顕正会から日蓮正宗法華講へ移ったブログ

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顕正新聞平成31年4月5日号の中で、
副教学部長I氏は、

写真1、2枚目のように、

「賞与本尊の裏書き」について、

“『準じて』とは『なぞらえる・同等』の意であり、むしろこれは御遺命破壊に加担したことの証明であろう”

と発言しております。


しかし、

「準じる」の意味を私が手持ちの辞書で調べたところ、

写真3枚目のように、
(三省堂国語辞典 第三版 1985年発行)

「正式なものに“次ぐもの”として考える」

「正式なものと“だいたい”同じにあつかう」

とありました!


この意味からすれば、この「賞与本尊裏書き」において日達上人は、

正本堂は、正式な御遺命の戒壇に
“次ぐもの”
“だいたい同じにあつかう”
としたことがわかりますから、

I氏の言うように、

「御遺命破壊に加担した証明」

とはならないはずです!



このことは、

「近現代における戒壇問題の経緯と真義」

で、日顕上人も触れられています!


すなわち、当時学会は、

「此の御本尊は正本堂が正(まさ)しく三大秘法抄に御遺命の事の戒壇為(た)ることの証明の本尊也」
(写真4枚目。85ページ)

との原稿を持ってきたものの、

日達上人はその原稿に、

「準じて」を入れたのです!
(写真5枚目 86ページ)


そして、これについて日顕上人も、
写真5枚目のように、

“「準じて」というのだから本物ではない”

と、私の所持する辞書の意味で解説されております!


この経緯がわかれば特に、

「御遺命破壊に加担した」とはならない!

との感を強くするものです!!



ネットで少し調べましたら

I氏が言うように、「準じる」には「なぞらえる」も確かに有りました。


しかしその後の解説を見ると…

「準優勝」との「準」を使った解説がありました!

これは、優勝ではなくて、優勝になぞらえた2位、ですよね。

 
また、一般的には「准」の字ながらも、「準看護師」とも書いてありました。

正式な看護師とは違いますよね!



日蓮正宗僧俗は「賞与本尊裏書き」の文証を全然使っても大丈夫だと思います!



というか…

前にブログでも書いたとおり、

一番大事な場所での発言、すなわち、

正本堂落慶式での発言や、

その近辺で文証化された、日達上人や池田会長の発言では、

ちゃんと

「正本堂は御遺命の戒壇ではない」

と発言したことが確認できるのですけどね!

https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/11036564.html


落慶式で日達上人や池田会長がきっぱりと発言されたせいか、

事実として学会員を含む日蓮正宗僧俗全体として、

「正本堂落慶によって御遺命が成就された」

という認識は全然無かったそうです。


そう考えれば、

御遺命は破壊されてはいないんですよね!!


顕正会員さんは浅井会長や幹部の発言を何も考えずに真実だとは受け止めず、


ちゃんと広い目で見てほしいです!

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3月度総幹部会の浅井会長講演の最終回&所感です!



日顕上人の「国主立戒壇」について、

『「ある程度」とは何事か。』
『何とも頼りない言い方、全く確信がない。はじめから逃げを打っている』
(写真1枚目。顕正新聞平成31年4月5日号)

と浅井会長は言いますが、


そもそも日顕上人の講義での“結論”は、「国主立戒壇」ではないのです!!


写真2枚目、
「近現代における戒壇問題の経緯と真義」98〜99ページのように、

『政治の在り方等というものは、いつどこでどう変わるか、未来のことはわからない』

『「三大秘法抄」「一期弘法付嘱抄」の「戒壇」の文については、軽々に論ずるべきではない』

『具体的な形で言う必要はない』

『実際の相というものはその時でなければ明確には顕れません』

『その時の御法主がその時の実状に即した形で最終の戒壇を建立するのだと、私どもは信ずべき』

が結論です!!


【4月10日加筆】
その他、「近現代における戒壇問題の経緯と真義」では、

“御遺命の戒壇は『一期弘法抄』の「本門寺の戒壇」ということであります。だから未来の戒壇については「御遺命の戒壇である」ということでよいと思うのです。”(106ページ)

“正規に大聖人が我々に示され、命令された御戒壇は何かと言えば御遺命の戒壇、いわゆる本門寺の戒壇であります。”(108ページ)

と、御遺命の戒壇の呼び方については、

「本門寺の戒壇」

と定めております。
【加筆ここまで】


顕正会では「御遺命とは国立戒壇」としておりますから、

日顕上人の結論を「御遺命とは国主立戒壇」とした方が批判がしやすかったのかもしれませんね。

本当に浅井会長はずる賢さの極みだと思います!!


ちなみにこの日顕上人の結論は、

写真3枚目、
「御遺命守護の戦い」13ページのように、

浅井会長も言っていることです!!

「本門戒壇の建立は、別しては御法主上人一人への付嘱であり、

時至って具体的建立の運びとなれば、時の御法主が相伝に基きこれを決定指示されることはいうまでもない」

のです!!



