|
千葉県富津市上総湊(かずさみなと)から、 湊川(みなとがわ)に沿ってつづく水田地帯の北側にある小高い丘は岩坂山と呼ばれ、 八雲神社が鎮座しています。 参道は、集落のある山裾の鳥居から始まります。 この場所がなかなか分からなくて、 集落を迷走したあげく、地元の方の教えていただきました。 斜面に沿って、比較的ゆるやかな長い石段が続きます。 5分以上は歩いたかしら。。。。。 神社の北側は、天羽中学校のグランドに隣接していて、 こちらからは車でも登ることができます。 どちらからも、けっこうな坂道なので、ここに通う中学生たちは、脚力がつくだろうな! 社殿に正面に向かう石段の手前は、 手水鉢が据えられ、踊り場のようなスペースになっていました。 往時には、境内社が17社もあったそうなので、この辺りにも建っていたのかしら。。。 石段の上には、両脇に、石灯篭と狛犬が鎮座しています。 境内には、左手の木立の中に東照宮が祀られています。 慶長6(1601)年、内藤政長によって勧請されたそうですが、お社は新しいもののようです。 拝殿に向かって右側は、無人の社務所のようです。 手水鉢の縁には、いくつもの盃状穴があり、杓子がちょうど納まっているものも。。。 拝殿の前には、長丸の石が置かれ、「四十五?目」と刻まれています。 「四十五貫目」で、力石なのかしら。。。 右側は、参道の敷石の奉献が記されています。 「昭和十八年十一月 磐鹿六獦命五十三世孫 社司 椙山神主藤原林麿」 「磐鹿六獦命」は「いわかむつかりのみこと」。 八雲神社は、代々、磐鹿六獦命の子孫が社司を務めていらっしゃるようです。 磐鹿六獦命は、大彦命の裔孫にあたるといわれ、 料理の神様また味噌や醤油の醸造の神様として、 千葉県安房郡千倉の高家神社の祭神として祀られています。 秋に行われる、高家神社の包丁式は有名ですよね。 岩坂の八雲神社は、 景行天皇の勅命による日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の折、 この地で素盞鳴命(すさのうのみこと)を祀り、戦勝祈願したおかげで、 阿久里王を討つことができたと伝えられ、 その後、景行天皇が東国巡幸で訪れた際に、 素盞鳴命を祭神として社殿を造営し、八雲大神と名付け、 天羽郡総鎮守として、磐鹿六獦命を社司に任じた。 という、 日本武尊・景行天皇による草創伝承を持つ、由緒ある神社です。 祭神は、 素盞鳴命(すさおうのみこと) 奇稲田姫命(くしなだひめのみこと) 大巳貴命(おおなもちのみこと) 社殿は、 焼失後、永禄11(1568)年に再興され、 現在の社殿は安永4(1775)年の建造だそうですが、 屋根のふきかえなど、比較的最近、改修されたように見えました。 拝殿の右側には、 ひときわ高い木立があり、正面には、しめ縄が張られていました。 案内板はなかったのですが、 日本武尊にちなんだ場所なのかしら。。。 北側の鳥居の脇には、 小さな塚のようになっていて、石祠3基が祀られていました。 磐鹿六獦命には、 神の御遣として覚駕鳥(ミサゴ)にも化身されるとも云われています。 この神社を訪れる直前に海辺で見かけた猛禽類が、 図鑑で調べて、ミサゴだと分ったとき、一瞬、シビレました。 とても由緒があり、 地元の方の信仰あつめている神社ですが、 深い木立に囲まれて、ひっそりとしていました。 |
千葉の神社・寺
[ リスト ]








「磐鹿六獦命が神の御遣として覚駕鳥(ミサゴ)に化身」海辺で見かけた猛禽類がそのミサゴですか、これはシビレますね。nobikitさんの探究心と歴史との遭遇にポチ。
2009/3/20(金) 午前 7:13 [ kinos ]
おはようございます。
歴史探訪が冴えていますねぇ〜。
社務所は無人でも集落で大切に守られてきたのでしょうか。歴史を紐解いてポチ☆。
2009/3/20(金) 午前 9:07
キノスさん、そうなんです!私は、海辺で猛禽類を見かけること自体珍しかったんですけど、ミサゴだと判って、びっくりしました。ポチありがとうございます。
2009/3/20(金) 午後 5:38
アスカさん、面白かったです!最近は、何ヶ所かの神社を兼務している場合が多くて、神社一覧を見ると、当世の椙山神主さんも、この一帯の神社を任されていらっしゃるようです。ポチありがとうございます。
2009/3/20(金) 午後 5:41
境内の社寺林せいかもしれませんが、千葉県は照葉樹が多いですよね。画像の様子が長野の景色と違います。海岸縁は、常緑ですね。
2009/3/20(金) 午後 7:44 [ - ]
凄い長い石段ですね(^^
ここを走って上ったらいい運動になりますね。
ダイエット出来そう〜
nobikitさんは、歴史だけでなく建築関係にも詳しいんですね(^^
尊敬します。
2009/3/20(金) 午後 10:22
ヤマトヤケルノミコトは、海路を使いながら
東征したといわれているので、
房総半島にその痕跡があっても
不思議ではない感じがありますね。
氷川系の神様をお祀りしたというところに
惹かれました(興味深いです)。
結界といいきちんと管理されているところも
見うけられ、すばらしいと思いました。
ぽち★
2009/3/20(金) 午後 10:49 [ - ]
MAOさん、千葉県は照葉樹が多いんですか?!この社叢は、松や杉もありましたけど、植林とは違って、雑木林みたいな感じでした。なんとなく陽ざしが強いような感じは海が近いからかしら。。。
2009/3/21(土) 午後 9:43
ルビーママさん、そう、どうしようかな?って思うくらいの長さでした(笑)この日は汗ばむくらいに暖かかったんですけど、陽ざしが鬱蒼とした木立にさえぎられて薄暗かったです。
2009/3/21(土) 午後 9:47
やまたろうさん、そう、ひっそりとしていましたが、とても気持ちの安らぐ雰囲気でした。記紀には横須賀の走水から上総へ渡ったと記されていますが、この神社にはその伝承があるんですね。素盞鳴命は、戦いの神さま。と同時に、日本武尊は東征に先立って、伊勢神宮で倭姫命から授かる神剣天叢雲剣(草薙剣)は、素盞鳴命がヤマタノオロチから取り出した剣と伝えられていますよね。ぽち、ありがとうございます。
2009/3/21(土) 午後 10:07