顕正会から日蓮正宗法華講へ移ったブログ

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更新がしばらく空いてしまいすみません。


時事問題というか、顕正会の総幹部会の登壇について書くかどうかも考えましたが、

他の皆さんがブログ等で取り組んでくださっているので、私からは控えます。



私の近況としては、ブログでも書いてきましたが、先月は3人の顕正会員と対面法論しました!


また先週は、私の縁で無宗教の壮年の方の御受戒が叶いました!
(明日は勤行指導です)



その後、風邪をひいてしまったこともあり、SNS活動は少し控えましたが、


唱題は毎日60分は欠かさず、眷族さんとの連絡もしております!




さて…


今回は、顕正会時代にはなかった感覚の話をさせて頂きます。

もしかしたら正宗信徒として間違いかもしれないので、
読んでくださる方はあくまで、「一信徒のつぶやき」程度で捉えてくださいm(_ _)m



まず、顕正会時代とは全く違う価値観として…

これまで何度か書いてる気がしますが、
私は日蓮正宗に入信して年月が経つにしたがって、自然と「唱題しなきゃ」「唱題したい」と思えるようになっております!

先ほども申しました通り、現在は「毎日60分以上」を心がけ、ほぼできております。

本年は10月中に、昨年一年間の唱題時間を超えました!(計ってます)


実際に唱題が多いほど、活動予定が自然と埋まるイメージがありますし、
心も穏やかでいられると思えます。


トラブルは起きないわけではないのですが、「難来たるをもって安楽」と本気で思えるときもあります。


年を経るほどに強くなる、唱題への気持ち。
まずこれが顕正会時代にはない感覚ですね!




それから次に…


唱題や折伏によって起きてくるトラブルというか難というか、それらは、
自身の罪障とか、もしくは、

「いつか必ず乗り越えなければ、解決しなければいけないことで、誤魔化してきたり先延ばししていたこと」

と思えます。


顕正会のときは、
「今、ただちに解決する」
「今、特に大した努力をしなくても難が去る」
という現証の起き方だった気がします。

しかし日蓮正宗では、けっこう長く、深く、もがき苦しみます。


そのせいか、やはり日蓮正宗になってからの方が、苦労は多くても乗り越える喜びは深く、人間として成長できている感覚が強いです。


すなわち、功徳や幸福を実感します!


と同時に、日蓮正宗に入ってからは、

「誤魔化しは効かない」
「自身の悪いところや成長すべきところは嫌でも向き合うようになり、丸裸にされる」

そんな気もします。


やっぱり顕正会時代とは違い、
ある意味祈るだけでは、折伏に戦うだけでは、簡単には本当の罪障や宿命から来る難は解決しないと思います。

難に対して悩み、取り組み、もがきながらも、
強く祈り、可能な限り戦う中に、解決するためのきっかけや縁を、御本尊様から与えてもらえる気がします。


「難が起きた理由」
「難が来たときの解決の仕方」
「難を乗り越える中、乗り越えたときの成長の実感」

このあたりも顕正会のときとは違いますね!



ここまでにしますが、

同じように戒壇の大御本尊様を信じ、広宣流布や仏国土実現を目指して戦っている日蓮正宗と顕正会で、

けっこう価値観が違うものですね!


顕正会員さんはこの記事を読んでどのように感じましたでしょうか?



ご相談・ご質問はお気軽にこちらまで!
09067099368
no_sleep502goal@yahoo.co.jp

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