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西安から洛陽へは、私たちが何回も経験した汽車を利用しての旅である。このときの車両も軟座車両のゆったりしたものであった。お昼は車内販売の弁当を買って食べられるほど、「汽車の旅にも慣れたものだ」と自分に感心してしまう。でも、ここ数年で、弁当にも変化が見られ、ひとつのケースにご飯とおかずが一緒になっていたものが、それらをきれいに仕切る等、盛り付け方にも工夫がみられるようになった。 |

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西安から洛陽へは、私たちが何回も経験した汽車を利用しての旅である。このときの車両も軟座車両のゆったりしたものであった。お昼は車内販売の弁当を買って食べられるほど、「汽車の旅にも慣れたものだ」と自分に感心してしまう。でも、ここ数年で、弁当にも変化が見られ、ひとつのケースにご飯とおかずが一緒になっていたものが、それらをきれいに仕切る等、盛り付け方にも工夫がみられるようになった。 |
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街を取り囲んでいる城壁も、西安のシンボルである。以前は、東西南北の城門に「鐘」と「太鼓」が一対をなしてそれぞれに設置されていた。唐の時代、夕方、時を知らせる鐘が一つ鳴り、また一つ鳴り、最後には四箇所の鐘の音が街中に響いた様子は異様でもあり、おごそかでもあったと思う。 |
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西安には、歴史に登場した人物の墓も実に多くある。今、私たちが向かっている先にあるのは、唐の高宗、則天武后夫婦の墓、乾陵である。 |
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さて、今日はいよいよ西へ向かう旅に出る。すなわちシルクロードへつながるルートである。当時のシルクロードの出発地点であった道路脇には、駱駝に乗った商隊一行のでっかいモニュメントがあり、観光客の目を楽しませている。シルクロードという言葉の響きに、私の気分も上々である。しかし、私たちの乗ったタクシーの運転手は『どうして、日本人はシルクロードとう言葉にロマンを感じるのでしょうか?』と聞いた。『私たちにとってシルクロードとは苦難の旅に通じます。旅に出たほとんどの者が故郷へは戻れず、仮に戻れたとしても10代で出かけた者が戻った時には60代にもなっているのですよ』と…… |
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今日の旅は、西安の街から東へ向かう旅であった。その昔、人々は中国大陸で産出される様々な物資を求めて東へと旅だった。 |
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