|
春日野の若紫のすり衣しのぶのみだれ限り知られず(初)
「となむ、おいづきていひやりける」。「おいづきて」は大人ぶってで、元服したばかりのませた
業平を彷彿させ、おもわず苦笑。春日の里に狩に行ったとき、美人姉妹を「かいまみて」早速、狩
衣の裾を切って、モーション。「みちのくのしのぶもぢづり誰ゆえにみだれそめにし我ならなくに 河原左大臣源融」の歌を踏まえての作という。
たまたま手に取った松本章男「業平ものがたり」によると、伊勢物語は藤原北家をおもんばかって、「北家の人々の目をあざむく構成」にしたという。まさに目から鱗で、部分部分はおもしろい
のであるが、業平の生涯がいまいち不透明で、隔靴掻痒の感があった。松本氏は伊勢物語を「ジグソーパズル」とみなして、配列、組み合わせを再構成、業平の生涯を再現してみせたという。
かの絶唱、「つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふ今日とは思はざりしも」の辞世?に至る
56年の生涯。
秋の夜長、「業平ものがたり」に招かれて、稀代の才人にしてプレーボーイの生涯を追うのも一興であろう。
(はや寒露すぎ、二俣尾に叔母を訪ね、半世紀ぶりの再会
ほどほどに惚けて寒露の老女かな 夏生)
|