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内モンゴルのフフホト行きの切符を手にしている私たちの国内線出発時間は夕方のため、太原滞在最後のこの日、その待ち時間を利用して晋祠という寺院をまわってから空港へ向かうことにした。
ここには、アメリカのクリントン大統領も訪れたという。大統領訪問前は、大規模な大掃除が行われ、大変な騒ぎだったらしい。確かに、同じ素材を料理するのに、『調味料をちょっと加えただけで一味違う』というのと同じで、ゴミのない観光地はその美しさが一段と引き立つ。特に中国についてはそれを感じてしまう。
晋祠は周の武王の次男を祀るため北魏代に創建され、彼の母を祀る為の聖母殿は北宋代に建立された。この聖母殿の左側に水が年中休むことなく湧き出る泉があるとのことなので、まずそこに向かおうとした。けれど、森の奥深くに建物が位置しているとみえ、入口の門をとっくに通過しているにもかかわらず、なかなか目的地へ到達することができない。あの紫禁城より奥行きはありそうだ。それでも、どんどん徒歩を速めて奥へ進んでいくと、だんだん緑の木々が多くなり、それらの枝が空を覆っている為、辺りは薄暗くなりはじめ、ひんやりした空気さえ肌に感じてきた。途中、人が4〜5人手をつながないと幹を囲めないほどの太さの槐(えんじゅ)の樹があった。遠い昔が近づいているような気配に、普段は私が後から小走りしないと追いつけないほど速足で歩く夫の歩き方も鈍くなってきている。
いよいよ本殿に入ったのか、人に触られ過ぎてピカピカに光った1m位の鉄人の像が何気なく外に据え置かれている。この像は、両足を広げ、右手を顔のところまで引き上げ、左手を腰のあたりで折り曲げ、いつ敵が襲ってきても『私はいつでも戦う準備ができていますよ』といったようなポーズで構えている。顔はいかめしい。口を真一文字に結び、鼻は顔の中央にどっしり据わり、左右の太い眉毛はくっつき、目は大きく見開かれている。服装は布のようなものをまとっているのだが、腰紐でウエストをギュッと結び、足にかかる布もひっかからないように膝のところで結んでいる。中国人の子供がまるで自分の玩具道具のようにこの鉄人の腕にぶら下がって遊んでいたのが印象的だった。
ふと目を移すと、8本の殿柱に木彫りの龍が躍動感たっぷりに絡まっている。私の、今は成人して数年たっている長男、もうすぐ成人を迎える次男が、幼い頃これらに出会っていたとしたら、この姿の恐ろしさに大声をあげて泣き出していたに違いない。そのくせ、この二人、こういうものが大好きなのである。もし、これらとの出会いが会ったら、生涯忘れ得ぬ光景として彼らの心の中に刻みつけられていただろうに。
8体の龍をじっくり観察してみると、頭は勇ましく天に向かい、その眼はまっすぐ空を仰ぎ見ている。その姿に未来が感じられた。
聖母殿の向かって左側に水がこんこんと湧き出ている泉はあった。この泉にはこんな言い伝えがある。「病気の母親の為に、娘が毎日、毎日山から里へ水を汲みに行ったのを見ていた仙人が親孝行の娘の為に、いつでも水が湧き出ているこの泉をプレゼントした」という話である。泉の大きさは、東西に15.5m、南北に19.5mである。この上に十字形の石造りの橋を渡してある。流れ出てくる水に手をかざしてみたが、その感触はなまぬるかった。
後日、この祠についての資料を見てわかったことは、ここに存在しているほとんどすべてのものが1,000年以上も昔のものであるということである。あの槐(えんじゅ)の樹は2,000年前、柱に絡みついた龍は1,000年前、子供の玩具となっていた鉄人ですら900年前のものだった。
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