々と飢餓や病で倒れ、戦死者は3万人にのぼったという。



これに類する話は、身近な企業でも耳にしたことがあるのではないか。社員から「ブラック企業だった」という声もあがる居酒屋ワタミを創業した渡邉美樹氏も、テレビ東京の番組「カンブリア宮殿」で村上龍氏にこう信念を述べている。

「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ。途中で止めるから無理になるんです」
「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる。そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」

経営者は何のために、社員にそのような働かせ方をする必要があるのだろうか。



連合軍「実際に戦闘する兵士たちのことを考えよ」

無理な戦略を精神論で押し切ることへの批判に対し、「戦争や仕事とはそういうものだ」という旨の反論もあるが、迎え撃つ連合軍はそのような戦い方をしなかった。

前述の「太平洋戦争 日本の敗因」によると、英国軍は補給線が伸びて旧日本軍が弱体化することを予想。緒戦で国境付近に展開していた部隊を、物資輸送の可能なインパール平野まで撤退させている。

さらには日本軍の勢力圏内でゲリラ戦を展開するとともに、航空機からの空中補給によって自軍を徹底的にサポートした。戦後、英国軍の将校はこう話していたという。

「日本軍も最後まで勇敢に戦いましたが、弾薬もなく補給もなくなれば、それまでなのです」
「極東だけでなくインドも占領しようなどという大々規模な作戦を行おうというのならば、実際に戦闘をする兵士たちのことを考えなければ。すなわち、継続的な補給網の確立なしでやってはいけないことは、あまりにも明白なことです」

「すき家」のゼンショーは、深夜の一人勤務・通称「ワンオペ」や、月500時間労働でデフレ時代に成長を遂げた。一時は外食ナンバーワンの座を誇ったが、いまでは人手不足で多数の店舗の閉店を余儀なくされている。

ヒト・モノ・カネの補給が十分にないまま、個人のムリな労働に頼ったブラック企業の経営は、そのまま旧日本軍の無謀に通じていると言ってもいいのではないだろうか。

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http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110704/276361/?ST=mobile より転載




フランス革命から「変わり方」は学べるか

 世の中には「革命萌え」な人と、そうでない人がいる。
 この間、映画「マイ・バック・ページ」を観ていてふと思いました。
 1960年代末、学生運動に共感している若い記者が、ある新左翼の学生に出会う。記者は、「武装蜂起で革命を起こす」と言っている男を口だけだと思っていたが、男は本当に埼玉県の自衛隊駐屯地で自衛官を殺害してしまい……。
 と、こんなストーリーなのですが、話より自称革命家の男のキャラクターが面白い。
 武器を奪って、どう革命を起こすのかはもちろん、そもそも何のために社会を変えるのかといった考えはゼロ。しまいには、「武器奪取に成功すれば、オレは本物になれるんだ!」と叫ぶ始末。記者も、なぜこんな男に肩入れしたのか、わからなくなって頭を抱える。
 要するに「革命」の中身でなく、「革命」という言葉の魅惑的な響き、憧れが、2人を結びつけてしまったわけです。
 今回の本で対談している2人、ジャーナリストの池上彰さんと『小説フランス革命』を刊行中の作家・佐藤賢一さんも、「革命」にロマンを感じる「革命萌え」だと感じました。
 対談の軸になるのは、佐藤氏の持論「日本の革命はフランス革命の1/2だった」です。
 日本の革命とは、明治維新や敗戦後のGHQ改革、1960年の安保反対デモ、1968年の全共闘運動、そして2009年の政権交代です。
 これらはフランス革命と比べてみれば、中途半端だった。
 フランス革命をもっと知ることで、デモもストも起こさない微温体質の日本人だって、危機を乗り越えるための「変わり方」が学べるのではないか。
 2人の著者は、こんな意見を語ります。
 話の流れから見るに、この対談は、チュニジアやエジプト、リビアなど、中東での民主化革命を受けて企画されたものでしょう。それなら中身の予想はつきます。
 しかし、対談前に東日本大震災が起きました。結果、予定調和は破られ、2人のセッションはより含蓄を増しています。




1/2革命が「お上がなんとかしてくれる」意識を作った

 フランス革命といえば、ごぞんじ世界史の大・大事件です。
 「自由・平等・同胞愛」のスローガンに込められている民主主義思想や人権思想など、フランス革命の果実は抱えきれないほど大きい。
 反面、負の側面の大きさもよく指摘されています。特に国王を処刑してからの後半はめちゃくちゃと言っていいくらいです。
 革命政府は、裁判の手続きも女子供の区別もなしにギロチンで処刑しまくり、キリスト教の神に代わる「至高存在」という官製カルト宗教までつくって、フランスはテロとクーデタだらけになっていきます。
 要するに、フランス革命は世界史上の栄光でもあり汚点でもあるわけですね。
 日本の明治維新もたくさんの血が流れてはいるけれど、フランス革命に比べれば段違いに穏やかです。ただその分、変わらなかったものも多かったのでしょう。
 この本で2人は、フランス革命の功罪と日本の革命が1/2であった理由をこれでもか、これでもかと挙げていきます。ごく一部を紹介すると。

