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奈良の旅。 季節がずれてしまいましたが。。。 奈良県天理市の南部、柳本町から渋谷町にかけて、 行燈山古墳(崇神天皇陵)や渋谷向山古墳(景行天皇陵)をはじめ、 大型の前方後円墳がたくさん造られていて、 この地域の古墳群を総称して、柳本古墳群と呼ばれています。 今回は、天理市の南に隣接する桜井市から歩きました。 渋谷向山古墳(しぶたにむこうやまこふん)は、 現在、第12代景行天皇陵とされています。 というのも、 この陵は、 江戸時代の終わりごろまでは、第10代崇神(すじん)天皇の陵とされてきたんだそうです。 日本書紀など、少ない資料が根拠になっているそうなので、 実際は、誰のお墓なのか、確定されているのは少ないんだそうですね。 景行(けいこう)天皇は、 神武天皇からかぞえて第12代目の天皇で、 第10代崇神(すじん)天皇の孫にあたり、 また、 息子の、日本武尊(やまとたけるのみこと)は、有名ですよね。 柳本古墳群の中ではもっとも大きな前方後円墳だそうで、 周囲の濠は、3段階に分かれていました。 黒塚古墳は、 古墳時代前期(3世紀後半から4世紀)に造られたと推定される前方後円墳。 平成9,10年の発掘調査によって、 後円部の、竪穴式石室の存在が明らかになり、 副葬品として、三角縁神獣鏡の過去最多の33面が出土して、 大注目を浴びました。 これらの三角縁神獣鏡は、 古代国家成立の過程を解明するうえで、とても重要な資料だそうです。 竪穴式石室は、 全長8.3mの、川原石と板石を合掌式に積み重ねた特殊な様式で、 石室中央には、長さ6mのクワの巨木をくり抜いた木棺が置かれていたそうです。 黒塚古墳展示館内には、石室が復元されています。 そして、 古墳後円部の石室の上には、 石室の状態が焼き付けられたタイルが置かれて、 すごくリアルな感じがします。 行燈山(あんどんやま)古墳 は、 第10代崇神(すじん)天皇陵とされています。 古墳時代前期を代表する前方後円墳で全長約240mで、 4世紀半ばに造られたと推定されるそうです。 崇神天皇は、 実在した最初の天皇だろうと言われるのですが、 没年は、西暦258年にあたるそうですが、 陵が造られたのは4世紀半ばと推定され、約1世紀のずれがあります。。。 櫛山(くしやま)古墳は、 古墳時代前期、すなわち4世紀前半に築造されたと推定されているそうです。 行燈山古墳(崇神天皇陵)を濠に沿って後円部へ回り込むと、 行燈山古墳の少し山側の高い位置に隣接していました。 中央に円部、その西側に前方部、東側に後方部を築いた、 イメージとしては、丸い飴を紙で包んだような、不二家のミルキーみたいな形。 とても珍しい墳形で、双方中円墳と呼ばれるそうです。 この古墳は、天皇陵ではないので、歩くことができます。 中円部から全長 7.1mの竪穴式石室が発見され、 石室からは、副葬品が出土したそうです。 また、後方部の頂上で、白い玉砂利を敷き詰めた遺構が発見され、 祭祀の跡か、または埋葬施設の可能性があるそうです。 中円部も、大きくえぐれていて、双方中円墳の形がよく判らなかった。。。 夕暮れ時、 この古墳は、あまり訪れる人もないらしく、 小さな山を探検しているような気がしてきました。。。 気が付くと、 行燈山古墳の後円部に日が沈もうとしていました。 |
奈良の旅2007秋
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10年前に何千年前のお棺が見つかるとはすごいですね。
戦争もあったのに被害もなく残されてたということもすごい事と思います。
昔の上流階級の生活が垣間見られるのは楽しいです。
傑作ものですね。
2007/12/17(月) 午後 6:49
近い!近い!蔵まで近いですよ!
ニアミス起きてたんでは?
三輪明神の記事の時は奉献酒の画像にもバッチリ撮影していただいておりました!
