死の淵を見た男 門田隆将
3・11のときの福島原発での死闘を描いたノンフィクション作品。
彼等の気持ちに泣けた。
まず、福島原発の建屋としては免振重要棟という建屋と中操という建屋がある。
免振重要棟には、緊急対策室があり、そこは基本的に放射能から隔離される様になっている。
そして中操は別のところにあり、原子炉のパラメータを読める場所になっていて、当時交代でパラメータを監視していた。
そして、2回目の水素爆発が起きたとき、放射能レベルが急上昇して、班長が「今は交代に行けない」と伝えると、中操の現場では、涙ながらの詰まった声で「もう来なくていいですよ」と。。。
放射能を知っているから、この先どうなるか?想像がつく、だから出た「もう来なくていいですよ」だったと思う。
2度目の水素爆発で、異常なほどの恐怖だったと思う。
その言葉を聴いた班長は、吉田所長の命令を無視して、中操に交代に行く。
そのとき、部下の人はバツが悪そうに泣いてたらしく、それを見た班長は、その人の頭をヘルメットの上からゴツンと叩いた。(オレが、お前たちを見捨てる訳がないだろう)
吉田所長の「部下の人命を守らなければならない。」という気持ちも分かるし、班長の「部下を見捨てる訳にもいかない。」両方の気持ちが分かる。 泣けた。
他にも泣けた話が色々あった。
震災後、福島原発の水が止まり、便所は大変な事になってたらしい、水が流せないし、みんな血尿が出て、便器が赤く染まってたらしい。
そして、いよいよ吉田所長が「死」を覚悟したとき、「各班、最小人数を残して退避」命令が下る。 年配者は残して、若い者は退避させた。 この事からも、本当にギリギリだったんだと思った。
文庫のあとがきでのエピソードだが、
吉田所長が癌で倒れて亡くなる前に、同じ現場の親友に「あの時、状況がさらに悪くなったら、最後は全員退避させて、おまえと二人だけで残ろうと決めていた。だって、空っぽにするわけにはいかないだろう。奥さんに謝っておいてくれ。ごめんな」とメールを送っている。
それに対して、「バカ野郎。俺がオマエ一人を残して、去っていくわけがないだろう。俺は、最後まで吉やんと一緒だよ」と返信している。
このやり取りのあと、吉田所長は亡くなっている。
自分にも、こんな事を思いあえる仲間がいたらなぁ。。。と思う。
この事故は、海面から十メートルの高さにある原発を津波を襲う訳がない。電源が喪失することはありえないだろうという慢心があったのが原因だったのかもしれない。 この事故を唯一回避出来たチャンスとしては、アメリカの9・11テロのとき、アメリカ原発は電源が喪失した場合を想定した対策を講じて、対策促進を世界に発信している。このとき、日本も対策に乗り出していたなら防げたかもしれない。
結局、日本ではテロは起きないだろう。対策にはコストがかかる。利益を優先した為に対策が疎かになってしまった。
安ければ喜ばれる世の中。その結果、対策を疎かにして防げたかもしれない事故が起きてしまった事が残念でならない。
だが、この人達が現場にいたからこそ、日本の「死」をギリギリで回避出来たんだと思う。
もし、最悪の事態「核格納容器の爆発」が一つの核格納容器で起きていたなら、人が近づけなくなるので、連鎖的に福島第一原発の他の核格納容器、全ての冷却が出来なくなるので、4つの核格納容器全てが爆発する事になる。そうなると、福島第二原発も人が近づけなくなるので、福島第二原発も制御が出来なくなり、福島第二原発も連鎖的に核格納容器の爆発が起きる。この場合、試算ではチェルノブイリの10倍の被害になってたらしい。
その場合、東北は全滅。関東もどうなってたか。。。まさに日本という国の存亡をかけた戦いだったと思う。
震災の問題は、まだまだ色々沢山の問題を残している。いつかは問題も解決されていくのかもしれない。
何十年もしたら、震災も風化されていくのかもしれない。
でもやっぱり、震災での地震・津波・原発事故、あのとき何が起きたのか?は後世に伝えて行く義務が、今を生きている自分達にはあるんだと思う。