 ・明治維新で、将軍は処刑されなかった
 ・敗戦後も天皇制は維持された
 ・学生運動は大衆に広がらなかった


 こう並べてみて気づくのは、日本の革命は、どれも武士、占領軍、インテリ学生という「上からの革命」だったということです。日本人に「お上がなんとかしてくれる」という意識が強いのはこのせいかもしれません。





「歴史から学べ」か、ナポレオンか

 では日本もフランス革命のようなフルサイズの革命が起きればよかったのか。
 対談の中で2人も悩んでいます。極端な社会変革は、それだけたくさんの犠牲者を生む。だいたいフランス革命だって数々の偶然に助けられた面も多いのに、現代の日本でそんな「変わり方」ができるのか。
 佐藤氏は、政権交代後の今の状況について、次のように言います。

佐藤 やっぱり半分でしょうか。政権交代という破壊のあとの混乱を、なんとかまとめようとしている段階だとすれば……。けれど、ある意味、いちばんもやもやしていて、気持ちが悪いところですね。だから、ナポレオンみたいな華のあるヒーローに、なんでもいいから強引にまとめてほしいと考えてしまいがちなんでしょう。

池上 どっちにしてもいちばん中途半端なところなんですね。

佐藤 ええ、端境期の、中途半端なところです。だから、フランス革命もそうでしたけど、なにかここで突発的な事件――、外圧でも、あるいは国内の事件でもいいんですけど、そういうものが起きたらわからない。

池上 それ、起きましたね。

佐藤 ええ、起きました。東日本大震災が起きてしまいましたね。
 


東日本大震災が、「残り1/2革命」の引き金になるかもしれない。
 話はフランス革命史と、日本の近現代史を往復しながら進んでいきますが、本の後半で、2人がくり返し述べているのは「歴史から学べ」ということです。
 危機の今、どうすればいいのか。過去の人たちの歩みから考えよう、と。
 ただ「歴史から学べ」にうなずきながら、頭のどこかでこうも思うのです。
 そんな余裕があるのだろうか、事態はもはや普通のやり方では取り繕えない状況で、起死回生の一手、妙手、奇手が必要なのではないか、と。
 天才的な軍事センスとカリスマ性で、泥仕合の革命を力ずくでまとめ上げたナポレオンは、次の言葉を残しています。
 「愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る」
 今の日本には更なる革命が必要なのか。だれが? どうやって? 何のために?
 これはとても大きな問題です。今回の池上さんは、「そうだったのか!」と言わせてくれるいつもの池上さんではありません。あえて読者にモヤモヤを残し、自分の頭で考えさせようとしているのです。

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今更ですが、昨年11月4日に立正佼成会ホームページに庭野会長が崇教真光の二代教え主恵珠の葬式に参列したことが掲載されていたので紹介します。





http://www.kosei-kai.or.jp/news/2016/10/post_594.html より転載




庭野会長 崇教真光「聖珠真光大導師 みたまおくりの祭り」に参列


崇教真光(本部・岐阜県高山市)の二代教え主である岡田恵珠師が9月18日に逝去され、これに伴う「聖珠真光大導師 みたまおくりの祭り」が10月28日、同本部の元主晃大神宮で営まれた。崇教真光は、新日本宗教団体連合会(新宗連)の加盟教団。本会とは、新宗連での活動を通じて、対話・協力を重ねてきた。
「みたまおくりの祭り」には、来賓として庭野日鑛会長が参列。国富敬二理事が随行した。庭野会長は献花を行い、哀悼の誠を捧げた。
(2016年11月 4日記載)



転載終了





ここで気になったのは、立正佼成会といえば自民党や日本会議を批判している教団なのに、
なぜか日本会議にも所属しており自民党からの来賓が絶えない(つまり、新宗連の裏切り者と思われても仕方ない立場にある)崇教真光と手を組んでいるのです。



以前から自民党と民主党、日本会議と新日本宗教団体連合会は表向きには敵対しているが、裏ではつながっているのではないか?
と思っていましたが、案外そうなのかもしれません。
自民党と都民ファーストが表向きには敵対しているのと同じで。



立正佼成会がホームページにこの記事を掲載した時点で、崇教真光二代教え主死亡という重大事件が世間に知らされましたが、
恵珠死亡から既に1ヶ月半経過しているため、情報の新しさが重要視されるマスコミに騒がれることがなかった。
そのため週刊誌ですら記事にされず、崇教真光の世間からの注目を避ける戦略は成功したのです。


以前から書いていますが、崇教真光では医療否定による組み手の不作為殺人が多発しています。
もし、崇教真光が世間から注目されると、ライフスペースみたいに不作為殺人が暴露されてしまう危険性があるため、世間からの注目を避けているのです。

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