顕正会から日蓮正宗法華講へ移ったブログ

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総幹部会の続きです!


まず、写真1枚目(顕正新聞令和元年5月5日号)については、

先月の総幹部会のときにも既に破折済みですね!

https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/16051894.html

日顕上人は正本堂を、建立された時点で御遺命の戒壇であるとは言っていないのに、

あの書き方では顕正会員さんは勘違いしてしまいますね!


いや、今回に限っては、少し前の部分を良く読めば、

「正本堂こそ御遺命の戒壇である」

との書き方は、

「言い過ぎ・はみ出し」

であることがわかりますね!!

読んでみてください。




次、写真2枚目(同じく顕正新聞令和元5年月5日号)!

「正本堂が御遺命の戒壇になってしまった」

は「言い過ぎ・はみ出し」ですね!


写真3枚目(大日蓮昭和47年12月号)のように、

あの池田会長(当時は総講頭)が、

「大聖人様が目的とされたところの肝心要(かなめ)の広宣流布…その『本番』はこの十月から、いよいよ始まったわけでございます。これで『終わった』というのではなく、かえってこれから『始まる』のであります。」

とのように、

正本堂落慶をもって御遺命成就、とはしてはないのです。 

これが、最終的な結果なのですから、


せいぜい、

「正本堂が御遺命の戒壇になりかけた」

ですね!!



最後、写真4枚目(顕正新聞令和元年5月5日号)!

解散処分の理由のところで、

「正本堂を御遺命の戒壇と定めた訓諭」

とありますが、

正しくは写真5枚目(「御遺命守護の戦い」182ページ)のように、

「昭和47年4月28日付『訓諭』に対して異議を唱え」

ですね!


日達上人は訓諭の中で、

「現時にあっては未だ謗法の徒多きが故に、安置の戒壇の大御本尊はこれを公開せず、須弥壇は蔵の形式をもって…」

と仰られておりますし、

「前以て建てたかどうか?」についても、「たるべき」という願望の助動詞を用いて、
「必ずそうなるとは限らない。願望である。」との意志をお示しです。


日達上人が書かれた訓諭の解釈文には、

「正本堂は未来広宣流布達成の暁の本門寺の戒壇を願望したところの大殿堂」
(「御遺命守護の戦い」146ページ)
とあり、

同じく「御遺命守護の戦い」147ページには、

「細井管長は口頭では明確に、『正本堂は三大秘法抄・一期弘法抄に御遺命の戒壇とは全く違います』と何度も繰り返された」

とまで書いているのですから、


現代になって、日達上人の昭和47年4月28日の訓諭を、

「正本堂を御遺命の戒壇と定めた訓諭」

としてしまうのは、

やっぱり…


「言い過ぎ・はみ出し」


ですよね!!



それから、写真の枚数制限の関係上載せられませんでしたが、

顕正新聞令和元年5月5日号の4ページ4段目でも、

日達上人の昭和47年4月28日の訓諭については、


「この訓諭の意味するところは、『正本堂は、広宣流布以前に建てておいた御遺命の戒壇である』というものです。」


との、「言い過ぎ・はみ出し」がありますね!



このように、浅井会長は、事実を「言い過ぎ・はみ出し」で伝える人なんだということに、


顕正会員さんは気付いてください!!



今回はここまで。

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総幹部会の記事がだいぶ遅れてすみませんm(_ _)m


ぱぱっと行きます!(できるかわかりませんが)



3枚とも顕正新聞令和元年5月5日号です!
(何回かに分けますが、講演の順にはやらず、そのつど場所はとびます。)



まず、写真1枚目!


「顕正会と国立戒壇に対する怨嫉」

なんてことを言ってますが、

私たち(元顕正会)法華講員は、あくまで顕正会員を
「救いたい」
「国立戒壇のまやかしを気付かせてあげたい」
んですよね。


それに、

「まず宗門内で怨嫉が起きて来た」

と、浅井会長はまるで最近から始まったかのように言いますが、

(元顕正会)法華講員による顕正会員を救う大運動とも言うべく盛り上がりは、

元顕正会本部職員にして元隊長のYさんの手記から本格的に始まり、

ネットでの顕正会批判も既に10年以上は盛り上がり続けているのではないでしょうか?


「今始まってきた」みたいに嘘をつくのは、

「今まで特に対策をせず、(元顕正会)法華講員からは逃げ回っていた」

からに違いないと思います!!


写真2枚目のように、今回の講演中に出てきたとおり、
顕正会は、(元顕正会)法華講員からの訴え、批判を「置いて」きたのですね!




そしてもうひとつ、写真3枚目!

「長きにわたった御遺命破壊のたばかりも、いよいよ最終章になった」

との発言!


これはもう、
「浅井会長のあがき」
「顕正会のあがき」
が最終章になったと浅井会長は感じているのではないでしょうか?


浅井会長ももう87歳。

力ある顕正会幹部が続々と日蓮正宗に帰伏していく。

もう、逃げ回ってはいられない!


私は浅井会長はこのような背水の気持ちから、

最近になって日蓮正宗御僧侶との法論を奨励し、

教学部も作ったのだと思います!


