桃の香りに誘われて

北京オリンピックを分岐点に中国は・・

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西安と聞いて、まず最初に思い起こすのは、頭上の中心より少しずれたところにちょこんと髪を結い、膝より長めの着物を着た上に鎧をまとい、手には何やら武器を持っていた後もみられるような姿で、深さ5メートル位の坑にずらっと整列した兵士たち、兵馬俑である。その数は、8,000体もあり、現在でも発掘は続けられている。広大な敷地の中に、この博物館は1号棟から3号棟まである。
ここは、今から30年前、自分の畑に井戸を掘っていた農民により偶然発見された。発見者である楊氏は以前よくここに来て観光客の相手になっていたというが、今は、ほとんど顔を出さなくなってしまったそうだ。
一農民の人生まで変えてしまった兵馬俑は、紀元前220年頃から制作され始め、今では素焼きの状態となっているが、制作当時は色付けがされていた。下半身には安定性を保つため、表面と同じ土が詰め込まれているので重さは、一体が100kgもある。
兵士の身長は180cm位、顔立ちはそれぞれ異なり、年齢は髭があるのでずいぶん老けて見えるが、20代後半から40代位と思われる。戦国七雄( 韓=かん、魏=ぎ、斉=せい、趙=ちょう、燕=えん、楚=そ、秦=しん )の西端に位置していた秦へ、敵が攻めてくるとしたら東方面からであったため、全員東向きに整列し敵から皇帝をお守りしている任務に就いている様子を醸し出している。
兵士と共に、4頭並んだ馬も数ヶ所にいるが、それらに鞍はない。なぜなら、戦車をひいていた馬なので背中に鞍を置く必要がなかつたのだそうだ。

これらを坑の中に整列させた後、両脇の土の上に隙間ができないように丸木を渡し、その上にムシロを敷き詰め、さらにその上に土を覆って地下の様子をすっかり隠してしまったのである。博物館にはこのとき使用した、みごとなまでに真っ黒に石化した丸木が展示されていた。
どのくらいの人々が、どのような働きをして、どのような方法でこの重量ある兵士や馬を順序よく並べていったのか、本物を目の前にしてその想像はつきない。


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