桃の香りに誘われて

北京オリンピックを分岐点に中国は・・

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列車が動き出して、車内も落ち着きはじめた頃、夫の座席のおじさん達は、今度は、ビニール袋に入った惣菜をいくつも座席前のテーブルに広げ、箸でつっつきあって食事をとり始めた。同座した夫にも「食べなよ」と、それらの惣菜を勧めてくれる、そんな気のいい人達であるということは分かったのだが。
わいわいがやがやとしながらの食事の時間も終わり、次は何をしてくれるのかと期待混じりで観察していると、列車の床下に寝転がって睡眠をとり始める人が現れた。呆気にとられてあたりを見回してみると、あっちでもこっちでも同じようなことをしている。
次々出会う初めての経験に高ぶった気持ちを癒してくれたのは目を窓外へ向けた時、どこまでも続くとうもろこし畑のはるかかなたへ沈もうとしている、大きなオレンジ色の太陽と半分開けられている窓から、入り込んで来る涼しい風だった。

そして、今・・・ 大同へ向かう車内で、私はそのときの旅のことを思い出したり、本を読んだり、車窓を眺めたり、寝そべったりと自由気ままに過ごしている。そればかりか、窓辺の下の床にはお湯の入った高さ50cm位の銀色のポットまで用意されている。これは、お茶が日常生活に欠かせない国だけあって、たいがいの人が、片手に茶葉入りのガラス製の水筒をぶら下げて歩いている。その水筒に入れるためにと用意されたものであり、もう一つには、カップ麺にお湯を注ぐためのものである。カップ麺は、ホテルの売店でも、駅の売店でも、あげくは車内販売でも買う事が出来る程、大人気である。
この銀製ポットを見た瞬間、1940〜70年の日中戦争を背景にした「生きる」という中国映画の中で主人公の夫が戦地へおもむいてしまったため、妻は、家族の生活を支えなければならず、朝の暗いうちから路上に置かれたリヤカーの上に、ぎっしり並べられたこれと同じようなポットにお湯を注ぐ仕事をしていた場面を思い出したのである。このときは、これらのポットがどこで使用されるのか、どうしてこんな仕事が必要なのか、わからずじまいだったけれど、今、この瞬間、その謎が解けたようだ。カップ麺こそない時代ではあっても、お茶を飲む習慣を持つ中国の人々にとって、お湯の存在があらゆる場所で必要とされたということを。

約6時間の汽車の旅を楽しみ、いよいよ大同に近づいて来た頃、車窓からの景色は一段と雄大で後方には山々が連なり、手前には緑のとうもろこし畑と黄色のひまわり畑が広がり始めた。列車がさらに進むと、砂漠のような土地に葉っぱの無い樹木がつんつん突っ立っている。その間に、大地を掘り起こしたように、水の無い川の流れの後のような溝がずっと続いているのは、雨期になるとそこに水が溜まり川を形成するからだろうか。


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