次、

その後浅井会長は日顕上人への公開対決申し入れについてその流れを説明しておりますが、

「最後に申すべき事」

を浅井会長が出した後、邪義破折班より、

「最後に申すべき事を砕破す」
(写真4枚目)

が出て、「最後に申すべき事」が破折され切った事実を隠しております!!


ちなみにその後書かれている、

「御開扉のときに大扉が開かず、御開扉が中止になった」

ですが、
私もこの事実は真実として実在したのかと思っておりましたが、

最近になってなんと、

「あの日は若手僧侶か誰かがボタンを押し間違えただけで、すぐに他の僧侶が操作をして、御開扉は予定通り行われた。」

との日蓮正宗信徒さんの証言がありました!

証言が両方存在する以上、
御開扉中止は絶対的な事実とは私は認められません。


更にその方の証言によれば、日顕上人の退座も実は数年前からだいたい決まっていたとか。

「(御開扉中止の)不思議な現証に怖畏を感じたのか、その翌月、阿部日顕(上人)はついに猊座を退いた」
(顕正新聞平成31年4月5日号)

との浅井会長の発言は、あくまで推測の域を出ないことをお忘れなく。




次が最後。

『(正系門家の中から)必ずや正義にめざめて立つ(中略)「有羞の僧」が二人・三人と出現することを、私は確信しております』

『日目上人御出現の露払いとして、正直にして小欲知足、道念ある僧侶が次々と出現しないわけがありましょうか』
(写真5枚目。顕正新聞平成31年4月5日号)

と浅井会長は言いますが、


私はむしろ、

『顕正会が正しいのなら、顕正会の味方をする日蓮正宗の僧侶が絶えないわけがありましょうか!』

と言いたいです!!


「(死者への)引導するものは時の住持に限るべし」
(堀日亨上人 興門宗致則)

「よき師とよき檀那とよき法と、此の三つ寄り合ひて祈りを成就し、国土の大難をも払ふべき者なり」
(平成新編御書1314ページ 法華初心成仏抄)

「住持の見玉ふ処が諸仏聖者の見玉ふ処なり」
(富士宗学要集一巻146ページ 化儀抄註解)

とあるように、

僧侶がいない大聖人の仏法などはないのですから!!


たとえ何百歩譲って、浅井会長のおかげで御遺命が守られたとしても、です!!



さて…


御僧侶から離れる道を選んだのは、

血脈から離れる道を選んだのは、

一大秘法たる戒壇の大御本尊様から離れる道を選んだのは…


顕正会、浅井昭衛会長です!!


広宣流布の根源は、日寛上人の文底秘沈抄にもあるごとく、

本門戒壇の大御本尊様です!!


浅井会長は、
「国立戒壇」の用語に執着してしまったがために…

大聖人の仏法を実践し、
全人類の広宣流布を目指していくうえで、 
仏国土実現を目指していくうえで、
御遺命の戒壇建立を目指していくうえで、

最も大事な、
戒壇の大御本尊様(と血脈)から、

離されてしまう行動を起こしてしまいました!!


本末転倒とはこのことだと思います!


全人類に広宣流布していくべき、一大秘法は何ですか?

一大秘法たる戒壇の大御本尊様のみが正しく、そのすぐそばにいる日蓮正宗僧俗が40年以上、みんな間違っているなんて道理が、

戒壇の大御本尊様が現実として謗法者によって40年以上守られているなんて道理が、

正しいはずの顕正会が40年以上も戒壇の大御本尊様の側にいない、近寄れない、なんて道理が、

間違っているはずの人たちだけが、毎年延べ数十万人、戒壇の大御本尊様にお目通り(御内拝・御開扉)できるなんて道理が、

あるとお思いですか?
  

真面目な顕正会員さんには、

よーく全体を見渡して、
歴史の流れを見渡して、
一番大事なものは、根源とは何かを良く考えて、

気付いて頂きたいです!!



以上、長文を読んでくださりありがとうございましたm(_ _)m




ご相談・ご質問はお気軽にこちらまで!
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引き続き3月度総幹部会の浅井会長講演についてです!


『「時を待つべきのみ」とは、広布以前に建立することを堅く禁じられた御訓誡』
(写真1枚目。顕正新聞平成31年4月5日号)

とあります。

「前以て建てて良い」は既に日顕上人が「言い過ぎ・はみだし」とされているので、これはともかくとして、

「時を待つべきのみ」の訳としては、

日淳上人は、

「この御金言(時を待つべきのみ)に従ってただこの正法を護りとうして時節到来を待つというのが日蓮正宗の歴史」
(写真2枚目。日淳上人全集330ページ)

と発言しておりますから、

ズバリと「訓誡」の意味ではありません。


《加筆》
「時を待つべきのみ」に関していえば、

浅井会長の発言で、
『「時を待つべきのみ」の「時」とは今』
と、顕正新聞平成28年11月5日号にありましたね!

https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/14892615.html
《加筆ここまで》


その後、国立戒壇について長々と述べておりますが、

このあたりは私のブログの国立戒壇シリーズを読んで頂きたいです。



次、

『(日顕上人の言いたいことを代弁すると、)「“国主立だ”。国主とは民衆だ。だから民衆の総意で立てればいいのだ」と。
しかしこれでは池田大作が「民衆立」と宣伝した正本堂と、全く同じことになるではないか。』

とあります。


日顕上人の、国民(民衆)の総意での「国主立」は、
確かに民衆立とは同じになったとしても、

正本堂とは同じになりません。

なぜなら、

正本堂は民衆の総意ではありませんから!


