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オリンピック開催まであと4年の頃… (2003年8月)
中国の壮大な歴史を作り出した都市「西安」への旅
その昔、長安と呼ばれた省都「西安」とは…
北京空港午前9:30出発の国内線に乗り込み、昼前には西安に到着する予定でいたところ、飛行後20分位の時、西安が大雨の為、飛行機が着陸できないので北京空港に引き返す旨のアナウンスがあり、私たちは振り出しに戻されてしまった。
北京の国内線ロビーで待つこと二時間…….それでも西安行きの飛行機が出発できた事にひとまずホッとした。
西安空港に到着すると機外はカラッとしており「飛行機が降りられないほどの大雨は、どこに降ったのかしら?」とつい文句も言いたくなってしまう。それでも、よく見ると空港敷地内の施工の悪いコンクリートの窪みに水が溜まっていた。市内に入っても大雨の降った様子は見当たらず、それどころか空気がかなり乾燥しているのか喉の奥の方に痛みを感じてきた。
ホテルへ向かうタクシーの中から見える街中の様子はといえば、人の活気はここでも中国独特のものを感じるが、風景はどこかひなびている。築後何年も経っていないようなアパートが林立しているのだが、その道路側に面している窓ガラスの汚れが異様に目立っているのも気になる。この様子では、『掃除などしていないな』と、疑ってしまう。
しかし、松本清張の「眩人」という唐の時代の長安を舞台にした小説の冒頭で、こんなことが書かれている。寒さが緩むころになると長安の都市全体が黄色い霞に包まれる。一年中で一番難儀な季節である。一般の民家の女たちは、北からの風が黄塵を運ぶのを止めるまで掃除の地獄に陥る。二月にはいると決まって紅色とも、黄色ともつかない砂塵が東北から天をおおってやって来る」と。このことからすると、現在においても砂塵が容赦なく吹いてきて街なかを汚しまくっているものと想像する。
「陝西省の省都である西安は、その昔長安と呼ばれた。日本との交流も古く、隋、唐の時代には、遣隋使や遣唐使が日本から派遣され、日本文化に大きな影響を与えた。阿倍仲麻呂や空海もそのうちの一人である。そこには、紀元前11世紀から10世紀の初頭までおよそ2,000年の間、西周、前漢、唐など多くの王朝によって都がおかれ、秦の始皇帝、劉邦、武帝、唐の太宗、武則天、玄宗と楊貴妃など歴史上の英雄やヒロイン、そして多くの物語を輩出した。また、西安は、シルクロードの起点であり、天竺まで仏教の経典を求める旅に出た玄奘(三蔵法師)も、この地を出発して再び舞い戻った。茶や磁器などは中央アジアを通ってヨーロッパに伝わり、中国にも西方の物産や文化が伝わった。」といったような事が、ガイドブックでは紹介されている。
たしかに、世界史上に多大な影響を与えた西安に残る史跡は、数多い。今回は、紀元前まで遡らなければならない中国史の重圧に耐えながらの、旅になりそうだ。
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