法論の様子はテキストや音声で教えてもらっていますが、

さすがになめてはかかれない相手だと思います!



私たち日蓮正宗僧俗全体でも、
更なる研鑽に励み、顕正会員を折伏する大きなチャンスとしていかなければと思います!


私も精進いたします!



まずはここまで。

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顕正新聞も令和に変わり、

その令和最初の顕正新聞では、

宗門誹謗中心でした!!


今回は浅井会長の講演がかなり酷いのですが、


まずは教学部員にもなったA隊長の登壇に絡む、顕正会浅井会長の欺瞞を示していきます!!



写真1枚目は、「冨士」昭和50年5月号!

妙信講18年の歩みを振り返った年表です。


まずここに既に、昭和40年2月16日の、第一回正本堂建設委員会の日達上人のご説法への欺瞞があります!


日達上人は、「正本堂は事実上の本門戒壇」とはご説法されておりません!
(トチロ〜さんのブログ参照)
https://kenshokai-hashaku.com/syohondokensetsuiinkai/

これだけを見れば、日達上人がこのとき既に、正本堂を御遺命の戒壇と言ったごとくですが、

「正本堂を御遺命の戒壇と決定する理由を述べた、最初で唯一の説法」
とまで書いた、

「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」の中で、
日達上人のご説法を引用した(21〜23ページ)部分にももちろん、

「事実上の戒壇」なる言葉はありませんので、確認してみて下さい!
(むしろ、「まだ謗法の人が多い」「広宣流布の暁をもって公開」「おしまいしてある」「御開扉の仕方は今までと同じ」と、御遺命の戒壇ではないことを発言していることがわかります。)


ちなみに、昭和40年2月16日の第一回正本堂建設委員会における日達上人のご説法に対する書き方は毎回のようにコロコロ変わっていますが、

今回の顕正新聞令和元年5月5日号では、

「正本堂が御遺命の戒壇であるとも、ないとも、どちらにも取れる極めて曖昧な表現を以て、正本堂の意義を述べた」

としております。


「冨士」昭和50年5月号の書き方は欺瞞ですね!




次に見てほしいのが、
写真1枚目の、正本堂供養趣意書のところと、

写真2枚目(同じく「冨士」昭和50年5月号)の、
A隊長も登壇で発表した9月12日の院達!


やはり、正本堂を御遺命の戒壇とするような内容ですね!


しかし、ここで気をつけなければいけないことが2つあります!


1つは写真3枚目(大白法昭和40年9月5日号)、
ちょうど院達と同じ日に出た日達上人の訓諭です!
(写真2枚目にも訓諭が出たことは書いてありますね。) 

この中で日達上人は正本堂については、

「日達此の正本堂に本門戒壇の大本尊を安置して末法一切衆生の帰命依止即身成仏の根源となさんと欲するなり」

としていて、全く御遺命違背の発言はないのです!


で、もう1つは…

妙信講が正本堂の御供養に参加した、

ということです!

なんと、「冨士」昭和50年5月号の年表には、妙信講が正本堂の御供養に参加した事実が載っておりません!

その一方で、
「試練と忍従の歴史」の52ページあたりからを読めば、

妙信講が堂々と正本堂の御供養に参加していることがわかります!

この違いはなんなのか?

「試練と忍従の歴史」では、

「管長猊下は一言も正本堂を御遺命の『事の戒壇』などとは言われず…」

としていて、

むしろ逆に、

正本堂供養趣意書や、
昭和40年9月12日の院達を、
載せていないのです!

これは卑怯です!

自分たちの立場を良く見せ、
宗門を誹謗するのに使えそうなところはうまく使う!

顕正会は酷いですね!


写真4枚目(「冨士」昭和50年5月号)、
写真5枚目(大白法昭和40年10月5日号)
を見てもらえばわかるように、

正本堂の御供養受付は、10月9日〜12日の4日間でした!

妙信講は正本堂供養趣意書も、
昭和40年9月12日の院達も知りながら、

正本堂に御供養したのです!

A隊長が挙げた院達が出た後でも、まだ御供養取り止めは間に合ったのに、

中止しなかったのです!


もちろん、宗門側も、今回の2つの文、および昭和42年〜43年の発言は潔白ではなく、反省すべき内容です。
(日顕上人が宗門を代表して平成3年に反省・懺悔されました。)


しかし顕正会も、正本堂のことについては、潔白ではないのです!

御遺命の戒壇とされそうな表現があった正本堂の御供養に参加表明したことのみならず、

「試練と忍従の歴史」を見ればわかりますが、

「(戒壇の大御本尊様が)正本堂へとお出ましになるのです」
(「試練と忍従の歴史」53ページ)

と、

浅井会長は、
正本堂を御遺命の戒壇とする発言すら、

してしまっていたのです!
(同55ページ下段の日達上人の発言の末文には、「お出ましは先程から申す所のいわゆる広宣流布の暁である」とありますので。)


浅井会長はこれまで、
このことを一言でも、日顕上人のように反省・懺悔しましたか?

してないですよね!



正本堂のことは、特に昭和40年のことは、
お互いに反省し合って、しかるべきです!