この論理展開は卑怯ですね。


また、実は浅井会長は、

『「民衆立」であるが、もしこの「民衆立」が国民の総意による建立を意味するならば、国民の総意は即国家意志となるから、往いては国立戒壇と同意』
(写真3枚目。正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む192ページ。)

と発言し、且つこの本は教学試験の範囲としても良く顕正会員に読まれています。

この本では日顕上人の戒壇論、「国民の総意による民衆立」を認めておりますね!

この自語相違をしっかり説明する責任が浅井会長にはあると思います!


しかも、浅井会長は、
日顕上人が平成4年に、平成16年のこの講義と同じように「国主立戒壇」を発言されたときには、

『「国立戒壇」は禁止用語になっている。(中略)そこで「国主立戒壇」なんて名前を変えて国立戒壇と同じ意義を言おうとしているわけなのであります。
(中略)読み方だけ変えて「クニタチ戒壇」と云ったらどうか。
(中略)国立戒壇の正義をほぼ認めたものである。』
(写真4枚目。顕正新聞平成4年11月5日号)

と、日顕上人の「国主立戒壇」を認めているのです!


この平成4年のときの日顕上人の講義には、「国民の総意」との言葉すらありません。


「例えば、現在においては主権在民ですから、国民が国主であります。したがって、将来の広布の進展の相において、憲法を改正できる数の国民が純真な信徒になれば、国主である国民による戒壇建立ということが可能となるのであります。」
(写真5枚目。大日蓮平成4年11月号)

です。

さて、この日顕上人の戒壇義は、顕正会員さんにはどう映るのでしょうか?



次回に続きます!

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引き続き3月度総幹部会の浅井会長講演についてです!



『二冊の書について「言い過ぎやはみ出しがあった」とはしつつも、それでは済まない。些かの改悔もない(趣意)』
(毎号のように顕正新聞で発言しているので写メはなし。)

とありますが…

これも印象操作ですね。
改悔があるのかないのかは大聖人様が判断するもので、浅井会長が判断することではないと思います。

先ほども申した通り、二冊の書では正本堂を御遺命の戒壇だとはズバリとは言っていないことと、

平成3年のときにした日顕上人の2度の反省・懺悔発言があること。

(写真1枚目。大日蓮 平成3年2月号)

(写真2枚目。大日蓮 平成3年5月号)


浅井会長も以前は日顕上人の反省・懺悔を一分認めたこと!
(写真3枚目。顕正新聞平成4年5月5日号)


これを抜かして考えるのもいけないと思います!



次、

『「勅宣並びに御教書」すなわち「仏法を守護し奉るとの国家意志の表明」を建立の必要手続きとするゆえに、富士大石寺門流ではこれを端的に「国立戒壇」と呼んできた』
(写真4、5枚目。顕正新聞平成31年4月5日号)

とありますが…

これは違いますね!

『国柱会から初めて出た言葉、「国立戒壇」について、国柱会を破折するための形で、正宗でも「国立戒壇」の語がいつの間にか使われるようになった』

ですね!



次回に続きます!

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引き続き3月度総幹部会の浅井会長講演について、です!


『(日顕上人は事の戒壇について、)細井日達(上人)の誑惑をそのまま踏襲して「戒壇の大御本尊まします所は、いつでもどこでも事の戒壇」とたばかっている』
(写真1枚目、顕正新聞平成31年4月5日号)

とありますが…

これについては以前から書いている通り、浅井会長は少なくとも2度以上、この「法体に約した事の戒壇」を認めております。

すなわち、

「正本堂に就き池田会長に糺し訴う」の中で認め、

(写真2枚目。冨士昭和50年4月号)

且つ、日達上人の訓諭の解釈文の中での“事の戒壇”の部分について修正を求めませんでした。

(写真3枚目。御遺命守護の戦い145ページ)


さらには事の戒壇の定義が元に戻っていなくても、
「御遺命ついに曲がらず」

(写真4枚目冨士昭和47年10月号)

「御遺命守護完結」

(写真5枚目。顕正新聞平成10年4月15日号)
としています。

浅井会長はちゃんとこの事実を顕正会員に伝えたうえで説明責任を果たさなければ、
“自語相違”ということになります! 



以下、次回に続きます!

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