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梅雨もひと休み、 韮崎市中田町の 塩川沿いに広がる田圃は、 爽やかな陽ざしをあびて、とても鮮やか。。。 河岸段丘のふもとに鎮座しているのは、 御牧子安神社(みまきこやすじんじゃ) 石鳥居は、 元禄6(1693)年に高遠の石工によって造られたという記銘があるそうです。 石額は、 「御牧神社」 鳥居の脇に建っていた石神は 蠶神 養蚕の神さま。 甲斐国は古代から中世にかけて、 朝廷に献上するための馬を育てる御牧(みまき)として、 柏前、真衣野、穂坂、そして穂坂に隣接する明野など、 この一帯には牧が多かったそうです。 特に、塩川を挟んで神社の向かい側の丘陵地帯・穂坂は、 その時代に催された競馬の上位を独占するほどの名馬の産地で、 毎年、決められた頭数の良馬が朝廷に納められていたそうです。 隋神門の紋は「立梶の葉」でしょうか。。。 諏訪大社の社紋も梶ですが、少し違うようです。 隋神像は、とても表情が豊かです。 お社をそのまま乗せたような石灯籠は、文政7(1824)年の記銘。 舞楽殿の前は小さな広場になっていて、 周囲にはたくさんの石祠が祀られています。 鳥居、隋神門、舞楽殿、社務所、本殿が、 斜面を登る参道に沿って並んでいます。 案内板によると、 本殿は、 棟札などによると、享和元(1801)年に再建されたものだそうです。 本殿の木鼻は、獅子と獏ですが、 獏の木鼻は、迫力がありました。 本殿手前の石段下の地面に、 いくつもの小さな穴が穿かれた石が置かれ、 穴の底には、蝋のようなものが溜まっていました。 案内板によると、 御牧神社は、この牧の守護神と伝えられる由緒ある神社であり、 創建は、 奈良時代あるいは平安時代初期にさかのぼるものと推定され、 また、 牛馬と厩(うまや)の神でもあったそうです。 祭神は、 建御名方命(たけみなかたのみこと) 大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主命(おおくにぬしのみこと)) 事代主命(ことしろぬしのみこと) の三神で、諏訪大明神とも称されたそうです。 現在は、 永徳2(1382)年に創建の子安神社(祭神:木花咲耶姫命)を、 昭和30(1955)年、御牧神社に合祀して、御牧子安神社と改称されたそうです。 子安神社の旧社地は、南に150mのところにあり、 天満宮(天神様)と立派な石鳥居が残されているそうです。 |
山梨の神社・寺
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こん晩は〜♪
村の鎮守の神様の〜♪
この村を守ってきた神様なのでしょうか?
この神社も、長い年月村の様子を見守ってきたのでしょうね?
2008/7/2(水) 午後 6:20
最初のご祭神はすごいですね〜♪ オオー!!w(゚o゚=)w
スサノオの子供3兄弟揃い踏みですね!
この組み合わせはなかなかないですよ〜♪
なぜ浅間さまに変更になったのですしょうか?
謎ですね! φ(・〜・)ゞ ウーン
馬とシルクで甲斐は裕福な国だったのでしょうね!
☆☆最高傑作で〜す!ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*・ω・)ノバンザーイ!!(ノ∇≦*)ノ! 彡☆☆。・:*:・゚☆,
2008/7/2(水) 午後 7:15 [ - ]
おねーさん、この一帯は、とても古くから人が住んでいたようなので、はじまりは氏神さまだったのでしょうね。。。昔話を聞いてみたくなりますよね。
2008/7/2(水) 午後 10:52
やまたろうさん、元々は諏訪神社だったそうで、甲州街道に近いので、諏訪系が多いのかもしれないですね。子安神社を合祀したのは、昭和30年で、わりに最近のことなので、道路整備とかそういう関係なのかしら。でも、子安神社が廃社にならなくて良かったですよね。傑作ありがとうございます。
2008/7/2(水) 午後 11:30
ゆったりとしたいい神社ですね。
御牧とは朝廷に献上するための馬を育てる牧場のことなのですね。
牧の守護神は初めて見聞きさせて頂きました。
由緒ある神社のようですが、石祠や石碑が多くあることからある時代においては合祀が盛んに行われたのでしょうか。
小さな穴が穿かれた石がありますが、盃状穴ではないようにも見えますが、不思議な穴ですね〜〜??。
石鳥居は風格がありますね〜〜。ポッチです。
2008/7/3(木) 午前 0:20
たんぼが、青々としてますね。こちらも梅雨の中休みなのか。毎日暑いです。ぽち。
2008/7/3(木) 午後 1:19
ご無沙汰いたしました。これまた古い神社ですね。重厚な感じで素晴らしいですね。傑作一つです
2008/7/3(木) 午後 5:19
この付近が牧場だったとは知らなかったですよ。
こんなに古い神社が残ってるって素晴らしいですね。
いつもの解説でよく判って勉強になります。
傑作です。
2008/7/3(木) 午後 8:24
NORIさん、穂坂の牧は日之城の奥の丘陵になります。この辺りに献上馬が集められてから、どうやって運ばれたのかしら?のどかな田園風景の中にいると、そのころのことを思い描いていました。
この一帯は道祖神として石祠が道端に祀られているのを見かけます。境内の石祠は、明治政府の意向や道路整備の都合などで、それらが集められたものかもしれません。。。傑作ありがとうございます。
2008/7/4(金) 午前 8:35
ROSEさん、この時期の田圃は清々しいですよね。もう少し丈が伸びてきたら花が咲き始めるのでしょうね。。。ぽち、ありがとうございます。
2008/7/4(金) 午前 8:38
フクロージさん、立派な鳥居ですよね。丘のふもとでずっとこの地域を見守っているんですね。。。傑作ありがとうございます。
2008/7/4(金) 午前 8:54
くるみのきさん、先日の断崖絶壁の日ノ出城址の奥の丘陵地が穂坂の牧だったといわれています。そこから川を渡って献上馬が集められてきたんですね。。。なんか、その当時を思い描いてしまいます。傑作ありがとうございます。
2008/7/4(金) 午前 8:58
昨日「金スマ」で女性宮大工さんのお話があって、改めてみると神社仏閣の建築方法と出来上がりの見事さに、小さなものでも感動します!傑作!!
2008/7/5(土) 午後 0:14
石に開いている穴にはどんな意味合いがあるのでしょうか〜なんか気になりますね。そして古くからある集落には必ず神社はありますが、一体日本全国にはどれだけの神社が存在するのでしょうか?
ポチッ
2008/7/5(土) 午後 8:10
welienaさん、「金スマ」は見損なったわ。。。残念!
ほんと、梁の組み方なんか、何がどうなってるのか判らないけど、美しいですよね。。。傑作ありがとうございます。
2008/7/6(日) 午前 10:46
kaeiwaさん、穴の底にロウが溜まっているみたいなので、ここにロウソクを立てるのかもしれません。不規則な穴なので、ちょっと珍しいですよね。明治政府によって神社合祀が進められたそうですけど、実態はどのくらいなのかしら。。。すごい数でしょうね。ポチありがとうございます。
2008/7/6(日) 午前 11:54