2007/12/17(月) 午後 7:18 [ 蔵人さん ]
くるみのきさん、出土したときはワクワクしたでしょうね。判らないことがいっぱいあるのに、なんともいえない魅力ですよね。景行天皇の皇子・日本武尊の皇子・仲哀天皇の皇后が神功皇后と、いわれて。。。なんだか、すごいですよね。傑作ありがとうございます。
2007/12/17(月) 午後 10:35
酒造り一筋さん、え、この近くなんですか!さすが、お水が美味しそうなところですね!お酒も美味しそうな予感。。。次回は、是非!ですよね。
2007/12/17(月) 午後 10:43
久し振りの柳本古墳群堪能させて頂きました。石室の上のタイルは良いですね写真を転写したのかも。
2007/12/17(月) 午後 10:47 [ - ]
クロコダイルさん、そうなんです、このタイルがあると、ほんと、ああ、この下にあるんだって、ワクワクするんです。最近の技術なのかしら、すごくいいですよね!
2007/12/17(月) 午後 11:07
やはりノビさんの解説はよく解かりありがたいです。
私も訪ねることにします。最後の夕日の写真はいいアングルですね。
ポチ。
2007/12/18(火) 午前 2:20
古墳の向こうに沈む夕日。いいですね。昔もこうして日が沈んでいったのでしょうか。奈良の旅。古えの旅に、想います。ぽち。。
2007/12/18(火) 午前 11:21
こんにちは。
祟神天皇に興味があります。政治家として非常に有能な方(政策通)に見えます。学ぶところの多い方です。
傑作です!
2007/12/18(火) 午後 3:37 [ - ]
以前飛行機で伊丹空港に降りるときに奈良の上空を通ったことがありますが、古墳、古墳、古墳とビックリするほど多くの古墳が・・・。
歴史の時間を感じます。
2007/12/18(火) 午後 5:41
NORIさん、この一帯では、ちょっとした小山はみんな古墳みたいです。歴史の深さが違うんですね。。。動き回っているうちに日が暮れてしまいました。ポチありがとうございます。
2007/12/18(火) 午後 6:52
ROSEさん、ほんとう。。。古代の人々にとって、太陽は信仰の対象ですよね。日が沈めば、月明かりだけの暮らし。夕日を見つめる人々はどんな気持ちだったのでしょうね。。。ぽち、ありがとうございます。
2007/12/18(火) 午後 6:59
やまたろうさん、そうなんですか、祟神天皇のように、神のつく天皇は特別な存在なんだそうですね。傑作ありがとうございます。
2007/12/18(火) 午後 7:20
KYAZUさん、そうそう、びっくりしました!冗談で、あれも古墳みたいだって言ってたら、ほんとうに全部が古墳なんですから。。。歴史の深さが違いますよね。
2007/12/18(火) 午後 7:23
ここでの銅鏡の発見は中国から贈られた卑弥呼へのものかと大騒ぎになったそうですね^^結局、中国で同じ銅鏡が発見されなかったらしく“邪馬台国奈良説”は振り出しに戻ってしまったみたいですが。。
全部本で読んだだけなので、一度は行ってみた〜い!傑作!
2007/12/18(火) 午後 10:44
ショコさん、銅鏡の出所は諸説あるようですが、それほど大きくない墳墓にこれだけの銅鏡を副葬する文化の高さを目の当たりにして驚きました。石室といえば、大きな石ではなく、薄い板石を積み重ねた構造は珍しいそうですが、長い間よく保たれたなあと。。。すごく面白かったです!傑作ありがとうございます。
2007/12/19(水) 午前 8:54
桜井から天理までの道ですか!!
行ってみたいです。最後の写真、夕陽の古墳にポチします。
2007/12/19(水) 午後 9:51
グッドライフさん、古墳時代ってどんな暮らしだったのかしら。。。はるかな時代に思いを馳せるようなスケール感がありました。この記事にコメントを寄せてくださった「酒造り一筋」さんの酒蔵がこの近くにあるそうですよ!あとから知って、ちょっと残念でした(笑)ポチありがとうございます。
2007/12/20(木) 午前 11:23
正月は奈良で過ごす予定ですので参考にさせてください。
信貴山は、来年の干支の寅です。ご開帳になりますので、ここだけは必須です。
2009/12/27(日) 午後 10:27
ふじさん、そうなんですか!
お正月を奈良で過ごされるなんて、いいな〜!羨ましいです♪
楽しいお正月の、お土産話を、楽しみにしています!
2009/12/28(月) 午前 0:53