顕正会のように完全な潔白を主張して、自らを省みないのは卑怯だと思います!!


現役顕正会員さんにも、浅井会長の卑怯や欺瞞を見抜いてほしいです!

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いつもたくさんのアクセスありがとうございます!


ここのところの顕正会の宗門攻撃は加熱しておりますね!


4月の総幹部会でも、妙観講さんと法論した顕正会員の登壇があり、

浅井会長講演でも、日蓮正宗に対する内容がほとんどだったようです!



私は先週は、ブログにも書きましたとおり、

令和初日に御開扉をさせて頂きました!

同志のお子さんの御授戒にも同席させて頂き、
たいへん有り難い一日となりました!!



そして今日は、以前に何度か法論した顕正会員さんと数年ぶりに再会して、法論となりました!

その方は顕正会を熱烈に信じてはいるのですが、
私達法華講員と顕正会員との違いが、

「広宣流布への熱き想い・情熱」

だと本気で思われており、

正本堂や国立戒壇などについてはあまり勉強されておりませんでした。

(最近の顕正会教学部員さんの出してくる文証が出てもいいように資料も新たに集めたのですが、ほとんど使わずじまいでした。)


今回はほとんど私がしゃべって終わりました。



そういえば…

あれだけ顕正新聞や総幹部会が日蓮正宗を強く意識した内容になっているにも関わらず、

法華講員のブログに対してはずいぶんと静かですね。


さすがにこのブログが顕正会員さんからの批判コメントで溢れだしてしまったら私も全てには対応できませんが、

個人的に連絡してくだされば優先して対応させて頂きますので、

このブログを読まれている顕正会員さんで、

4月の総幹部会の登壇や浅井会長講演を聞いて熱くなり、

「日蓮正宗を折伏したい」もしくは、

「力試しをしたい」

と思われている方がいらっしゃれば、


良ければ私に御連絡ください!!



総幹部会の登壇や浅井会長講演への破折は、

顕正新聞を目にしてからにいたします!!



もちろん、顕正会を疑問に思われている方からの相談も、よろこんでお受けします!

(コメント欄のみでやり取りしていた顕正会員、“ナイショさん”は喜ばしい結果となりました。おめでとうございます!)




ご相談・ご質問はお気軽にこちらまで!
秘密は厳守いたします。
09067099368
no_sleep502goal@yahoo.co.jp

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ブログ更新が止まっているにも関わらず、いつもたくさんの方の訪問、
有り難く思います!


平成最後のブログ更新です!

ちなみに明日は御登山させて頂く予定ですので手短に。(手短に終わるかな(^_^;))



私の平成の思い出といえば、18年間の顕正会時代がやはり強烈です。


顕正会に入ったことで、人生の目的とか、やりがいは見つかったと思います!


ただし!
顕正会時代は夢やロマンを追いかけ過ぎました!


タイトルにも書きましたが、私と同じ平成初期頃とか、せいぜい平成12年〜13年くらいまでに顕正会に入られた方は、


「もっと世の中が変わっているはずだった」


と思っているのではないでしょうか?



私のいた組織では、逆縁で落ち込む人に対して、


「すぐに皆わかるよ。みんな仏法やらなきゃならない時代がすぐ来るから。みんな謝ってくるから。」


なんてことを言い合っていました。
それを夢見ておりました(>_<)


平成6年には、

「あと20年で他国侵逼」
「あと20年で広宣流布」

と浅井会長から言われ、組織の仲間はみんなそれを固く信じました。


平成11年の合宿頃には、

「今後の15年は幕末よりもすごい変化が日本に起きる」

と確か言われましたね。


平成13年頃には、

「二大氷山」

として、

「大地震と経済崩壊が5年以内に起こる」 
(顕正新聞平成13年12月5日号だったか) 

と確か言われました。



それらも基本的には信じました。
夢を見すぎましたね。。。



そして顕正会にいた頃は、そのような大災害や大混乱の時代になったとき、
みんなが信心に目覚めると本気で思っていましたが、


そもそも今思えば、そのようなことが起きて、
たとえ顕正会員だけが本当に守られたとしても、

だからといって大衆が、
顕正会員を頼る保証は、無かったんですよね。


東日本大震災のときが良い例ではないでしょうか?


災害や混乱が起きてくれるだけでなく、

事実の上で顕正会員が、
家庭の中で、社会の中で、一目置かれるくらいでなければ、

そういうときに顕正会員を頼ることはないでしょう。

現実はどうでしょうか??




さて、最後に。


現在の顕正会員も、

「もう間もなく大混乱の時代が来る」
「時間がない」

と本気で思っている人は多いです。


しかし、浅井会長が発言してきたペースでは、日本の混乱は進んでいません!


常々書いていることですが、

顕正会員さんにはどうか、

家庭や仕事、将来の自分、今の自分と、大事にすべきことを大事にしてほしいです!

盲目にはならないでほしいです!

心に余裕を持ってほしいです!



私は令和も、顕正会員さんを救うため、ブログを頑張ります!!



ご相談・ご質問はお気軽にこちらまで!
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